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33/112

33.――髪は死んだ。


【View ; Rihito】


 府中野(こうや)市警察署取調室。

 そこに、自分こと炙川(アブカワ) 理人(リヒト)巡査部長が同席しております。

 刑事課には配属されたばかりで、しかも今回の事件にはほとんど関わっていないのですが、どういうワケか同席するようにと言われてしまいました。


 ともあれ、命ぜられたからには真面目に仕事をしたいと思います。


 本来、この部屋に通された場合、外されるべき手錠を付けられたまま取り調べをされているのは、錐咬 香兵。

 ここ最近、市内を騒がしていた連続暴行事件の犯人です。


 何でも髪の毛を使った特殊な技能を持っているとかで、手錠を外さないのはその技能の使用を防ぐ為なのだそうです。


 取り調べを行うのは、署内にいる時は窓際でぼんやりしていることの多い印象の冴内警部と――

 それから、本所轄の方ではありませんが、冴内警部の知人でありたまたま居合わせた安藤警部の二人です。


 自分はそれを横で見ているのが主な仕事です。

 まぁ正直なところ、冴内警部に手錠を外すなと言われていたのにも関わらず外して署内で無用な騒ぎを起こしてしまった方々の感情による指示だっていう理解はしてるんです。自分も。


 手錠を外した結果、その髪の毛を使った技術とやらで女性署員を人質にして逃走した錐咬。

 女性たちを助ける為に、たまたま冴内警部に会いに来ただけの安藤警部が、自分が責任を負うからと、錐咬を逃がす代わりに人質を助けたのは、自分も見ておりました。


 そして二人は即座に、逃げた錐咬を追って署を出ていき、しばらく経つと、再び捕まえて戻ってきた時には驚きました。


 安藤警部が言うには、人質を確認した時に冴内警部にアイコンタクトをとり、即座に捕縛し直す案があるのだと気づいたので、人質の救出を優先したのだとか。


 安藤警部は以前、警視庁の同じ部署にいてコンビのようだったという話ですから、そういうことも可能なのでしょう。


 さておき、錐咬の取り調べなのですが、正直これと言って何も進展はありません。


 基本的に動機は『神のお導き』としか言わず、己の行いの反省の色が見えない。


「神のお導き――って盲目的な宗教家か何か何ですかね?」


 隣にいる安藤警部に小声で訊ねると、彼は首を横に振りました。


「炙川さんだったかな。君は少々勘違いしているな。

 彼は、神ではなく髪のお導きだと言っている。

 彼が盲信しているのは神様ではなく頭髪というコトなのだろう」


 ……頭髪を盲信???

 いや、ちょっと意味が分からない。


 それが顔に出たのでしょう。

 安藤警部が補足するように、口を開きました。


「髪に神を見たんだろう。

 過去、何らかの形で追いつめられた際、髪の毛に関わるコトで精神に癒しをもたらされるなどして、神聖視するようになったのかもしれないな。

 実際のところどうであるかは――彼が口にしてくれないので分からないが」


 大した情報は得られていなかったのに、安藤警部はそこまで推察していたようです。

 先のアイコンタクトの件もあって冴内警部も実は自分が知らないだけですごい実力の持ち主なのかもしれません。


 そんな風に思っていると、錐咬が自分の方に首を向けました。

 ギラギラとした眼差しはどこか狂気をはらんでいて、思わず後ずさりたくなります。


「もうこの際、男でいい。

 そこのそれなりに髪に気を使ってそうなイケメン。お前の髪を触らせろ」

「は?」


 突然の要求に、自分が間の抜けた声をあげると、冴内警部が宥めるような口調で告げました。


「それは出来ないね。君に髪の毛を触らせるわけにはいかない」

「この手錠をされてる限り、俺に何も出来るコトはねぇよ」

「それでも、だ。保険は必要だろう?」


 飄々(ひょうひょう)とした冴内警部に対して、錐咬は敵意むき出しで睨みつけます。


 その時――


「が……ッ!?」


 錐咬が突然、目を見開き胸を押さえました。


「何だ、これ……誰かが、よく分からないけど、何かが――、俺の心を暴き立ててるような気がする……ッ!

 クッソ、ムカつく……俺の、俺の髪のチカラが、萎んでいく……ッ!? その実感があるッ! やめろッ! 誰だか知らないが……やめてくれ……ッ!!」


 机につっぷし、胸をかきむしるように呻き続ける錐咬に戸惑う自分とは反対に、警部たちは平然とそれを見ています。


 ……何だ……?

 二人は何を知っているんだ……?


「先輩、これは」

「ん……始まったようだね。さすがは彼女だ。仕事が早いよ」


 彼女? 仕事?


 その言葉に疑問を持ったのは自分だけではなく、錐咬もそうだったようです。


 顔を上げ、説明を求めるような視線を冴内警部に向けました。


「君の大好きな髪質の彼女。

 あの子はね。開拓能力者(フロンティアアクター)から、開拓(フロンティア)能力を取り上げる方法を知っているそうだよ?」


 その視線に応えるように、冴内警部がそう返答をすると、錐咬の顔色がみるみるうちに青くなっていきます。


「やめろ……やめてくれ……ッ! これは髪に選ばれたから、俺が髪を愛する余り神サマがくれた超能力だ……。

 これがなくなったら……俺は……俺は……ッ! 頼む、やめさせてくれッ! 俺の心の中から能力が消えていく実感があるんだよッ! やだ、失いたくない……やめてくれ……ッ!」


 開拓能力者? 開拓能力?

 ……今、錐咬は超能力と言いましたよね……?


「君は、君の能力で洗脳された子たち――最初はどういう反応していたのかな?」

「や、やめてって泣き叫んで……髪だけを崇拝し髪の為に生きるだけの人形になりたくないって……バカなコトを叫んで……」

「で? 君は洗脳をするのをやめたかい?」

「……やめて、ない……。髪を崇拝しないなんてもったいなさすぎて……正しい髪との付き合い方を教える為に……」


 淡々と問う冴内警部に対する錐咬の答えは、徐々に小声になり、窄まっていきます。


「なら、私がやめる理由はない。私は君に能力を失って欲しいと望んでいる。

 もっとも、私が止めようとしたところで、今は彼女に連絡が付かないみたいだから、止めようがないけどね」


 冴内警部は、いつもの冴えない雰囲気とは裏腹の、とてつもなく冷酷な眼差しと声色でそう告げると、やがて――


「あ、あ、ダメだ……消える……俺の、ヘアー&エイリアンが……消えて、消えて……ああああああ……」


 うずくまり滂沱(ぼうだ)の涙を流し始める錐咬を見ながら、それを酷く冷めた眼差しで見下ろす警部たちは、同時に小さく安堵の息を吐きました。


「これでようやく、まともな取り調べが出来ますね」

「ああ。ここからが本格的な取り調べになるね」

「今回の件、自分の上役に報告しますよ?」

「もちろん。わざわざ屁理屈こねて安藤君に同席してもらったのは、その為だからね」


 ……意味が分からない。

 一体、目の前で何が起きているんだ……?

 二人は何を知っているんだ……?

 

「犯人は超能力者なんて――類を見ない事件です。どうなるか分かりませんよ?」

「未知なる道を進んでいくのには馴れてるだろう? 私も、君も……さ」

「……はぁ……。それで先輩は左遷させられたじゃないですか」

「ここはここで居心地がいいんだよ。春の陽気の窓際とか、気持ちいいよ?」


 自分が意味が分からずに立ち尽くしている間に、警部たちの話は進んでいく。

 その様子を混乱しながら見ていると、唐突にふと気づきました。


 ……これ、もしかしなくても、二人の不穏な話に、自分は巻き込まれてしまったのではないのか、と。




【TIPS】

 実はこのトリオ、ゲーム時には冴内だけが顔も名前も出ていない。

 安藤の出番も限定的である為、鷲子の前世の記憶にもあまり残っていないようである。

 炙川は『顔の良い刑事』名義で、街中にいる声を掛けるコトができるモブとして存在していた。


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