32.第一メイズ:髪々の黄昏
「勝手に憧れて、勝手に癒しにして、勝手に失望して、勝手に拗らせたワケだな」
草薙先生の容赦のない要約ですが、まぁその通りですよね。
両親とソリが合わないことや、髪以外に癒しを作れなかった環境等々、同情の余地がないワケではありませんけど、結局のところは拗らせちゃっただけなのでしょう。
そして、それを誰にも指摘されず、あるいは指摘されても無視をし続けて、自分の都合の良い方へとただひたすら歩き続けた結果が、錐咬香兵という人物の歩いてきた荒野だったというだけのこと。
彼にとっては誰にも理解されることのない孤独な荒野の地平を歩いてきたつもりなのかもしれませんが、勝手にそう思いこんでいただけで、彼が歩いていたのはただ整備された道だったようにも思えます。
だけどその整備された道を歩く自分以外の通行人や設置されている道路標識、交通ルールを省みずに歩いていたからこそ、歩きづらく厳しい荒野と錯覚していただけのことでしょう。
「さて、だいたい語りは聞いたので、そろそろ決着といきましょう」
「だな。イマイチ同情できねぇヤツだった。物語に組み込んでも盛り上がりに欠ける動機だったから、せいぜい中ボスか、地位を上げても序盤のラスボス程度だろ」
「マフィアのボスや、権力者……あるいは本当に狂った存在と比べてしまえば格落ちするというのは、その通りだがな」
「……何だかんだで三人とも容赦ないよね……」
まるで他人事のように最後にツッコミを入れる先輩ですけど、結構先輩も辛辣なこと言ってましたよね?
《黙って聞いてりゃ、好き勝手いいやがって……ッ!!》
「黙るどころか勝手にモノローグしてたじゃねぇか」
草薙先生が肩を竦めた時、連続して四度の銃声が響きました。
まずは両肩。
続けて、両腿の付け根。
そこへと弾痕を穿ちます。
「メイズの中では銃撃をメインとするわたしでは、トドメを刺すに至らないだろうからな」
大げさに肩を竦めながら、和泉山さんが告げました。
「キレて暴れ回る前の牽制が精々というところか。
まぁ、トドメはお嬢様か白瀬に任せるのが一番なのは間違いないだろう?」
そうして和泉山さんが雨羽先輩に目配せをすると、先輩はひとつうなずいて、私と草薙先生の背中に、伸ばしたストールの先端を当てました。
「チカラの祝福を!」
先輩の祈りが、チカラに代わり、私たちの中へと流れ込んできます。
私は草薙先生と顔を見合わせ、笑い合いました。
「いくぜ、でんでん虫の想い出研究室」
人型モードのビッグマイマイの名前を改めて呼び、草薙先生は構えます。
それに合わせて、私も構えました。
「静かに栄える植物園」
髪の毛を植物の蔦に変え,二つの拳を作り出します。
私と草薙先生。
蔦の拳と、マイマイの拳。
合計八つの拳を携えて、私と先生は床を蹴り、コアレディへ向かって駆けていきます。
《髪だコアレディ! お前には髪があるッ! 四肢がなくてもッ! 髪があるんだぁぁぁぁぁッ!!》
叫び声とともに、コアレディの髪の毛が、ウニのトゲを思わせるような鋭く束ねられた形で無数に伸びます。
ややして、それらがすべてヘアピンカーブを描くと、私と草薙先生へ向けて一斉に襲いかかってきました。
ですが――
私と草薙先生は、それらを無視するようの突っ走るッ!
頬や、腕、足などを軽く裂く程度なら気にしません。
致命傷を避けられるのであれば、何一つ問題はありません。
《お、お前らッ! なんでッ、なんで止まらないんだ……ッ!?》
「最初に出会った時点で、ちゃんと教えているはずですが?」
ニードル化した髪の毛による雨を抜けて、私と草薙先生は、コアレディを自身の射程圏内に捉えます。
「元より覚悟が違います。心構えが違います」
「チカラってのはさ、得ちまった時点で責任が伴うのさ」
覚悟もなく、心構えもなく、責任もなく。
自分の欲望の為だけに、自分が正しいという根拠のない思い込みだけで、好き勝手にチカラを振るってきた人には、きっと理解できないのでしょうけれど。
《やめろッ! コアが壊れればッ、オレのッ、オレの願いがッ、チカラがッ!!》
「今更の懇願ッ、聞く耳なんてなぁ――」
「持ちませんッ!!」
そして、握りしめられた八つの拳が豪雨の如きラッシュとなって――
「はぁぁぁぁぁぁぁ――……ッ!!」
「うららららららららら……ッ!!」
コアレディの石膏のような身体がヒビだらけになるまで降り注ぎました。
私たちのラッシュを受けてボロボロになっていくコアレディ。
《あ……あ……やめてくれ……やめてくれぇぇぇぇぇぇ……ッ!!》
「これでッ、終わりですッ!!!!」
「これでッ、終わりだァッ!!!!」
そして聞こえてくる懇願の声を無視して、私たちは全身全霊のチカラを込めた一撃を同時に繰り出しました。
蔦の拳がコアレディの左わき腹を粉砕し、
マイマイの拳がコアレディの右わき腹を粉砕し、
中央に僅かに残った支えだけでは上半身の自重を支えきれなかったのでしょう。
その僅かに残った支えもバキバキと音を立てながら折れていき、上半身はそのまま地面へと落ち、少し遅れて下半身も倒れ伏します。
「コアが粉砕されても、その意志の有りようによっては、能力が復活する人もいるそうですけどね」
「そりゃ無理だ。このカリスマ美容師さんじゃあな」
そして私は上半身を、草薙先生は下半身を――
それぞれに向かって同時に拳を振り下ろし、私たちはコアレディを完全に破壊するのでした。
【TIPS】
店長の髪へのこだわりがハンパないのを知っていた従業員たちは、
「ああ、ついにこうなったか」と半ば諦めてる人が多いのだとか。
いつかやると思っていました――という台詞をネタではなくガチで口にする覚悟を胸に秘めていたらしい。