31.第一メイズ:髪曲
戦いを始めてしばらくすると、どこかぼんやりとした口調の錐咬の声が聞こえはじめました。
コアが傷ついたことで、少しずつ本音や心情が表に出始めているのでしょう。
――両親は所謂、ヤンママとヤンパパって奴だった。二人とも髪はハデに染めてたし手入れも雑で、子供心に汚い髪だなって思っていた――
コアレディが振り下ろしてくる手刀を躱した私は、そのスキに、髪の毛を蔦に変えて束ねて作った巨大な拳で一撃を見舞います。
しっかりとコアレディの腹部に叩き込みました。
吹き飛ぶコアレディ。
それでも、何事も無かったかのように立ち上がるので、なかなかタフな相手のようです。
――ある雨の日。カギを忘れて登校してしまったオレは、雨が降りしきる夕方に、玄関の前で途方に暮れていた。
何せ、その日は両親の帰りが遅いと聞いていた日だ。電話やメールをしたところで二人はすぐに帰ってこれない。
そんな時、声を掛けてくれたのが、近所に住む大学生の閑花さんだった――
「あ、こいつ。ガチで近所のお姉さんへの憧れ拗らせてたのか」
「では、このコアレディのモデルとなっているのが、そのノドカという女性なワケだな」
遠間にいるコアレディが自身の髪の毛を触手のように伸ばしてくる攻撃を、草薙先生と和泉山さんはひょいひょいと気軽に躱しています。
言葉を交わす余裕すら見せるあたり、二人の戦闘力の底が知れません。
正史でパーティに加入しようものならとんでもない壊れ性能のコンビなんじゃないでしょうか、この二人……。
「む」
余裕を持って髪の毛による攻撃を躱していた和泉山さんは、一瞬だけ眉を顰めると、その場から離脱。
素早く下がって、雨羽先輩の元へと戻っていきます。
「すまない。わたしと銃のそれぞれに祝福を頼む」
「了解ですっ」
恐らく先輩の祝福による効果が切れたのでしょう。
それに気づくなり即座に戻って祝福を掛け直してもらい、再び前線に戻っていく。
なんというか、この僅かな間に、戦い方の確立とその戦い方への馴れ方がハンパないんですけど……和泉山さんって何者なのでしょう??
――閑花さんは、ズブ濡れだったオレを自分の家に誘ってくれた。そこで、一緒にシャワーを浴びさせてもらったんだ――
「おいおい。美人JDと一緒にシャワーとか羨ましいなッ!」
「先生……言動がおじさんみたいですけど」
「ガキの頃から中身がおっさんって良く言われるぜッ」
「イメージが、先生のイメージが……」
良い笑顔でサムズアップしてくる草薙先生に、雨羽先輩が頭を抱えてしまいますが、その気持ち……分かります。
なんかこう――あのノリで、人気の女性向けライトノベル作家とか言われても、イメージが結びつきませんもの……。
しかも、得意ジャンルが恋愛とか言われると、余計に……。
作者本人は、バトルアクションモノの主人公のごとくハデな立ち回りとアクションを見せてるんですけど……。
――子供心に美人だなって思った。母親とは全然違う綺麗な人。一目惚れだ。その時は髪だけでなく、純粋に彼女の持つ美そのものに一目惚れした――
「裸婦萌えしたワケだな」
「その言い方をすると、幼少期の憧れと恋の混同された一目惚れの話が急にしょうもないモノになる気がするぞ」
「でも、実際そーだろー。
幼少期の憧れと恋の混同は本人の記憶内では美化されてるだろうけど、第三者視点でいくと、だいたいしょーもないモンだ」
「否定は出来ん……が、なッ!!」
草薙先生が聞こえてくるモノローグを茶化しまくるので、いまいちシリアスになりませんね。
まぁシリアスになる必要もないのですけれど。
そんな草薙先生にツッコミを入れながらも、敵の攻撃を躱しつ、的確なカウンターショットでコアレディを撃ち抜いていく和泉山さん。
その姿は海外のアクション映画のワンシーンのようで……大人組二人の動きは、なんか世界観が違って見えます……。
――それ以降、オレは閑花さんにちょくちょく会いに行くようになった。挨拶すれば笑いかけてくれるし、時々は家に招いてくれたりした。
ある日、両親と違って閑花さんの髪はすごい綺麗だって褒めた時、嬉しそうに笑いながら、その艶やかで美しい黒の長髪を触らせてもらった。
それが、オレと髪の出会いと言える。同時にその美しい裸婦とともにシャワーで濡れた姿を鮮明に思い出し、ますますオレの心が燃え上がっていった――
「憧れのJDは、いたいけなショタの心を惑わす天然美女だったワケだ」
「草薙先生が要約すると、間違ってないのに間違ってるような気がしてきますね」
思わずそう口にすると、雨羽先輩がものすごい勢いで首を縦に振ります。
やっぱり、そう思いますよね?
などとやりとりをしていると、コアレディの周囲に無数の黒い玉が出現しました。
ややして、そこから黒い矢が一斉に発射されます。
「狙いが雑な乱れ撃ち――意外と狙いを澄ました攻撃よりも躱しづらいんだよな」
「ああ。だが密度が温い。この程度、怖くはないな」
大人組は余裕のようです。
私も怖くはありませんし余裕ですが――先輩は……
「わわわわわッ! 恐いッ! 危ないッ! やばいッ! でも躱せる! なんとか避けれてるッ! わたしすごいッ!!」
先輩も結構余裕がありそうです。
開拓能力発現中の身体能力向上効果のおかげでしょうけど――なんか、効果が高まっているように見えます。
……このメイズの探索が結構な修行になったということでしょうか?
――成長するにつれ、オレは両親とソリが合わなくなってきた。それでも鬱屈した感情は、髪の毛を見るコトで癒された。
閑花さんでなくとも、道端のすれ違いなどで綺麗な髪をみるだけで、心が躍った。髪の毛こそがオレにとっての癒しなんだと自覚した時、髪に携わる仕事をしたいと夢に見た。
そうして日々を過ごしていたある日……。
両親がオレを巻き込んだ大喧嘩をやらかし、オレは激しく傷心し、癒しを求めて家を飛び出した。
向かう先は、大学を卒業し、OLとなった閑花さんの家だ。
オレはあの髪を求めた。あの艶やかで綺麗でサラリとしたロングヘアーを見たかった。
だけど……――
「オチが見えましたね」
「わりと鷲子ちゃんも容赦ないコトを口にしてないか?」
「草薙先生ほどじゃないと思いますけど」
「二人ともどっちもどっちではないか?」
「うん。二人ともどっちもどっちだと思います」
あれ? まるで私が草薙先生と同類みたいな扱いされてません??
――オレの欲しかった長髪はそこにはなく。
失恋ついでのイメチェンとかいう理由で、ベリーショートにした背髪者の姿がそこにあったんだ――
ともあれ――予想通りすぎてリアクションに困るオチですね。はい。
【TIPS】
ヘアー&エイリアン<コアレディ>は、今の鷲子が一人で戦った場合、まず負けはしないものの苦戦していたかもしれない相手。
鷲子がツッコミを入れたり呆れたりしながら余裕ある攻略ができた上に、先輩を気遣う余力があるのは、間違いなくオトナコンビのおかげ。