26.まずは一息つきましょう
一息……ついた途端――頭がズキズキと痛みを訴えてきました。
そういえば、ケガをしてましたね……。
軽くフラ付きながら戻ろうとすると、和泉山さんやカタツムリの人と、なぜか一緒にいた女の子がポニーテールを揺らしながら駆け寄ってきました。
「あ、動かないでください。それくらいならわたしが――」
そう言うと、彼女は半透明のストールのようなものを呼び出しました。そして、その先端を私の頭へと伸ばしてきます。
一瞬だけ警戒しますけど、考えてみたらこの状況で敵なわけないですよね。和泉山さんもカタツムリの人も止める気配はないですし。
「ケガを治るようにって祈ると割と成功率高いんです」
それにしても、この女の子の開拓能力の像はどこかで……。
「貴女に祈りを――手早くも懸命なる祈り手」
………………え?
いんすたんと・ぷれいやーず?
だって、それは……
ヒロインの一人、雨羽 霧香の、開拓能力――その第二段階の名前で……
「よし。傷を治せました!」
「あ、ありがとうございます」
人なつっこい小動物のような笑顔を浮かべる女の子。
それに対して、何とか平静を装って礼を告げることができましたけど……え? この人って雨羽 霧香なんですかッ!?
ゲーム画面が現実化してるせいで、だいぶ見た目や雰囲気が異なってることが多いというのは経験で分かっていましたけど……ッ!
まさか、ここまで見た目が違うなんて……あ、いえ、そうか……そうですか。気づきました。
霧香って、ゲーム中でも中学時代とか高校入学当初くらいを思い出す回想シーンとかだとポニーテールでしたね。
理由は忘れましたけど――とにかく高校二年の頃にバッサリと切っていて、ゲーム中で出会う時はすでにショートボブくらいまで髪を短くした彼女なのです。
当然メインビジュアルやらキャラ画像では基本的にその髪型のものばかり。
ましてや現状は、本編開始よりだいぶ前。
メインの人たちの見た目や雰囲気が、知っているものとは異なっている可能性というのは大いにあったはずです。
「えっと、どうかしました?」
「あー……いえ。改めてありがとうございました」
お礼を告げたあと、ぼんやりと考えごとをしてしまった為に、少し心配させてしまったのかもしれません。
私は、改めてお礼を口にしてから、自分を示して名乗ることにしました。
「私は十柄 鷲子と申します」
「わわわっ、丁寧にどうも! わたしは雨羽 霧香と言いますっ!
ちなみによく誤解されますが高校一年生です! ちんちくりん扱いされますけど高一ですっ!! 大事なコトなので二度言っておきますね!」
何やら色々と実感の籠もった挨拶をされてしまいました。
いや、背が低く童顔であるのがずっとコンプレックスになっているというのは知ってますけれども。
ともあれ、あちらも私のことを誤解している部分がありそうなので、少し正しておきましょう。
「えっと、私の方が年下ですので、そんなにかしこまらなくても良いですよ?」
「え?」
「今度の四月に高校生になる予定ですから」
「……じゃあ、今……中学三年生……?」
「はい」
「ちょっと大人っぽすぎないッ!?」
「え?」
「大人向けのお洒落なカフェのテラスで本を読んでる姿が似合いそうでズルイ!」
「そんな限定的なシチュを妄想された上でずるいと言われましても」
何やら悔しがる霧香さんに、どうしたものかと思っていると、すぐに彼女は落ち着きました。
「それはそれとして。高校は決まってるの?」
「朱ノ鳥高校です」
「奇遇! わたしもそうなんだ!」
知ってます――とは言えませんし、何だか嬉しそうなので水を差す必要もないですね。
「では、先輩ですね。
よろしくお願いしますね、雨羽先輩?」
「はうわ!?」
びっくりしたように叫び、そして何やら嬉しそうにもぞもぞし始めました。
「せんぱい……せんぱいかぁ……。
こんな大人っぽい子にそう言われるの、何だか知らない感覚がする……」
うん。まぁ、何というか放っておきましょう。
正史とは異なる出会い方をしたせいで、開拓能力が前倒しで進化しただけでなく、変な影響がでているような気がしますが、気にしちゃ負けな気がしてきました。
ともあれ、雨羽先輩とお互いの自己紹介を終わらせたところで、近寄ってくる人へと向き直ります。
「鷲子ちゃん。あたしも名乗らせてくれよ。草薙つむりだ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。助けてくださってありがとうございました」
何でバスの中にカタツムリを放っていたのかは、聞かない方がいいのでしょうか?
それに、草薙つむり――ですか。
確かゲーム中だと、雨羽先輩とのデートイベントの時にチラっと出てきた名前ですね。
彼女の好きな作家さんだった気がします。
本編に関わって来ない人でしたが、まさか開拓能力者だったとは思いませんでした。
ちなみに、私もいくつか著書を持ってます。
「ところで、こんど新作で――長身で大人っぽい後輩と、小柄で小動物っぽい先輩の百合モノとかやろうと思うんだけど、どう思う?」
「明らかにモデルにされていると分かっている話をどうと問われても……」
知らずに読んだなら楽しめそうですが、明らかに自分がモデルだと分かってる話を読むというのは、何とも微妙な気分になりそうですよね。
「お嬢様。バスが横転したと通報しました」
通報先は警察や消防などではなく、お父様に――でしょうけど。
そこを経由して、警察などはやってくるはずです。速度としてはむしろその方が迅速に出動してくれそうな来もします。
ともあれ――
「まぁ警察でしたら、すでに一組来てるようですけど」
倒れたバスの乗客の救助なども考えたいところですが、その前に、話をしておかなければならない人がやってきました。
冴内警部と、彼よりは若いもののかなり修羅場を潜ってきた雰囲気を持つ男性。彼もまた、警察関係者なのでしょう。
「いやぁ……ちょっと想定外の出来事が発生しちゃったけど、皆さんが無事で良かった良かった」
「先輩。バスが横転してますけど」
「中の人は無事なんでしょ?」
問われて、私は一応うなずきました。
「ええ。そのはずです」
どうやら、お連れさんは冴内さんの後輩さんのようで――そして、常識人系のようです。
これはかなり苦労されているのではないでしょうか?
まぁそんなことはどうでも良くて――
「それで」
気絶している錐咬に、例の手錠を付けている冴内さんを睨むように問いかけます。
「どうしてこんなコトになってるんですか?」
理由はだいたい想像はつくんですけど――どうして彼が逃げ出したのかくらいは聞いておくべきですよね。
【TIPS】
霧香の能力は、使用者である霧香本人の強い祈りによって、効果発生の確率が偏る性質を持っている。
進化したことでよりその偏りは顕著になっているのだが、いかせん本人もその周囲も気づいてないようである。
本人も何か狙った効果が出やすくなったかなぁ……?程度にしか感じていないようだ。