20.雨羽 霧香 と カタツムリ
今回は、静音たちと一緒にバスに乗っていた女の子の視点です
【View ; Kirika】
私こと雨羽 霧香の乗っていたバスが横転した。
それだけは理解できたけど、その後の状況がしばらく分からなかった。
謎のカタツムリだけでも怖かったのに、急にバスが横転とか、ほんと何なの……ッ!?
愚痴りたくなる気分をぐっと押し殺して、衝撃が収まるのを待った。
横倒しになったバスの中、だけど私は想像していたほどの衝撃がなくて、ゆっくりと目を開ける。
バスの中には木の枝や根を思わせるものが張り巡らされていて、乗っていた人たちを守ってくれていたみたいだ。
たぶん、私たちの横に乗っていた女の子の能力。
さっきはあれでカタツムリを捕まえてたみたいだしね。
だから私は横――じゃなくて横転しちゃって上に位置することになってる席を見る。
すると頭から血を流している女の子が、枝にもたれかかるようにグッタリとしている。
「あの子……!」
助けないと、そう思った時、わたしは気づいた。
彼女と一緒に乗っていたカッコいい雰囲気の女性の姿がない。
窓が開いているのを思うと、あそこから外へ出たのかもしれないけど……。
「真衣、動ける? ちょっと場所変わって!」
「え? うん。いいけど」
あのままの体勢は危険だ。
彼女の意識が完全に失われた時、たぶんこの張り巡らされた根は消える。そうなったら、上から落ちてきてしまう。
ましてや頭から血を流している状態。
そんな子が落ちてきたら、大変なことになっちゃうかもしれないんだ!
私たちを助けてくれた子が、助からないなんてことがあっちゃダメだから!
そう思った矢先、根っこが彼女の近くのソファに吸い込まれるように消え始めた。
「まずい……あの子、落ちてきちゃう!」
どうしよう。
気持ちだけが焦る中、カタツムリたちが集まってくる。
十匹ほどのカタツムリたちが一斉にその触覚を伸ばし始めた。
これは……あの子を助けようとしてる?
カタツムリの目的はまったく分からないけれど、でも悪いカタツムリではないと思った。
だから私は近くのカタツムリに手を伸ばす。
指先だけでもいい――あなたに触らせて!
その願いが通じたのか、人差し指が一匹のカタツムリに触れられた。
真衣がいる手前、変に声を上げるわけにはいかないので、心の中でその名前を口にする。
(些細な祈り手!)
何が起きるのかは私にもわかんないけど、触れたカタツムリにとって良いコトが起きる……それがわたしの能力だッ!
触れたカタツムリが光に包まれ、一回り大きくなった。
一時的な効果だけど、これであの子を助けるのに確実性が増して――
そう思った時だ。
女の子の髪の毛がワサワサと動き出して、あちこちに絡まるようにしながら窓の外へと出て行ってしまった。
「え? 何あのきもい髪の毛? あの子が何かしたの?」
真衣の発言に深い意図はないと分かっていても、彼女の名誉を守るように、わたしは強めに口にしてしまう。
「違う……あれは彼女の意思じゃない……ッ!」
驚いたような真衣を尻目に、私はソファに手を掛けた。
当然――カタツムリでもないはずだ!
だったら、まったく別の意図で彼女の髪の毛を操った奴がいる!
(だから、カッコいい女性がいないの……?)
犯人は女性――ではなく、女性はバスを横転させ、女の子の髪の毛を操った犯人を追いかけているのでは?
ただの空想。
根拠のない妄想。
推理とすら呼べない自らの思考に突き動かされるように私は動く。
「ちょっと外の様子見てくる!」
「え?」
元々、運動は苦手じゃないから!
わたしはソファや柱やらを掴み、足場にして、窓へ向かってよじ登っていく。
もう少しで窓まで届く――と思った時、手が滑り……だけど、私は落ちなかった。
「カタツムリ……?」
先ほど私が祝福を与えたカタツムリの触覚が私の手首に巻き付いている。
そして、誘導するように窓までつきあってくれた。
「ありがとう」
カタツムリへと小さくお礼を告げて、ようやく私が窓の外へと出る。
その時――
「お嬢様……!」
声が聞こえた方の眼下を見ると、髪の毛が不自然にわさわさと動いている女の子が、アスファルトから植物の蔦を作り出していた。
その蔦の先には、カッコいい女性がいて――その女性のさらに先には見慣れない男の人がいた。
男の人の横には、髪の毛の塊のような人型がいた。あれは明らかに何らかの能力の形だ。
「お嬢様ッ!」
女性が叫ぶ。
だけど女の子は反応しない。
それどころか蔦をたぐり寄せ、女性を引き寄せている。
どうしよう。どうすればいい?
女の子は明らかに正気じゃない。
あの男に何かされたんだってのは分かる。
だけど、私に何が出来る?
触ったものにちょっと良い事が起きる程度の力で。
あの蔦が完全に引き寄せ終わったら、女性はどうなる?
女の子をお嬢様と呼ぶような人を、女の子はどうする?
正気であれば問題ない。だけど、あの男に正気を失わされているのだとしたら……
一緒にバスに乗って笑いあうくらいに仲が良さそうだった二人の仲が、引き裂かれる?
違う。それはまだマシだ。
女の子の能力は使い方次第できっと、女性を物理的に引き裂ける。
それはダメだ。
それは正しい力の使い方じゃないと思う。
だけど、それを止めるだけの力なんて……
いや力があるかないか何てどうでもいい!
私が、何かするかしないかだ!
私は私の右胸に手を当てる。
「些細な祈り手! お願い、身体能力が向上するような効果ッ、来てッ!」
文字通りの祈り。
それに能力が応えてくれたのか、あるいはただの運なのか。
どちらであっても問題はない。
欲しかった効果が現れた。その実感があった。
だから――
「やめなッ、さぁぁぁぁぁぁぁいッ!」
私は全力で叫びながらバスの縁から飛び降りたッ!
【TIPS】
霧香は開拓能力者になる前から、幽霊とか見える人だったらしい。




