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17.和泉山 静音 と でんでん虫 2


「お嬢様、何かアテはあるのですか?」


 任務を受けてから最初の日曜日。

 わたしは普段来ている黒いスーツから、私服に着替えてお嬢様と共に街に繰り出していた。


「和泉山さんって私服もパンツスタイルなんですね」

「これが一番動きやすいので」


 質問に対して返ってきたのは、まったく関係のない話だった。

 そのことに少し面食らいながらも、わたしは返答する。


 今日は黒いワイシャツに黒いズボン。その上からロングコートを羽織っている。

 それに何か問題があるのだろうか。


「いえ、私服も黒いんだなぁと思いまして」

「その……黒を纏っているのが一番落ち着くんです」


 これは事実だ。

 どうにも白やピンクあるいは淡い色やらパステルカラーやらといった色のモノを身につけると落ち着かない。


「でも、確かに黒は和泉山さんに似合ってますよ」

「ありがとうございます」


 ほんわかと笑うお嬢様。

 笑顔を見たのは随分と久し振りな気がする。


「さて、最初の質問ですが――アテはあるといえばあり、無いと言えば無い……でしょうか」

「それはどういう意味ですか?」


 わたしが訊ねると、お嬢様は少し考える素振りを見せてから、逆に訊ね返してきた。


「和泉山さんは、三つの岩の噂をご存じですか?」

「三つの岩……ですか?」

「今、この街の学生たちの間で密かに流行りつつある噂です」


 お嬢様が補足をしてくれたものの、全く心当たりがなく、わたしは首を横に振る。


『町外れの山の中。開発途中のまま放置されてる場所の中に、三つの岩が並んでいる場所がある。三つの岩の中心で口笛を吹くと、呪われる代わりに願いを叶える力が宿る』


 それが噂の内容とやららしい。

 だが、やはり聞き覚えはない。


「ここ最近、流れだしたものなのですか?」

「そうだと思います。

 和泉山さんの暇な時、片手間でも構いませんので、ちょっと噂の出所を探っておいて貰えると助かります」

「わかりました」


 確かに、噂の出所は気になるところだ。

 火のないところに煙は立たないと言うしな。

 大本になった事件や、わざと広めている誰かがいる可能性はゼロではない。


「今日はその三つの大岩とはどこにあるのかを調べたいのです。

 まぁそもそもが、町外れってどこだよって感じの噂ですけど」

「確かに」


 お嬢様の言葉に、わたしは思わず苦笑する。

 ただ、『町外れにある山』『開発途中のまま放置されている場所』となると、府中野ニュータウン計画として途中まで拓いた土地――月斑山(つきむらやま)が候補にあがる。


 そのことをお嬢様に告げると、彼女もそう思っていたようだ。


「あそこは立ち入り禁止区画も多いのが問題ですね」

「中途半端に拓いて放置されているワケですからね。大地震や大雨がくると土砂が崩れる可能性もあるようですし」


 計画が頓挫した理由は不明。

 だが、その事業の失敗を理由に、前市長は市長の座から引きずり下ろされることになったことは当時話題になっていた。


「今日はとりあえず視察というコトにしましょう。

 本格的に中を調べたいのであれば、旦那様に相談した方がいいかと」

「そうですね。では、今日はとりあえず様子を伺うだけにしましょうか」


 信憑性が薄い噂を調べる――というのもおかしな話ではあるが、お嬢様はどこかこの噂が事実であるという確信を持っているように思える。


 それがただのカンなのか。

 あるいは事前に何らかのリサーチをしていたのか。


 どちらであっても、やはり血筋かと思わずにはいられない貫禄を感じる。


「それでは、デートを始めましょうか。和泉山さん」

「で、デート……ですか?」

「私の興味に付き合わせるようなものですから。

 変にガチガチに考えられるよりも、楽しく行きましょうってコトです」


 そう告げて、お嬢様は私の左腕に抱きついた。


「和泉山さんは長身で中性的な顔をしてますから。

 意外と、勘違いしちゃう人も多いかもしれませんね」


 勘違い――いや待て、それはまずい。

 わたしが選ばれたのは、お嬢様が異性とデートしているような姿にならないようにと旦那様が配慮してだ。


 それなのに、そんな風に周囲から思われてしまったら、わたしは旦那様に叱られるどころではすまないのでは……ッ!?


「それじゃあ、月斑山(つきむらやま)浄水場経由栗摩センター行きのバスに乗りましょう」


 わたしの腕を引きながら歩き始めるお嬢様。


「ま、待ってくださいッ!

 そのように腕を引かれなくても……ッ!」


 お願いしますお嬢様ッ!

 わたしはまだ旦那様に殺されたくないので、勘弁してくださいッ!


 胸中で叫ぶも、無理にふりほどくワケにもいかず、ささやかに抵抗するものの、そこはお嬢様。見た目よりも大幅モリモリに溢れるパワー故に、気にした様子もない。


 そのままあれよあれよとバスへ乗り込むこととなったのだった。






 そうして搭乗したバスの中――

 一番後ろの席の右側に詰めて座っていたわたしたち。


 逆側には、こちらと同じように詰めて座っている二人組の少女たちがいる。

 歳はお嬢様と同じくらいだろうか。


 その二人組の片側が、バスの天井のあらぬところを凝視している。

 何となくその様子が気になって二人のやりとりに耳を傾けていると、奇妙なやりとりをしていた。


霧香(きりか)、また変なとこ見て……幽霊でもいるわけー?」

「いないけど、天井ってなんとなく見つめちゃわない?」

「ないなー。ないない」


 天井を見つめていた小柄な方の少女――キリカと呼ばれていたか。

 彼女の天井を見る瞳は真剣そのものだったのだが、ただのクセのようなものか?


 そう思った矢先、横からお嬢様のうめくような声が聞こえてきた。


「うあ……天井に何かいる」


 わたしも思わず天井に視線をやるが、わたしの目には変わったモノなど何一つ捉えられなかった。


【TIPS】

 前市長の置き土産である『山を拓いたものの、計画が頓挫したまま放置されてる場所』に関しては、その扱いについて現市長も頭を抱えているらしい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >大幅モリモリに溢れるパワー 形容が面白いw [一言] >月斑山つきむらやま浄水場経由栗摩センター行きのバス 噛まずに言えるのすごい
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