110.謎のアプリについて考えましょう
【View ; Syuko】
――4月9日。金曜日。朝。
学校最寄りの駅で電車を降りて、そのまま学校へと向かいます。
考えることは色々ありますが、今のところ大きなモノが二つ。
一つは嘉藤さんの動向。
もう一つは、謎のアプリについてです。
嘉藤さんに関しては、昨晩に霧香先輩からLinkerでメッセージが届いていました。
先輩の見たものの報告ではありましたが、どうやら嘉藤さんは無事に覚醒したようです。
正史と異なり、最初から先輩が関わってしまっているので、今後どうなるかは不安です。ですが、とりあえずのハードルの一つはクリアできたようでひと安心といったところでしょうか。
とはいえ、謎のアプリは何一つ分かっていません。
ただ、誰かの紹介でなくとも、専用のサイトにアクセスせずとも、勝手にスマホにインストールされていることもある――というのが判明しました。
先輩には念のため、アカウント登録はせず、勝手にダウンロードされていたなら、削除するようにと伝えはしました。
スマートフォンの各メーカーのアプリ販売サイトへの登録はなく、制作者のブログやホームページなどもない。
あるのはダウンロード用のサイトのみ。
そのサイトすら、通常の検索では到達できず、誰かの紹介によってのみ閲覧可能という徹底っぷり。
アプリ名で検索してみても、該当するアプリは無く、使用者の感想のようなものもほとんど見つからない。
ショートテキスト投稿SNSのWarblerでは、何人かがこのアプリについて囀ってましたが、それらのアカウントの過去の投稿からして、うちの学校の生徒たちでしょう。
そのことから、やはりあのアプリは、倉宮先輩の言う通り、うちの学校でのみ配布されているというのが見えてきます。
では、あのアプリは一体何なのか。
私のボディーガードの一人である和泉山さんの知り合いで、プログラムなどに詳しい人にいましたので、ちょっと確認をしてもらいました。
ちょうど私のスマホにも勝手にダウンロードされていましたしね。
いつダウンロードされたのか不明なのが不気味ですが、ありがたくも調べやすいタイミングで助かりました。
そして――確認した答えとしては、詳細不明。
ほぼほぼブラックボックス同然のアプリのようでした。
つまり、真っ当なプログラムで動いているようなモノではない――という結論です。
ここまでくると、見当がついてきます。
このアプリは恐らく、開拓能力によって作られたもの。
アプリを起動し、アカウントを作成した時点で、何らかの能力の影響を受けるタイプのモノでしょう。
アプリの内容は、バズると優遇されるWarblerタイプのSNS。
能力と紐付いているとしたら、バズって優遇されている人たちほど、何らかの影響がある――というところでしょうか。
そんなことを考えながら通学路を歩いているうちに、学校が見えてきましたね。
――と。
「しゅーこちゃーん!」
「華燐さん。おはようございます」
「おはよー!」
後ろから、華燐さんが軽やかな足取りで駆け寄ってきました。
相変わらずチュパロリップスを口に咥えて、元気いっぱいな感じです。
今日は何味なんでしょうか?
そう訊ねようと思ったのですが、華燐さんは私の横に並ぶなり、自分のスマホのホーム画面を見せてきました。
そこには例のアプリのアイコンが表示されています。
「ねーねー! しゅーこちゃんって、変なアプリがスマホに入ってたりしない?」
「最近、うちの生徒の間で流行ってる謎アプリでしたら、勝手にダウンロードされてたので速攻で消しましたけど?」
「あ、やっぱ消した方が良さげ?」
「だと思いますよ。どう考えてもあれ、開拓能力で作られた怪しいアプリですし」
「……おー……」
「なんですかそのリアクション?」
私に感心したような、あるいは何かの答え合わせが出来たような、変な顔をしてますけど。
「いやぁ、アタシのスマホにも知らんうちに入っててね?
なんかよく分からんから、ししょーに聞いてみたら、速攻で消せって叱られた」
「せっかくだから消す前に起動してみよう――とかしました?」
「した」
「じゃあ叱られるでしょうね」
そういうリテラシーは、華燐さんの師匠こと草薙つむり先生はしっかりしてるでしょうから。
「まぁししょーに叱られたから結局起動しなかったけど」
「正解ですよ。草薙先生のコトだから、どうして危険なのかもちゃんと説明してくれたんじゃないんですか?」
「されたー……お説教聞いたら、さすがにアタシでもヤバいって思ったよー。
でもししょーは開拓能力によるアプリだってところまでは言ってなかったけど」
さすがに草薙先生でも、そこまでの確証はなかったんでしょうね。
でも、口に出さないだけで訝しむくらいのところまでは行っていたのではないでしょうか。
「あくまで私の推測ですが――これ、織川先生の悪夢ばらまきと同系統の能力だと思いますよ。恐らく起動してアカウントを作成すると、能力者にマーキングされてしまうだろう――と、そう考えています」
織川先生の能力は、マーキングした人の夢に侵入して、洗脳じみた精神操作をしてきましたからね。
その影響を受けた華燐さんとはケンカしてしまいましたし。
あの時は、正直かなり苦しかったので、もう二度と似たような出来事は発生して欲しくないです。
「うあ、マジヤバ系じゃん! ししょーに叱られて良かった! 今度はアタシ、しゅーこちゃん裏切らないから!」
真面目な顔をして真っ直ぐにそう言われると、なんだか嬉しくなっちゃいますね。
「知ってますよ。頼りにしますから」
「まっかせて!」
「取り急ぎでこのアプリに関してなんですけど――」
「うん!」
「周囲の人たちにできるだけ注意したいですよね」
「それは確かに!」
開拓能力のことを伏せて、ヤバいアプリだということにするのであれば……。
スマホメーカー運営の公式アプリサイトに登録されてないことや、責任者情報が存在しないこと。
そのことから、使用したら個人情報をガッツリ抜き取られたり、犯罪に利用あるいは犯罪に巻き込まれる恐れがある――くらいのことは言っておくべきですよね。
「そんな感じで、誘われたりしたら断って……まだ起動してない人には、警告してあげた方がいいでしょうね」
「すでにアカウント作っちゃってる人や、それを言っても気にせずアカウント作っちゃった人は?」
「放置で。
怪しいコトを不思議に思わない人も、警告を無視してアプリを利用した人も、それで事件に巻き込まれても自業自得ですので」
それに何より――
「織川先生の時を思うと、アカウント作ってしまってる人は、その言動や行動が、事件解決まで信用できなくなってしまうワケですし」
「あー……」
――華燐さんみたいに、能力の影響を受けながらも自力で脱するようなこと、一般の方々にできるとは思えないですから。
「そうそう。アプリとは別に、図書室を中心にメイズが生まれ掛かってます。
そちらは霧香先輩に任せてますが、何らかのキッカケで巻き込まれる可能性もありますので、頭の片隅にでも置いておいてください」
「あっちもこっちも事件ばっかじゃん」
「そうなんですよ。アプリの方が被害が大きくなりそうなので、とっとと片付けたいところではあるんですよね」
「殴る蹴る解決できればいいんだけどねー」
「気持ちは分かりますが、そもそもどちらの事件もまだ、殴る蹴るをするべき相手が不明なままですから」
まぁ図書館の方は、正史通りであれば、メイズの主人は誰か分かってはいるんですけど。
「パイセンやセンセの時と同様に、まずは地道に調べ物か~……。
頭脳労働はあんま役に立たないけどさ、協力できそうなコトはするから、仲間はずれにしないでよ?」
「もちろんですよ」
そんなやりとりをしながら、私たちは校門を潜っていくのでした。
校門から下駄箱へと続く道。
すれ違う知り合いと挨拶を交わしながら、華燐さんと一緒に歩いていると、ふと二人組の女の子が目に入りました。
一人は、嘉藤さん、大杉さんに続く三人目のパーティメンバー癒沢 茅里さん。
もう一人は、去年同じクラスだった元端 ティオナさん。
明るい癒沢さんと、大人しい元端さんの組み合わせは少し意外ですけど、そう変わったことでもありません。
ただ二人とも美人ですからね。並んで歩いていると、注目を集めているところあるでしょう。
特に元端さんは、ドイツ人ハーフであり、外国人らしいメリハリある身体に、日本人らしい黒髪と白肌という容姿のせいで、密かにファンクラブがあるそうですから。
まぁただ――私が元端さんに注目しているのはそういう理由では無く……。
「ちなみにファンクラブは、ティオちゃんだけでなく、しゅーこちゃんにもあるからね?」
「ファンクラブの話なんて一言も口にしてませんけど?」
横にいた華燐さんから、急に謎なツッコミを受けたので目を瞬く。
「ティオちゃんを見て、そういう話を思い出してそうな横顔してたよ?」
「どういう顔ですか、それ……」
華燐さんに変な誤解をされた気がしますね。
ともあれ、元端さんを気に掛けているのは、理由があるんですよね。
小さく息を吐いて、視線を再び元端さんに戻すと、彼女は癒沢さんの背中に指を伸ばしているところでした。
まるでそこに本棚があるかのような動き。
指先で本の背表紙を引っかけ、手前に傾けるような、そういう手つき。
すると、本当にそこに薄らと輝く本が現れて、元端さんはそれを手にします。
抜き取られた癒沢さんは何も気がついていない様子で――
「何、今の動き?」
それを見ていた華燐さんの目が眇まっています。
私は答えを知っていますが、敢えてそこには触れず、初めて見たていで答えました。
「恐らくは開拓能力でしょう。隣の方から、何かを本に変えて抜き取ったようですが」
「アプリ……いや図書室メイズの方の関係者だったり?」
「可能性は高そうです」
高いどころかそのものズバりなんですが、今ここで私が触れるのも違うでしょうしね。
「まだ図書室メイズの関係者と決まったワケではありませんが――少し、忠告くらいはしておいた方がいいかもですね」
とはいえ、素直に反省されてメイズが消えちゃうのも、それはそれでどうだろう――と思うので、めちゃくちゃ綱渡り感があるんですけど。
なにはともあれ、放課後に図書室でも覗いて声を掛けてみましょうか。
そんなことを考えていると、横で華燐さんが口から抜いたチュパロリップスに難しい顔を向けています。
「ところで、それ何味なんですか?」
「パイン、マンゴー、ゴーヤ&ミルク」
「なんでゴーヤ入れたんでしょうね……」
「いっぱい余ってるけどしゅーこちゃん、いる?」
「いりません」
どうしてチュパロリップス・ジャパンは変な味ばかりだすんでしょうね。
【TIPS】
元端ティオナは、ビブリオフォビアで活字中毒。
ただの本好きではなく、常に本に触れていたいタイプ。
物理本に触れられない時間があるのならば、スマホやタブレットで常に電書に触れていたい。でも電書購入はかなり控えめ。物理本こそ至高と思う面とは別に、場所やスペースを問わず購入できる電書システムは、欲望を解放した時点で自分どころか家族の財布を殺す勢いで購入するのが目に見えてるので自制している。
自宅の自室は本の山ですごいコトになっているが、これが崩れて押しつぶされて死ぬなら本望とさえ思っている。




