107.しばらくは色々と様子見です
【View ; Syuko】
――4月7日。水曜日。放課後。
帰る準備をしながら、ふと窓の外を見ると、HEROが、男子生徒と女子生徒のコンビと共に、三人で校門を出ていく様子が見えました。
最初は、HEROと違うクラスになることはミステリアスヒロインムーブを帳消しになるかと思ってました。
ですが昨日・今日とふつうに授業を受けていると、すぐにデメリットに気づいたんです。
これ、シナリオの進行度を遠目に見るのが難しい――と。
クラスメイトであれば、彼らの雑談に耳を傾ける形で様子を伺えたのですけど。
それと、いつまでもHERO呼びはちょっと失礼な気がしたので改めます。
彼には嘉藤 楽太さんという名前もありますからね。
ただまぁ、四月の今の時点だと急いで確認することも特にはありません。
七日である今日は、後々にHERO――嘉藤さんと、親友や相棒と呼び合う仲になる、最初のパーティメンバー大杉 玖郎さんと、二人目のパーティメンバー癒沢 茅里さんと行動する日です。
私も以前に確認しにいったことのある、噂の岩。それを三人で見に行くというイベントですね。
『町外れの山の中。開発途中のままに御放置されている場所に、三つの岩が並んでいる場所がある。三つの岩の中心で心の口笛を吹くと、呪われる代わりに願いを叶えるチカラが宿る』
噂の出所はやっぱりどこかは分からないものの、実行した人の中には開拓能力に目覚めることがある――というものです。
もちろん、やったところですぐにどうこうなるワケではないのですが、実行した人の多くが心の中にメイズの卵が発生。
あとはキッカケ次第で、羽化。能力者として覚醒する――という流れです。
言うまでもありませんが、三人がこれを実行することによって、開拓能力の絡む事件へと巻き込まれていくことになります。
なので、これを邪魔したりする気はありません。
三人が並び立って校門を出て行ったので、イベントは順調に進んでいると思いましょう。
――ところで、この教室から外を見て三人の様子を伺う姿って……。
ゲームとかだと急にカメラが窓にフォーカスして無言で三人を見つめてる私が映る……みたいなシーンとかに挿入されそうな姿じゃないです?
いや考えすぎか。
どうにも、嘉藤さん相手にミステリアスヒロインムーブやらかしてから、余計なこと考えちゃってる気がします。
さておき。
私の方は今日の放課後をどう過ごしましょうかね。
カバンを手に教室を出ます。
階段を降りて下駄箱へと向かう途中――階段の踊り場で、気弱そうな一人の男子生徒を、三人の男子生徒が囲っています。
囲っている方は、顔は悪くなく、偏差値も悪くないこの学校らしい頭の良さそうな雰囲気はありますが、表情からは性格の悪さやタチの悪さが滲んでいるような人たちです。
一人から壁ドンをされている気弱そうな男子生徒――良く見ればうちのクラスの、増梶 地禮さんですね。
囲んでいる方々はあまり見覚えがないので、別のクラスの方々でしょうか。去年も同じクラスではなさそうです。
見て見ぬフリをするのは――心情的に無理そうですが、増梶さんの反撃の機会を探っている目を見ると、完全にやりこめてしまうのも違いそうですね……。
などと――足を止めて考えていると、さすがに彼らも不信に思ったのか睨んできます。
「なんだよ? とっとと通っていいんだぜ? 別にお前には何もしねぇし」
ヘラヘラとしながらも、どこか威圧するような気配。
絶対に告口されない。目の前の相手が自分たちをどうこうできない。
そういう自信の現れのような態度ですね。
もっとも、私にはそういうの効果無いのですが。
「いえ、単純に視界に入って不愉快だなと思ってただけです」
「あァん?」
取りまきが凄んできますけど、あんまり怖くないですね。
「チライくぅ~ん、キミ不愉快だってよ」
増梶さんの胸ぐらを掴みながら、リーダー格っぽい人が笑います。
なんか急に頭悪く見えてきましたね。
「いえ。増梶さんではなく、あなた方のコトですよ?」
告げると、彼はは乱暴に増梶さんの胸ぐらを手放し、私に向き直りました。
いわゆるガン付けと、暴力を匂わせる仕草で、威圧しながら訊ねてきます。
「なぁ? もしかして女なら殴られねぇとかそういうコト考えてる?」
「いえ全く。そもそもあなた方のポリシーとかどうでも良いです。
一人を複数で囲んで、暴力と威圧で押さえつけるようなコトしている光景が不愉快なので、今すぐ視界から消えて欲しいと――そう思ったのをただ口にしただけですので」
顔を赤くし、こめかみに血管を浮かせ始めた彼は、怒りを抑えるように、告げました。
「お前、オレの親父が誰か分かってるのか?」
「全く存じ上げませんが、自分のバックボーンを脅しの材料に使うというコトは、同じ方法で反撃されても構わないという宣言で構いませんね?」
富豪であるとか、権力者であるとか――そういうので攻撃してくるなら、そういうので反撃するまでです。
「財力で殴り合いとか、権力で殴り合いとか、そういう方法で戦いたいと言うなら、受けて立ちますけど? ちなみに私が一番得意なのは、暴力で殴り合いです」
「え?」
完全に鼻白んだ様子こそが、それを使って好き勝手振る舞ってきたという証左でしょう。
でも私だけでなく、一つ上に陽太郎くんがいるこの学校で、よくもまぁそういうことが出来るな――と。
まぁ、どうでもいいですね。
ともあれ、この小物をどうするか――そう思っていると、新たな男子生徒の声が割って入ってきました。
「リュウヤマ~、そこらで引いておいた方がいいぞ~」
「富蔵?」
やってきたのは、富蔵 露定先輩です。
一つ上の三年生で、開拓能力者でもある人です。
去年はだいぶ問題のある人でしたが、とある一件で大怪我したあとに、彼女が出来てから、だいぶ余裕が生まれている方ですね。
なんというか、人格が矯正されてきているといいますか。だいぶまともになったと言いますか。
「十柄はストリートファイトが得意ってのは本当だぞ。百戦錬磨のケンカ屋だしな」
「その言い方悪意ありませんか?」
私が口を尖らせると、全く悪びれもなく「悪い悪い」と言って笑ってから、リュウヤマと呼んだ先輩へと視線を戻しました。
「正直なところ、おれも見ててツマンネェからさ、そういうのそろそろやめたらとは思ってたのよね」
「テメェもツマンネェようなコト言うようになったよな。あんまツマンネェコト言うようなら、家を潰してやんぞ貧乏人。なんならテメェの彼女を貰って回してやってもいいんだからな?」
「……なん言った今?」
リュウヤマ先輩とやら――それ、完全に地雷……。
「……やってみろや」
富蔵先輩は、あの事件で知り合って出来たカノジョさんのこと、すごい大事にしてますからね。
ましてや、そのカノジョさんとの出会いのキッカケが、そういうことをしようとしていた男から助けたという経緯があります。
だからこそ、今の発言は富蔵先輩にとっては特大の地雷。
「金と権力で後輩を舎弟にしてさぁ、その後輩経由で後輩いじめて……テメェの実力で何一つできてないバカが、あんまイキってんじゃねぇぞ?」
「……!?」
怒気と威迫。
本当の殺意を持った相手に立ち向かい、殺されかけて、それでも命がけで人を救った経験をした人です。
気合いの入り方も、肝の据わり方も、覚悟も、一般的な学生レベルと比べたら先輩の方が高いのは当然でしょう。
取りまき二人は完全に、富蔵先輩の空気に飲まれましたね。
そんな経験をしてきた富蔵先輩からしてみれば、リュウヤマ先輩とやらは大したことのない相手でしょう。
面倒くさがりで、事勿れ主義なところのある富蔵先輩だからこそと、今までは敢えて口を出してなかっただけ。
「アイツに手を出して見ろ。そん時は、テメェの――テメェら全員の脳みそと魂に、絶対に消えない呪いを刻み込んでやるからな?」
掛け値無しの本心ですね。
去年の富蔵先輩を思うと、信じられないくらいカッコよくなってます。
そしてここまで強い心を持ったのであれば、彼の能力が進化して本当に、脳や魂へのラクガキを可能とする可能性すらあります。
「ちッ、冷めた。いくぞ」
リュウヤマ先輩とやらはそう吐き捨てて、取りまきを連れて去って行きます。
それを見送ってから、私は小さく息を吐きました。
「さて、目障りな方々は消えましたし、行きましょうか」
「え? コイツ放っておいていいの?」
困ったような顔をする富蔵先輩。
それに対して、増梶さんが呻くように告げます。
「……助けてくれなんて言ってない……」
もちろん、それは理解しています。
今の彼の心理状況を思えば、変に気を遣っても、逆に恨まれかねませんからね。
「知ってますよ? それに別に助けるつもりはなかったので。
不愉快な人を追い払ったら、たまたま増梶さんが助かっただけです」
「お前だって、権力と財力で人を支配する側だろ……」
「何を持って支配するかという話ですが……まぁどう答えても貴方が気に入るような解答はできませんね。
ただ、一つ言えるコトがあるとするなら――」
そこで言葉を切って、私は真っ直ぐに増梶さんを見ます。
「――暴力も、財力も、権力も……そういうチカラっていうのは振るうのに責任が生じるんですよ。いずれ、彼はこれまでやってきた行いの責任が返ってくるコトでしょう。
あるいは、私と富蔵先輩が、彼に目を付けた時点で、責任のしっぺ返しが始まった可能性はありますけど」
「どうして今なんだよ……」
「さぁ? 巡り合わせ。間の悪さ。あるいは間の良さ。運だとか、そういうモノだと思いますよ」
このままだとずっと問答させられそうなので、私は一方的に話を切って、会釈の後にその場を後にします。
富蔵先輩も私に着いてきて、下駄箱まで来たところで訊ねてきました。
「いいの、あれ?」
「はい。彼はいじめられてたせいで色々拗らせているようですので、変に恩を着せるようなコトを言うと、怒るでしょうから――冷たくあしらっておいた方が良いかな、と」
「十柄ってさ、ほんと色々考えてるよな」
「富蔵先輩だって色々考えるようになったじゃないですか」
「そうかな? お前に多少マシだと思われる程度にはなったと思っていいのか?」
去年に比べたら、ずっと良い感じの人になってると思いますよ。
さっきのリュウヤマって人に凄んだ時は、富蔵先輩と思えないほどにカッコ良かったですから。
……とは、敢えて口にしませんけど。
調子に乗りやすい上に、調子に乗ると失敗しちゃうタイプの人ですしね。
「はい。このまま調子乗らなければ、モテるようになるんじゃないですかね?」
「別にモテる必要はねぇかなぁ……。あいつがいるし」
そうして先輩と少し話をした後、そこで別れました。
学年が違うので使う下駄箱も違いますからね。
靴を履き替えている時に……ふと、思い出したのですが。
増梶 地禮さんって、いわゆるサブクエスト系のイベントで探索することとなるサブメイズ。その最初の保有者でしたよね?
いわば、サブクエストのチュートリアルダンジョン要因……。
前世では、二週目以降はわりと雑にクリアしていたイベントなのもあって、完全に失念していました。
今助けたことで、サブクエ絡みのイベントがスキップされたり変質したり……しませんよね?
【TIPS】
富蔵 露定こと露っち。
事件以降、仲良くなった月里 灯莉との仲は良い感じに継続中。 二人は友達からスタートしているつもりでも、この一年の間に周囲からはバカップル扱いされるようなお付き合いをしている様子。
「あいつら、あれでまだ友達付き合いのつもりらしいぞ」
「マジかよ!? ちょっとやらしい雰囲気にしてくる!」
「やめときなさいよ男子!」
「あーゆーのは最前列で生暖かく見守る方が楽しいでしょうが!」
周囲の反応はこんなカンジのようだ。
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本年のフロアクの更新はこれが最後となります。
反応などはしておりませんでしたが評価、ブクマ、コメントなど大変励みとなっております。
スローペースな更新の作品ではありますが、今年一年間、お読み頂きましてありがとうございました٩( 'ω' )و
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本作とは無関係なのですが
新作を公開しております٩( 'ω' )و
前々からやってみたかったロボットモノに、異世界令嬢とギャル系AIを混ぜた感じの作品になっております!
『婚約破棄され隣国に売られた守護騎士は、テンション高めなAIを載せた機動兵器で戦場を駆ける!~巨鎧令嬢サイシス・グラース リュヌー~』
https://ncode.syosetu.com/n6852jx/
ご興味ありましたら、お読み頂けると幸いです٩( 'ω' )و




