106.今日から二年生です
【View ; Syuko】
――4月5日。月曜日。
今日から二年生ですね。
朱之鳥学園では、進級ごとにクラス替えが発生します。
そのせいか、二年生、三年生はそわそわした空気を感じる登校時間。
……まぁ、私の場合は前世の記憶という反則技でクラス分けも知ってしまっているので、そういうのも特にないのですが。
正史においては、主人公たちのクラスの最後尾席で、一人でひっそり過ごしていた私です。
それを思えば、このクラス分けも私はB組になるのが決まっているようなものでしょう。
「シューコちゃーん!」
「あ、華燐さん。おはようございます」
「ん! おはよー!」
トタタタタッと軽やかに駆け寄ってくるのは、一年生の頃に仲良くなった花道 華燐さん。
暇があると、棒付きキャンディのチュパロリップスを口に咥えている、いわゆるギャル系って感じの方です。
ただ彼女自身の友好関係のせいなのか、妙にサブカルやネットスラングに詳しかったりするんですが。
オタクに優しいギャルは実在した?
――まぁ、そこはさておき。
開拓能力こそ持ってませんが、ちょっと逸般人じみた身体能力を持ってるんですよね。
格闘技――それも古流の実戦型のモノを嗜んでいて、休日などはやや裏社会寄りのストリートファイトでファイトマネーを稼いでいるんだとか。
普段は、そんな裏の顔なんて存在しないような明るい――いわゆる陽キャ系のコミュ強お化けです。
私とは正反対な人ですが、妙にウマが合うので良く一緒に過ごしています。
「また一緒のクラスになれるといいよねー」
「そうですね」
屈託無く笑う華燐さんに私もうなずく。
彼女は正史では一切の描写がなかった人。
そんな人とこうやって友人関係になって楽しく過ごしているのです。なのでこの世界がどれだけ前世で遊んだゲームにそっくりでも、現実であるのだという実感の証明とも言えるんですよね。
自分のクラスは分かってても、華燐さんのクラスが分からないので、そういう意味ではワクワクそわそわします。
「そういえば、今日のチュパロリップスは何ですか?」
「んー? これ? チーズ明太納豆」
以前までは、それでもバナナやチョコを無理矢理にでも混ぜ込んでいたように思えますが――そこすら捨て去りましたか、チュパロリップス・ジャパン。
「キャンディらしい要素はどこに?」
「これがまた甘い飴の形をしたもんじゃ焼きのようでなかなか……」
なかなか――と言いつつ目を逸らすので、味についてはこれ以上聞かないことにしましょう。
「箱で買っちゃったから、一つと言わずいっぱい貰ってくれない?」
棒付きキャンディを口から抜いてピコピコとこちらに向けてきますが私は真顔で首を横に振ります。
「チュパロリップス・ジャパンにクレーム付きで送りつけたらどうですか?」
「いやー……この冒険心に心惹かれて買ってる身からするとそれはナシじゃん?」
「冒険する方向――メーカーもユーザーも双方バグってるとしか思えないのですけど」
そんなやりとりをしながら、二年生の下駄箱の前に張り出されているクラス分け表の元へと向かいます。
どうしても人が集まってしまうので、なかなか見づらいですが……。
「あ。見えた! シューコちゃんと一緒だ! やったね!」
「本当ですか? じゃあ華燐さんもB組なんですね?」
「ありゃ? シューコちゃん、誰かと自分を見間違えてる? シューコちゃんもアタシもA組だよ?」
「……え?」
いやいや。そんなまさか。
人混みをかき分けて、私もクラス分け表全体が見える位置に移動しました。
HEROこと嘉藤 楽太さんはB組。
そんなHEROの親友で紙装甲な器用貧乏の大杉 玖郎さんはB組。
パーティの魔法スキル担当の癒沢 茅里さんはB組。
そして、パーティの陰キャ担当である私は………………あれ? B組にいませんね?
いやいや。まさかそんな。
とりあえず、A組のリストを見てみると――ありますね。私の名前。
待ってください。プロローグ未満の始業式時点で、こんな特大のイレギュラーに遭遇することなんてありますッ!?
納得できないというか、色々不安というか――まぁありますけれど、いつまでもここにいても仕方ないですしね。
「確かに私、A組みたいですね」
「でしょー? 確認したなら、行こ?」
華燐さんに促され、A組用の下駄箱へと向かいます。
靴を履き替え、二階にある教室へと向かいながら――私は、今の状況について分析。
私がHEROとは違うクラスになってしまった結果に生じる問題を考えてみましょう。
正史において、夏休みに直接関わるまでは、教室か図書室で本を読んでいるだけのネームドモブって感じだったはず。
親交度を稼げるようになるのも、夏休み終盤にちゃんと関わりだしてから。
正式加入は秋のイベントで――……。
あれ? 意外と問題がない気がしますね?
本来の私であれば、クラスが違うせいで、夏休みの出来事の時に名前を呼ばれず、イベントが進行しない……みたいな可能性はあります。
でも、前世の記憶を持つというこの世界の私は、自分から彼らに関わりに行くことができるわけで……。
HEROとクラスメイトでないことは、むしろオープニングイベントのミステリアスムーブが帳消しになる程度に、お得な状況ではないでしょうか?
「シューコちゃん、難しい顔して何を考えてるの?」
「自分のやらかしと、想定してないラッキーなイレギュラーが組み合わさったら、ガバが帳消しにならないかなぁ……と」
「なになに? 何かのゲームのTAでもしてんの? やり直しなしルールで失敗したからリカバリー手段考え中みたいな?」
「そんなところです。そこに想定外の出来事が発生したので、これを利用してガバを無かったコトにできないかな……と」
「そりゃあ利用できればいいけどさー……。ただでさえガバガバになった攻略チャートに、突然降って湧いたネタを盛り込んで上手くいくの? 大丈夫? 今よりもっとガバチャー化したりしない?」
「……それを言われると……悩みますね」
実際、華燐さんの言うことも間違ってはないんですよね。
ただ現実としてHEROとクラスが分かれてしまった以上は、このガバガバ化したチャートを使って、目的を達成しないといけないわけで……。
ゲームじゃないので、私が何かしてしまった結果、状況がより泥沼化したガバチャーになってしまったとしても、とりあえずは世界を救う方向に正していかないといけないんですよね。
あとあとの苦労を考えると、当面は様子見がいいのかもしれません。
「すぐにどうこう影響のある出来事じゃないので、様子見しながら攻略進めようと思います」
「それがいいんじゃね? ところで何のゲームしてんの? 配信とかしてる?」
「秘密です。あと配信はしてません」
それに、配信ってあんまりする気はないんですよね。
「えー! せめてゲームくらい教えてよー!」
「ふふ。ナイショです」
まぁ言えるワケがないですしね。
そんなやりとりをしながら、2年A組の教室に入っていきます。
すると――
「お?」
「まじか」
「学校きっての美少女上位組が二人も!」
――なにやら、すでに来ているクラスメイトにざわめきが広がります。
……美少女上位組?
私が首を傾げていると、疑問に思った華燐さんが適当な男子に目を付けて突撃していきました。
「ねーねー! そこのー! 何その美少女上位組ってー? おしえてー!」
「えっと、あの……」
「そうだ! いっぱいあるんだけどチュパロリップスの新作一つどう?」
グイグイいきますね。さすがとしか言いようがありません。
あと、強引に人に押しつけて在庫減らそうとしてますね?
私にああいうマネは無理なので素直に席に着きます。
黒板に席順が書いてあったので、それに従うと――どうやら真ん中の列の一番後ろのようです。
左隣は華燐さんですね。
これはなかなか幸先の良い席かもしれません。
荷物を机に置き、席に着いた私はクラスの中を見回しました。
今日から一年間――この教室で過ごすワケですね。
フロンティアアクターズのストーリーがどうこう関係なく、不思議な気分です。
こういうの、華燐さんはワクワクするんでしょうけど……私の場合は、知らない人とちゃんと仲良くできるんだろうか……みたいな不安感の方が強いのですが。
まぁ、その辺りは、間に華燐さんが入って色々と世話を焼いてくれそうなので、甘えることにしましょうか。
【TIPS】
鷲子と華燐の二人は学校内において、美人ランキング上位に入れられている。
二年生だけに絞るとツートップという扱い。
陽キャ最強美少女と、陰キャ最高美人という密やかに言われているとかいないとか。




