提案
さて、期せずして二人きりになってしまった俺はずっと気になっていたことを尋ねることにした。今日一日ずっと引っかかっていて、アルナの前では絶対聞けないと思っていたが、二人きりになる機会もなく宿に帰ったら聞こうかと思っていたがちょうどいい。だが、いざ聞こうとすると言葉がまとまらない。
「……何?」
俺の何か言いたげな視線を察したのか、ナユタから訝しげに声をかけてくる。こうなればもう聞くしかない。
「何であんなにアルナに好意を抱いてるんだ?」
「悪い? それとも嫉妬?」
俺の問いにナユタが身構えるのを感じる。
「確かに嫉妬はある。でも悪いかは理由を聞いてみないと分からない。単に馬が合ったとかそういうことではないだろう? 最初からアルナの言うことは全肯定だったし、今日もセレナが関わらない範囲においては、言葉を選ばずに言えばアルナの機嫌をとっていた」
言ってしまってから俺は激しい自己嫌悪に襲われる。何が言葉を選ばずに、だ。本当に選んでないではないか。言葉を選ばずに、と言えば何を言っても許される訳ではないぞ、俺。俺は別にナユタの親や先生じゃない。単にナユタと仲良くなりたいだけだというのに何でこんなことを言ってしまったんだ。
が、俺の自己嫌悪に反してナユタはそこまで気にしていないようだった。ただ、それは俺に対する無関心の表れのような気がして悲しい。
はあっと息を吐いて話し始める。
「見ての通り、私はこんな性格で、しかも強い。だから基本的に周りの人たちは私に壁を作って接して来ていた。まず親は嫁にもらわれるのが女の幸せだって言ってたけど、私はそれに納得できなくて家を飛び出した。次に剣を教えてくれた先生は、私の方が強くなって疎遠になってしまった。冒険者パーティーに入ったこともあったけど、過剰にコミュニケーションをとろうとする彼らのやり方には疲れてしまったし、私の強さを知って近づいて来る人は私を利用しようとだけ考えていた。まあ、それはそれで分かりやすかったからビジネスライクな話だけして終わったけど。だから私は私に対して壁を作らずに接してくれる人に飢えていた」
ナユタ自身も誰かに話したかったのか、そんな話を一息で話し終えた。それを聞き終わると「俺は違う」とすぐには言い返せなかった。俺はナユタに人生観を揺さぶられた気がして、ナユタを尊敬している。
ただ、尊敬というのも見方によっては一つの壁である。アルナはそういう壁を全く作らなかった。
「……そういう人は全くいなかったのか?」
それならそれでもっと人を求めているような雰囲気を見せてもいいような気がするが、と思いながら俺は問いかける。
するとナユタは遠くを見るような目をして答えた。
「一人いたわ。でもその人は私に対して壁を作らない人ではなかった。単に誰に対しても分け隔てなく壁を作らない人だった」
ナユタの言葉に俺は心臓をわしづかみにされたような息苦しさを覚えた。ナユタも気づいていないはずはないだろうが、おそらくアルナもそのタイプである。ナユタはそれを知っていてもなお自分だけに屈託なく接して欲しくて、そのためにアルナへの接し方が不自然になってしまっているのではないか。
ここで「アルナも同じだろ」という正論を言うことは出来なかった。九割方そうであっても残り一割で違っていて欲しい。もしくは仮にそうだったとしてもアルナに自分だけを見て欲しい。そんな切実なナユタの思いが伝わって来て、俺は身震いした。そんなナユタに俺は一体どんな言葉をかければいいと言うのか。
「……俺も努力する」
俺の口から出たのはそんな言葉だけだった。
「努力してる時点で違っているわ」
ナユタの反論はもっともで、俺は沈黙を余儀なくされた。俺はナユタに光をもらったが、ナユタに光を与えることは出来ない。そしてナユタは見果てぬ光をアルナに求めている。
会話も終わってしまい、俺とナユタが無言で歩いていると、突然ナユタが足を止めて剣の柄に手を掛ける。それを見て遅ればせながら俺も不穏な気配を感じ取り、後ろを振り向く。
そこには黒いマントを羽織り、フードを被った怪しい男が立っていた。もちろんそんな知り合いがいる訳もないので、怪しい人物ということになる。しかしナユタの反応の速さはすごいな。一応武術を学んでいた身としては少し落ち込んでしまい、さらに落ち込んでしまったことに落ち込む。
「なかなかいい勘をしているな」
「何者!?」
ナユタはとっさに抜剣して振り返る。
「俺だ」
そう言って男はフードをちらっと上げる。その下から出てきたのは誰あろう騎士公だった。急に話しかけられた驚きと謎の人物が騎士公だった驚きとで驚きが二倍になる。
「き、騎士公様!?」
「言い忘れたことでもあったのかしら」
一方のナユタはいつもと変わらぬテンションだった。やはり相手が誰であろうとナユタの接し方は変わらない。
「ちょっと入ろう」
騎士公は人気のなさそうな路地を指さす。怪しいと言えば怪しいが、闇討ちするなら本人がわざわざ来るとは思えない。それにいきなり斬りかかっていれば俺たちは今頃物言わぬ屍になっていたはずだ。
俺はナユタと顔を見合わせる。ナユタがうなずいたので、俺もうなずいて一緒についていく。少し奥に入り、周りに人気がないことを確認すると騎士公は話し始めた。
「すまんな。ちょっと神官の子に聞かせていい話かどうか判断がつかなかった」
「どういうこと? アルナは大切な仲間よ」
ナユタは眉を吊り上げ、露骨に不快そうな表情をする。ナユタとアルナの間がぎくしゃくしているからこそ、他人にまるでアルナが仲間でないかのような言葉を言われると不快になるのだろう。俺はその気持ちが痛いほど分かった。
が、ナユタの反応に騎士公は特に意に介さなかった。お互いマイペースなところだけはそっくりだった。
「さっきはああ言ったが、やはり犯人はセレナだろう。アリバイがあるとはいえ、魔法使いなら何とか出来る方法はあるだろうからな。とはいえ俺が軍を率いて討伐するのがいい結果になるとは思わない。そこで、もしセレナを犯人と思ったらその時点で討ってほしい」
「何だと!?」
「……ッ」
あからさまにナユタの表情が変わる。騎士公の先ほどの言葉の意味を理解したからだろう。おそらくアルナは騎士公の言ったことを知ったら反対する。でもナユタはそうすべきと思っているし、すでに隙を見てセレナを謀殺しようと試みていた(ように見えた)。
だがアルナはそうではない。確たる証拠が出るまで断罪してはいけないと考えている。だから騎士公はアルナにはこのことを伝えなかった。この提案を受け入れればナユタはアルナを裏切ることになる。
だが、受け入れないということはセレナをほぼ黒だと思っても確証がない限り見逃すということだ。そのことを考えないようにしてもこの事件を追い続けている限りナユタの前にはそのジレンマが何度でも突き付けられる。
「技術的に無理だと思うなら言って欲しい」
当然騎士公はナユタのそんな個人的な悩みは知らないのでナユタの悩みを技術的なものと思ったらしい。ナユタはさらに少し悩んだ。俺は悩むぐらいなら受けないでおく方が無難ではないか、と思った。土壇場で二人の仲がぎくしゃくして作戦が失敗すれば目もあてられない。しかしナユタが真剣に考えているのを見て口を開くのをやめた。そしてナユタは意を決したように答える。
「それはやってみないと分からないわ。確かに私もあの女はいけすかないと思ってたし……でもそうね。もし街で事件があったら私たちにすぐ連絡して欲しい」
「それでセレナの潔白を証明するのか?」
「いえ、そしたらアルフォンソの元へ突撃するわ。そうね、それならアルフォンソの居場所も調べておかないと」
ナユタの選んだ道は、それでもアルナとの衝突を避ける可能性を模索する道だった。確かに、セレナがわざわざ監視をつけてもいいという以上ナユタがその場でセレナを殺さなければならないような証拠が見つかる可能性は低い。
そして、アルフォンソを現行犯として討ってしまえばいったん事件は解決する。もちろん騎士公がそれでセレナを野放しにすることはないだろうが、俺たちがこの事件をいったん解決して、事件から離れられればそれで問題はない。後からアルフォンソを尋問なりなんなりして騎士公がセレナを有罪と決める分にはアルナも何も言わないだろう。
それはそうなのだが、ナユタのあまりの必死さに思わずいじらしさを感じてしまう。
「なるほど。確かにセレナが関わっているとしても実行犯はあいつの可能性が高いな。いいだろう、アルフォンソの家ぐらいはすぐ分かるだろう」
「ありがとう」
ナユタはほっとしたように言う。
「まあいい。セレナ殺しの方は考えておいてくれ。あの神官の子に話すかも任せる。別にお前たちは俺の部下ではないからな。何かを強制することは出来ない。アルフォンソの居場所は特定次第教えよう」
「何かそう言われると申し訳ないわね」
珍しくナユタが殊勝な言葉を述べる。思い悩んでいたせいかもしれない。
「そうか、君でもそう思うことがあるんだな」
「失礼ね」
ちなみに俺もそう思った。
「それでは」
騎士公は言いたいことだけ言うとさっさと人込みに消えていった。まるでからっとした風のようである。……じめじめした俺たちとは違って。




