宮廷魔術師の部屋
目の前に広がるのは一面の暗闇。音もなく、気温も分からない。
感じるはずの感覚の全てが機能しておらず、哲秀の内側から不安と恐怖のみがこみあげてくる。
「こ、ここは?」
と声に出したが、その声自体も聞こえない。困惑が全身の支配を始める。
とその時、目の前から眩すぎる光が哲秀を襲う。そして、
「起きなさい! 宰相!!!」
という叫びが耳を貫通した。
「ギヤァァァ!!!」
悲鳴を上げる哲秀。今度は、ちゃんと聞こえる。失っていたはずの感覚も、ちゃんとある。目の前には一本のろうそく。
そう、さっきのは、夢だったのだ。
「うう、ここは?」
ほぼ先ほどと同じ台詞だが、口調は大分柔らかくなる。あまり恐怖を感じないからだ。
「ハルーシャ様のお部屋でございます」
横から演劇の台本のようにスラスラと答えるナベル。この従僕に、弱点はないのだろうか。
「ハルーシャ様? お前が合わせたかった人か?」
ナベルも突然の登場には気にしない哲秀。まだ若干寝ぼけているものの、彼が自分に会ってほしい人がいると話していたことを思い出す。
どうやら、起こすように頼んでいた三時間後にもうなっているらしい。
「はい」
うなずくナベル。
「で、そのハルーシャという方はどちらに?」
哲秀の視界には、先ほどまで寝ていた時に突っ伏していた机、ろうそく、そしてナベルしか見えない。
「ここにおるぞ、ネボスケ宰相」
この声は、哲秀の真後ろからする。そして、硬い何かで頭を叩かれる。
「おわ!」
慌てて椅子から立ち上がる哲秀。全く、不意打ちにも程がある。
「私は、ハルーシャ・アイロシード。コルタス王国主席宮廷魔術師である」
振り返ると、威厳のこもった声が女性の聞こえる。しかし、顔は見えない。
「お初にお目にかかります。コルタス王国宰相の、星河哲秀です」
暗くて何も見えないが、ペコリと一礼する哲秀。
「あ、おぬしの顔がわからんな。よし、灯りをつけるか」
ハルーシャは、今になって部屋が暗いと感じた様子。やっと呪文を唱え始める。
「日の光に導かれし理は、ウニャウニャ......」
「......この人、本当にウニャウニャって言ってる」
本来なら、本物の魔法を身近で見ることができて感動するはずなのだが、呪文詠唱があまりにもかっこ悪いので、ゲッソリする哲秀。
「灯りをつけましょこの空に!!」
「ひな祭りか!?」
閉めの言葉までダサいので、突っ込んでしまう哲秀。ほんの数時間の仮眠だが、体に疲れは感じず、元気に反応できる。
そして、部屋に灯りがついて......
「さて、私がハルーシャだ」
哲秀の前に現れた、ローブを身にまとった見た目が四十代の女性が口を開く。
「どうも、星河です」
目の前の中年女性に向かって、丁寧にお辞儀する哲秀。
ようやく二人は対面をすることになったのだ。
「さて、おぬしをここに呼んだのは他にあるまい。姫様についてだ」
挨拶が済むや否や、本題を切り出すハルーシャ。その顔は、真剣である。
「姫様? 第二皇女のミーシャ様のことですか?」
ミーシャは「お姉さま」と口にしていたから第一皇女もいるはずだが、哲秀は彼女を知らない。
「いかにも。姫様がおぬしを選んだからには、私にも協力する義務がある」
「選んだ、とは?」
哲秀、今一つ理解できない。ただ、物凄く重大な話だということは分かる。
「ふう。まずはそこから説明するとしよう」
ハルーシャは、哲秀に椅子に座るよう促し、自身も向かいに座る。
「さて、おぬしをこの世界に呼んだのは、私とミーシャ姫なのだ」
話を切り出すハルーシャ。
これは、しばらく長くなりそうだ。
新キャラです。あんまりモデルとかいないタイプですね。
里見レイ