疲れる夕飯
目の前にあるのは一本のろうそく。それ以外の灯りは、ない。
手元には高級な西洋料理。見た目とボリュームが反比例の状態。
哲秀は、ただ黙々とナイフとフォークを動かした。よく噛んで、満腹中枢を無理やり起動させようとする。
「テーデ、おいしい?」
「はい......。何度噛んでもおいしいです」
向かいの席に座るミーシャから、十五回目の同じ質問に答える哲秀。少しは静かに食事させてほしいと思う。
哲秀が書類整理にめどをつけたのは、日が沈んでしばらくしてから。ナベルに光熱費の話をされ、ようやく終わらせたのである。
この国は、ろうそくに非常にお金がかかる。というより、明治以前の日本をはじめ、夜に仕事をするのは非常に費用対効果がないのだ。
哲秀の予想だと、コルタス王国は中世ヨーロッパの国々に酷似している。たとえ、この国が豊かな国でも、夜の労働は金の無駄だっただろう。
「早く食べ終え、寝てしまったほうが賢明のようですね、姫」
この光熱費の話を使い、さっさと食事を切り上げようとする哲秀。
「ま、私たち王族はそこまで気にしたことないけどね。ろうそくのお金だなんて」
「......」
この国に、まともな王族はいないのかと呆れる哲秀。よくクーデターが起こらないものだ。
「姫、王族の方々は政治についてどのくらいご存じなのです?」
哲秀、思わず聞いてしまう。王家は無能揃いかもしれないと思ったためだ。
「何も、知らないわ。パパが『王家は政治に関わるな』って言ってるから」
「へ、陛下......」
まるで、カーサー六世が自身以外にも無能を強要しているみたいに聞こえる。
「......ま、パパは私たちのことなんてどうでもいい訳だし」
「そ、そうでしょうか?」
突発的に暗い表情をするミーシャ。それに対し、あまり意味のないフォローしかできない哲秀。
「パパは家族なんてほったらかし。第一、ミーシャがテーデと夕飯食べてること自体知らないんだから」
「あ、えーと......。監視員をやられている事からご存じないのでは?」
何やら、王家の家族騒動に巻き込まれそうな気がした哲秀。彼女の現状の確認から始める。
「そうね。内緒で来たから」
さらりと爆弾発言するミーシャ。王女がそんなに軽率に行動してよい訳がない。
「そ、そろそろ。お部屋にお戻りください。夜も更けました」
嫌な予感がするので、ミーシャに去ってもらうようお願いする哲秀。下手な疑いを王からかけられたら、職を取り上げられるだけではすまないだろう。
「そうね。また明日来るわ」
席を立つミーシャ。よく見ると、彼女はとっくに夕食を食べ終えている。
「陛下の許可を取られるよう、お願いいたします」
くぎを刺す哲秀。本当に、嫌な予感しかしないのだ。
「......」
若干頬を膨らませて哲秀の部屋を出ていくミーシャ。よほど父親が嫌いらしい。
「ふう、疲れた......」
扉が閉まったのを確認した後に、脱力してテーブルに突っ伏す哲秀。王族相手は、思った以上に精神を使うことを実感したのだ。
「宰相」
さて、ここで今までほぼ空気だった従僕、ナベルが声をかけてくる。ふと見ると、先ほどまでテーブルの上にあった食器がなくなっている。
「なんだね、優秀すぎるナベル君?」
もはや威厳を出す力すらない。というか眠い。時差ぼけのダメージが今になって一気に哲秀の体を襲ってきているのだ。
「仮眠のあと、会っていただきたい方がおります」
ナベル、その目は有無を言わさぬ様だ。
「三時間寝かせてくれ。そのあと案内を頼む」
細かくは後ででいいと思い、そう答え、目を閉じる哲秀。
そして、そのまま返事を待たずに眠りに落ちるのだった。
次に新キャラです。異世界には必要なポジションの方で、宰相に近い人物です。お楽しみに。
里見レイ