地味すぎる障壁
「えーと。お・う・さ・ま、う・ち・の・む・ら・で・は......」
幼稚園児が絵本を読むように書類を読み進める哲秀。左手には、自作である日本語とコルタス王国の文字の対応表がある。
幸い、コルタス王国には漢字やアルファベットなどはなく、文字は一種類だけである。
言葉自体は、日本語と全く同じで、書きことばも存在しない。
そのため、哲秀はナベルに一通り文字を教わってからは、ゆっくりだが書類を読み進められるようになった。
「これは......『農業』だな。それ関連の資料は確か......」
足元にまとめた資料を睨みつけ、該当する場所を探す哲秀。
黙々と、一人作業である。
なぜなら、使用人とちとナベルは・・・・・・
「『ま』は、これ。これが、『み』。それでこれが......」
「えっと、『あしくてと』でしたっけ?」
「わかんなーい!」
そう、使用人たちも、ナベルから文字を教わっているのだ。
今後を考えると、そっちのほうが効率がいい、はずだからである。
だが、哲秀が聞いている限り、ちっともはかどっていない!
そもそも、使用人たちは「勉強」という行為自体に慣れていなかったのだ。
「ナベル、いつまでかかりそうか?」
心配になった哲秀、聞いてみる。
「一日三時間と考え、十人相手では一カ月以上かかりそうです」
答えるナベル。面倒な顔をしているが、疲れてはいないようだ。
「いち早く人がいるからな......よし、最初に教える人を五人に絞れ!」
哲秀は、労力の集中投与を決定する。
「かしこまりました」
ナベル、恭しく一礼。上達の可能性のある五人を絞り出す。
そして、選ばれなかったもう五人は逃げるようにその場を去っていく。まあ、半ば無理やり連れてこられた訳だから仕方がない。
「はあ、せめてもう一人くらい分かる人がいれば......」
哲秀、人手不足に大きなため息をつく。全く、せめて「副宰相」でも用意してもらいたかったものだ。
「えーと、お・う・さ・ま・わ・た・し・の・ま・ち・で・は......」
再び作業を始める哲秀。人を集めるためには、独力で成果を挙げなければならないのである。
なんと無情なのだろう。仲間を心から欲する哲秀だった。
さて、いかほどの時が経ったのだろうか。
哲秀の集中力が途切れはじめ、眠気が体を支配し始める。
思えば、彼は自分の世界では19時の状態だったのだ。召喚されてからもう六時間は経つのに、こっちでは、まだ昼。
言わば、時差ボケである。
「少し、仮眠取ろうかな?」
哲秀が、そう呟いたその時である。
「さーいしょう! 調子はどうかしら!?」
小鳥のような弾ける声が聞こえ、哲秀は背中をバンッと叩かれる。
「!? ど、どちらさま?」
一瞬、体の神経伝達が途切れかけたが、なんとか回路を再結合して尋ねる哲秀。
「ミーシャ! コルタス王国第二王女であって、あんたの特別監視員よ、テーデ!」
「は、はい? テーデ?」
「あんたのことよ。さ、怠けちゃパパに言いつけるわよ! 働け働け!!」
「い、いえ。私は今時差ボケで・・・・・・」
「王女命令よ! 言い訳無用!!」
「なー!!!」
悲鳴を上げる哲秀。監視員なんて自分のペースを崩されるだけである。
哲秀、どうなることやら。
ようやく、ヒロインさん登場です。