6
先生の依頼を終えたリュカは、魔法を覚えるために賢者学院に向かった。街で聞き込みした結果、賢者学院は高度な魔法を学ぶための場所だが、初歩的な魔法は窓口で購入できるらしい。早速窓口で声を掛ける。
「魔法下さい」
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
リュカが並んだ窓口は、眼鏡を掛けた若い女性が担当者のようだ。販売している魔法リストを見せながら、満面のビジネススマイルを浮かべている。
「火、水、風、土、光、闇の6系統全部の能力強化魔法を下さい」
「能力強化魔法ですね。各系統の初歩魔法の一つなので系統ごとに能力強化魔法があります。1系統5,000ゴールド、6系統で30,000ゴールドになります。ご一緒に、魔法使いのとんがり帽子はいかがですか?」
「魔法1つ5,000ゴールドもするの!全然、お金が足りないな・・・100ゴールドしか無いのに・・・」
「100ゴールドでしたら、賢者学院まんじゅうがお勧めです。これを食べれば、魔力が上がるとか上がらないとか、諸説ある大変歴史があるおまんじゅうです。ご一緒にお飲み物はいかがですか?」
「賢者学院まんじゅう、滅茶苦茶、美味しそう・・・1つください」
「ごいっしょにお飲み物はいかがでしょうか?セットで100ゴールドになります。セットでお買い上げですね。ありがとうございました」
満面のビジネススマイルに見送られながら、賢者学院を後にしたリュカは途方に暮れていた。30,000ゴールドは大家族の1年の生活費よりも高額だ。孤児院育ちの12歳の子供であるリュカにとっては、先生から貰った100ゴールドでも十分な大金なのだ。賢者学院まんじゅうの魅力に勝てず、散財してしまったが・・・お土産も買ったし「村に帰ろうかな・・・」と思いながら、とぼとぼと街をさ迷っていた。
「やーやー、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは未来の聖騎士、イネスなりー!」
金属製の全身鎧を着こんだ金髪のお姉さんが大声で名乗りを上げていた。
「何あれ、どこの田舎者なの?今時、名乗りを上げる人がいるなんて」
「街中で決闘でもしようとしているのかな・・・近づかないほうがいいね・・・」
「目が合ったらヤバイ人だな。すごい美人なのにもったいないなー」
街の住人たちは、遠巻きにヒソヒソ声で話ながら、金髪のお姉さんに近づかないようにしていた。リュカは、ぼんやりと「また、1週間歩いて帰るのはつらいなー」などと、考え事をしながら歩いていた為、周囲の様子に気づかず、周囲の人の輪を飛び出し、お姉さんの目の前を通りかかった。お姉さんは、
「やーやー、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは未来の聖騎士、イネスなりー!やーやー、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは未来の聖騎士、イネスなぁ・・・ガクッ」
名乗りを連呼していたが、突然ガクッと倒れた。顔面から倒れる危険な倒れ方である。目の前にいたリュカは反射的に助け起こしてしまった。意識の無いお姉さんを、リュカは近くのベンチに運び、頬をペチペチと叩いた。
「ペチペチ、お姉さん、大丈夫ですか?ペチペチ」
「少年、かたじけない。私は3日間、飲まず食わず眠らずで名乗りを上げていた・・・ついに、体が耐え切れなくなったようだ」
意識を取り戻したお姉さんのお腹が「ぎゅるぎゅるぐぅー」と豪快になった。お土産に買った賢者学院まんじゅうを凝視している。よだれが今にも垂れそうだ。根が優しいリュカは包みを開け、おまんじゅうを1つ掴み、お姉さんの口元に運んだ。「パクッ」とお姉さんは頬張る。今度はセットで買った飲み物もお姉さんの口元に近づけるとガブガブと飲み始めた。
「度々、かたじけない。私には果たさなければならない目的がある。目的を果たすまでは倒れることは許されんのだ」
「豪快に気絶して倒れていましたよ。あ!2個目のまんじゅうを勝手に食べないでください」
「モグモグ。よくぞ聞いてくれた。私の果たさなければならない目的は、聖騎士になることだ。亡きお婆様との約束だからな」
「お姉さんは話を聞かないタイプですか!勝手に3つ目のまんじゅうを食べないでください」
「モグモグ。その通りだ・・・聖騎士になるには、聖騎士の試練を乗り越える必要がある。さすがの私も試練に1人で挑むのは心もとない。そこで3日前からここで名乗りを上げ、旅の仲間を募っていたのだ。モグモグ」
「さらに4つ目を食べた!道端で名乗りを上げても仲間なんて集まらないと思います」
お姉さんはきょとんとした顔で、さらに5つ目のまんじゅうを食べながら、
「モグモグ。仲間なら、集まったではないか。少年、これから始まる大冒険にともに挑んでいこう!」
「仲間って僕なの?」