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第五話「覚悟のBlossom Spark」

 突如として桜の眼前に現れた、非現実的な存在。困惑する桜に、柴田は自慢げに解説を始める。


「これは『オオカミ男(ウェアウルフ)のウワサ』を基にした怪物モンスター。ウェアウルフそのものと言っても過言ではないわ」

「ウワサを基にした怪物……!?」

「ただの風評だけじゃなく、こんな風に都市伝説オカルトの存在まで具現化できるのがゴシップシードの力よ」


 ウェアウルフは、自身を発芽させた柴田に従順な様子を見せ、犬のように舌を出して呼吸している。


「そんなもの、どうするつもりですか!?」

「勿論こうするのよ。やれ、ウェアウルフ」

「ガウゥッ!」


 腕を組み、鼻で指示を飛ばす柴田の命令に従い、ウェアウルフは桜へとその鋭い爪で襲いかかった。咄嗟に飛び退いた桜の眼前スレスレを斬撃が掠め、柔らかな薄桃色の髪が宙を舞う。


「ッ……!」

「あら、なかなか反射神経が良いのね。体力テストで高得点が取れるわよ」


 教師ぶった冗談を言って笑う柴田を睨み付ける。ウェアウルフは低く唸りながら、次の命令を待っているようだ。


「でも逃げたって無駄。ゴシップシードが芽吹いた瞬間から、周囲の空間は現実と切り離されるのよ。当然、助けなんて期待しない方がいいわ」

「どうして、柴田先生……!」

「今はトリカブトと呼びなさい。あのお方の邪魔にならないよう、ここで消えてちょうだい」


 あのお方というのも気になるが、今は目の前の状況をなんとかするのが先決だ。桜は必死に思考を巡らせる。

 こんな時、頭のいい茨だったら名案を思い付いたかもしれないが、友達を危険に巻き込みたくない。かと言って桜一人の力では、ウェアウルフはおろか、柴田改めトリカブトにすら勝てるか怪しいだろう。

 しかし、一つだけ可能性はある。桜は次の攻撃が来ないか警戒しながら、先程のトリカブトの言葉、そして今朝の茨との会話を思い出していた。


『それを使えば、ご近所の噂から都市伝説まで……ウワサを真実にできるの』


『ねぇねぇ茨ちゃん、こんな噂知ってる?』


現実リアルに無いからこそ、架空フィクションが求められるんです』


 現実リアルにはヒーローなんていないのかもしれない。だけど、ヒーローの存在を信じる人はきっといる。

 決意と共に固めた手の中には、黒い小さな種。


「見つけた……これが、あたしの答えッ!」

「さっき渡したゴシップシード……まさか!?」


 そう、いないなら創ってしまえばいい。

 桜は今一番望む存在を強く思い描き、握りしめたゴシップシードを地面に叩き付けた。


「お願い、皆を助けて――!」


 直後、眩い光が桜の足元から放たれた。その光景に桜も、トリカブトも、教室の窓からぼんやり外を眺めていた少女も驚愕する。


「何なの、その輝きは!? ゴシップシードにそんな効果は無いはずよ!?」

「えっ、ちょ……そんなの私が知りたいよ~っ!」


 光の蔓が地面から桜に向かって伸び、手足や腰に巻き付いたかと思えば、その姿に変化が起こった。

 制服が光り輝き、パステルピンクの衣装と新緑のマントに。半袖になって晒け出された細い腕には、白い長手袋と銀のブレスレットが装着され、フリルたっぷりのミニスカートから覗く両脚は、桜模様の白タイツに包まれている。

 そして髪の結び目が解け、淡い桃色から鮮やかなピンク色に染まると、再び頭の後ろで束ねられた。元のツインテールではなく、星形のように束ねられた髪型は、その色も相まってまるで桜の花のよう。

 風を纏いながら降り立つ彼女の手には、柄の部分に桜色の宝石をあしらった細剣レイピアが握られていた。


「な……な……」


 現れた姿に戦慄わななき、この場で最も驚いたのは――


「なんじゃこりゃあぁ~ッ!?」


 他ならぬ桜自身であった。

 トリカブトも未知の現象に狼狽えている。


「その姿は……あなた、いったい何をしたの!?」

「あたしにも分かりませんよ! だけど、今あたしが何をすべきかはなんとなく分かります!」


 何が起きたのかはさっぱりだが、桜は己の内から力が湧いてくるのを感じていた。

 この場に剣を携えているのは桜一人。ヒーローを求めて現れたのが、この姿だと言うのなら――


「あたしがなるんだ、ヒーローにッ!」


 細剣の柄を握りしめ、地を蹴り上げて駆け出す。逃げる為ではなく、目の前の敵(ウェアウルフ)に向かって。

 暫くは呆気に取られていたトリカブトだが、頭を切り替えて指示を飛ばす。


「ふん。たかが小娘一人に、何が出来ると言うの! やっておしまいなさい、ウェアウルフ!」

「ガァアッ!」


 咆哮と共に迫るウェアウルフ。桜は臆することなく細剣を構え、真っ向から切り結んだ。

 キィン! と鋭い音を立てて刃と爪がぶつかり合い、手の痺れを感じても怯まない。大振りな爪の間合いに飛び込んで横薙ぎに一閃する。


「キャンッ!?」

「これならいける……!」


 本来、細剣は斬撃に向かず、闇雲に振るったところでダメージは少ないが、機動力では桜の方が上。次第にウェアウルフを圧倒し始める。最初は適当だった剣捌きも、扱いを心得てきたのか、動きに無駄が無くなりつつあった。

 あんな少女のどこにそんな力が――トリカブトは内心で、侮っていた相手に戦局を覆されそうになっている事態に歯噛みする。

 このままではウェアウルフの敗北も秒読みだろう。かと言って、彼女自身にあんな戦闘能力は無い。

 ゴシップシードのストックはまだあるが、無駄遣いは厳禁。桜のように、自分に使うという発想は考えられない。

 その時、彼女は別の案を思い付いた。勝利を確信して口元を歪ませながら、とあるウワサ(・・・)を具現化していく……


「トドメ……だぁッ!」


 再び怪物の懐へと深く踏み込む桜。細剣がウェアウルフの胸を貫き、ありったけの力を込めると、柄の宝石が強い輝きを放った。

 頭の中に浮かんだ言葉を叫ぶ。


「ブロッサム……スパァァァアク!」

「ギャアアアアアアッ!」


 瞬間、閃光が剣を通じてウェアウルフへと流れ込んでいく。

 浄化の光に焼かれ、異形の怪物は断末魔の叫びと共に塵となって消えた。

 しかし初めての勝利に浮かれている暇はなく、諸悪の根源へと向き直った桜は、己の目を疑った。


「も、桃瀬さん……!」

「茨ちゃん!?」


 そこには不敵な笑みを浮かべるトリカブトと、もう一体のウェアウルフに取り押さえられた茨の姿があったのだ。

 ウェアウルフの長い舌が頬を舐め上げ、見慣れた顔が恐怖に染まる。

 しかし、それ以上は何もしない。人質というわけだ。


「それでも教師か……ッ!」

「何とでも言いなさい。さぁ、青木さんの命が惜しければ武器を捨てるのよ」

「く、っ……」


 桜にとって彼女は、自分の命より大切な存在だ。言われるがまま、光の収まった細剣を地面に落とす。


「良い子ね。そのまま、こちらへいらっしゃい」


 トリカブトは笑みをいっそう深めた。ここにいる茨は『青木 茨は桃瀬 桜と喧嘩中らしい』というウワサから作り出した存在。この空間内で最も彼女に詳しい桜の記憶を基に形成されているため、桜自身には偽物と判別する方法が存在しないはずだ。

 つまり、戦意を削ぐにはこれ以上無い適任なのである。現に桜は焦燥しながら剣を捨て、トリカブトの要求に従っている。


「茨ちゃんを離して!」

「それはあなたの誠意次第。そうねぇ、まずは裸土下座でもしてもらおうかしら? オーッホッホッホ!」

「っ……!」


 調子に乗ったトリカブトが、狼狽えさせられた腹いせにと命令を下す。

 いくらここが異空間で、他に見ている者は居ないとしても、外で裸になるなんて恥ずかしすぎる。それでも逆らえず、桜がマントを脱ごうと手をかけた時――


「ダメ―――っ!」

「ホッほぁ!?」

「えっ!?」


 横合いから飛び込んできた人影が、茨を捕らえていたウェアウルフにタックルをお見舞いし、不意を突かれたウェアウルフは思わず茨を手放してしまった。

 驚愕するトリカブト。よろめいただけのウェアウルフと、地面に倒れ込む二人の少女。

 その少女の姿を見た桜は驚きに声を上げた。


「茨ちゃんが……二人!?」

「もう一度その子を捕まえなさい! あれ、でもどっちを……ええい!」


 そう、そこには茨の姿が二つあったのだ。

 二人も作り出した覚えは無い。トリカブトは状況が掴めないまま、ウェアウルフに指示を出そうとするが……


「今だッ……!」

「しまった!?」


 トリカブトの注意が逸れた隙に、桜が駆け出した。落とした細剣を拾い、二人の茨の下へ。

 しかし、桜にもどちらが本物か分からない。まず何が起きているのかも分からない。

 それでも助けなくては、と二人に向けて手を伸ばした。


「茨ちゃん、こっち!」

「桃瀬さん!」

「桃瀬さん……!」


 二人の茨が、同時に桜の手を掴もうとする。その時、桜はたった一つだけ二人の違いに気付いた。


「あっ――」


 掴んだ手は一つ。もう離すまいと、力いっぱい抱き寄せる。

 選ばれなかった方はショックを受けた顔をしたが、無差別に振るわれた爪が当たると霧散した。


「でやぁぁぁあッ!」

「グアアアァァァァァ!?」


 獲物が消え、隙を晒したウェアウルフに細剣を突き立て、再び桜色の閃光で焼き払う。

 手駒を失ったトリカブトは悔しそうに呻き、指を鳴らすと怪しげな光に包まれて姿を消した。

 桜の姿が光と共に元の制服姿となり、ゴシップシードの影響が消えたことで、周囲の空間も元通りになったようだ。はっきりと見たわけではないが、自分達の他にも校内に人がいる感じがする。

 ひとまず脅威は去った。トリカブトには逃げられたものの、お互いの無事を確認して安堵の溜め息を漏らす。


「茨ちゃん大丈夫?」

「はい、桃瀬さんのおかげで……でも、どうして私が本物だと分かったんですか?」


 トリカブトの言葉が正しければ、閉鎖空間となった中庭に茨が入ってくることはないはず。

 しかし桜はそんな話はすっかり忘れており、決め手となった茨の右手を指差した。

 そこには小さな、もう治りかけの水膨れがある。


「お昼にお茶こぼしてたでしょ? あたしは知らなかったけど、その時のやつだよね。これ」

「あっ……違うんです。桃瀬さんのせいでは……」

「違う違う、そんなこと気にしてないって!」


 茨は桜の為に言葉を飲み込み、桜は茨の為に声を荒げた。似た者同士だね、と笑いかける。


「でも、次からはちゃんと言ってね?」


 心配だからさ、と笑う友の姿に、茨は胸の痛みが引いていくのを感じていた。

 そして、一つの決心と共に彼女の顔を真っ直ぐ見据える。


「……はい。桃瀬さんに、お話ししなければいけない事があります」

【キャラクターファイル】

No.4 ライトブロッサム


桃瀬ももせ さくらがゴシップシードを使って変身した姿。

桜の花のような髪型と、桜の葉のような色のマントが特徴。

ライトスフィアと呼ばれる宝石の填められた細剣レイピアで戦う。

必殺技は、突き刺した細剣からスフィアのエネルギーを直接叩き込む『ブロッサム・スパーク』。

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