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第四話「芽を出すGossip Seed」

 教室を飛び出した後、桜は衝動のままに中庭へと走ってきていた。

 茨の自虐的な言葉に怒ったわけではない。彼女を大切な友達だと思っているからこそ、彼女にだけはあんな事を言って欲しくなかったのだ。

 

『いじめられる側にも責任はある』


 いじめ問題を取り上げた時、必ずと言っていい程この主張を耳にする。

 ある時は、自己を正当化したい加害者の言い訳。

 ある時は、不条理に対する被害者の諦めの言葉。

 最も厄介なのは、無関係な第三者が放った言葉。

 時にナイフよりも鋭く、被害者の心に突き刺さるということを、桜は誰よりも良く知っていた。



 きっかけは中学生の時。『強い』生徒が『弱い』生徒を虐げる行為──いじめは桜のクラスでも横行していた。

 この『強い』『弱い』というのは、単に力の強さだったり、度胸の強さだったり、様々だ。とにかく優位に立てるものがあれば、下に見た者を徹底的に愚弄する。

 桜は、決していじめの片棒を担ぐような生徒ではなかった。クラスの和を保とうと両者に掛け合い、中立を貫くことで取り持とうとしていた。

 ……それがいけなかったのだ。

 見て見ぬふりをする教師に代わって、桜が中心となって学級会議を立ち上げた。両者の話を聞いて、妥協できる落とし所を見つけようと考えた。

 いじめっ子は言った。こんな簡単な事も出来ないなんて努力が足りないと。確かに、いじめられっ子の方も決して授業態度がいいとは言えない。もっと真剣に取り組めば、いじめられる要素は無くせるのかもしれないと桜は思った。


『いじめは当然いけない事だけど、いじめられる方にも原因があると思うよ?』


 出来るだけ彼を傷付けないように、優しく言ったつもりだった。言い方の問題ではないと気付いた時には何もかも手遅れ。その言葉が引き金となって、彼は数日後に校舎の屋上から飛び降り自殺した。

 後日、彼の自宅から遺書が見つかった。そこにはこう書かれていたという。


『生まれてきてごめんなさい』


 軽はずみな言葉は、彼の人生そのものを否定する結果となった。この手で彼を殺したようなものだ。そんなつもりはなかった。なかったのに。

 桜は学校に行くのが怖くなった。行けば人殺しと責め立てられる気がしたから。あんなに楽しかった日々が、一瞬にして彼女を苦しめる呪いに変わる。

 これまで女手一つで桜を育ててきた母親は、娘を連れて町を出る決心をした。ニュース等で桜の名が報じられた訳ではないのだから、まだやり直せる。

 どんなに桜が塞ぎ込んでも、母親だけは見捨てることなく寄り添ってくれて……やがて、桜もそんな母親に報いたいと思うようになった。

 前の学校を中退したきりだったので、通信教育で中三から高一までのカリキュラムを修了し、母親と共に各方面へと頭を下げ、ようやく掴んだ編入先。それが私立揺神女学院である。ここから桜の新しい人生がスタートするのだ。

 努めて明るく振る舞い、誰とでも分け隔てなく、波風を立てないように接する。そうすれば、自分も相手も傷付けずに済む……はずだった。

 空白の一年は、他者との間に見えない壁を作る。自分が今まで、どんな風に学校で過ごしてきたのかすら思い出せない。

 そんな時、隣の席の生徒に話しかけられた。


『あ、あの!』


 それが、青木 茨との出会いだった。今の桜よりはマシだとしても、気弱であまり自分から動くタイプには見えない。そんな彼女が何の用だろうか。

 

『よろしければ、校内を案内しましょうか……?』


 それは、当時の桜にはありがたい申し出だった。なにせ広い校舎で迷いやすい。

 ここで臆せば、また怯えながら過ごす事になる。勇気を出して、彼女の誘いを受けることにした。



 茨は桜にとって大切な友達だ。それが自分をけなすような事を言うものだから、昔を思い出して躍起になってしまった。

 幻滅されただろうか。おかしな奴だなと思われただろうか。嫌われたくないな……頭の中がぐるぐるして、思考がうまく纏まらない。


「どうしよう……」


 昼は二人で座った、中庭のベンチ。独り腰掛けて考え込んでいると、不意に背後から声がした。


「その悩みのタネ(・・・・・)、取り除いてあげましょうか?」

「えっ……誰!?」


 背後の気配に振り向けば、そこには一人の女性が立っていた。毒々しい紫髪を無造作に束ね、露出の多いパンクファッションに似た服装をしている。

 明らかに学び舎には不釣り合いな容姿だが、桜はその顔と声に覚えがあった。


「私の名前はトリ……」

「あれっ、柴田先生?」

「え」

「何やってるんですか、そんなカッコで」

「いや、だからトリカ……」


 それは桜のクラスの担任教師、柴田 亜子あこのもの。メイクと服装で誤魔化してはいるが、声はつい先程HRで聞いたままの声だ。

 柴田は何か言いたそうにしていたが、己の目的を思い出してかぶりを振る。


「そんな事はどうだっていいのよ、桃瀬桜さん」

「名前の呼び方とか、出席取る時そのままですね」

「……話を続けてもいいかしら?」


 すっかり毒気を抜かれてしまった様子の柴田に、桜も警戒を解いて向き直った。柴田は咳払いの後、大胆に開いた胸元のポケットから何かを取り出して見せる。

 クルミ程度の大きさしかない黒い粒で、植物の種のようだと桜は思った。


「先生、園芸部もやってるんですか?」

「違うわ! これはゴシップシードと言って、色々なウワサのタネよ」

「そのまんまですね」


 横槍は気にしないことにした。その種を桜の手に握らせると、柴田は妖艶に笑う。


「それを使えば、ご近所の噂から都市伝説まで……ウワサを真実にできるの」

「ウワサを……真実に?」


 にわかには信じがたい、と言った様子の桜の顎を指で持ち上げる柴田。その瞳は教室で見た担任教師のものとは違う、狂気に彩られていた。

 さらに、彼女は教師らしからぬ事を言う。


「例えば小鳥遊たかなしさんがいじめられてるってウワサを現実のものにするとか」

「っ……!?」


 小鳥遊、というのは確か、今日の掃除当番だったはずのクラスメイトの名前だ。しかし教室に行くと茨が掃除をしていて、腹を立てたのを覚えている。


 桜の中で、黒い感情が鎌首をもたげる。

 茨は何も悪い事はしていない。悪いのは、自分の責任を放り出した小鳥遊の方だ。文句は言えまい。いじめられる側にも責任があるのだから──

 そこまで考えて、桜は自分が恐ろしい事を考えていたことに気付いて戦慄した。

 二年前、何を経験したのかを思い出せ。数分前、茨に何と言ったのかを思い出せ。

 きっかけなんて関係ない。そんなもの、いじめていい理由にはならないのだ。


「……嫌です」

「うん?」


 震える声で、しかし確かな意思を口にする。

 聞こえなかったのか、それとも耳を疑ったのかは分からないが、柴田は耳に手を当てて聞き返した。

 だから、もう一度。今度はしっかりと声に出す。


「そんな事、したくありません!」

「……あらあら」


 それまで余裕ぶっていた柴田から笑みが消えた。明らかな落胆が窺える。

 そして、玩具おもちゃに飽きた子供のように、肩を竦めて溜息をひとつ。


「せっかく良いヤドリギになると思ったのにね……もういいわ」

「何言って……?」

「ねぇ桃瀬さん。オオカミ男(・・・・・)って知ってる?」


 桜の問いには答えず、返答も待たずに柴田はもう一つゴシップシードを取り出すと、中庭へと無造作に放り投げた。

 およそ通常の植物とは違い、地面に溶け込むようにして種が吸い込まれ──


「な、何!?」


 次の瞬間、そこから黒く染まる芽が飛び出した。芽は瞬く間に成長していき、やがて人間大の何かを形成する。

 一見すると裸の男性のようで、桜は思わず両手で目を覆った。しかし、注目すべきはそこではない。その首から上は手前に長く、大きく割けた口からは牙が覗いた。そして本来あるべき耳の代わりに獣の耳を備えている。

 まさに『オオカミ男ウェアウルフ』と呼ぶべき異形の存在が、桜の前に現れたのだった。

【キャラクターファイル】

No.3 柴田しばた 亜子あこ


私立揺神学院 高等部二年C組の担任。独身のアラサー。

柔和な態度で生徒達には人気だが、それは表の顔に過ぎない。

「トリカブト」を名乗り(名乗れなかったが)学院の裏で暗躍している。

余談だが、彼氏募集中らしい。

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