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番外編「疑惑のBird Watching」

 ある日の放課後のこと。教室の一角で机を寄せ、教科書やノートを広げる三人の少女がいた。


「桃瀬、そこ間違ってるよ。不等号が逆」

「ほぇ? あ、ほんとだ! ありがと梨沙ちゃん!」

「分からない部分は、遠慮せず質問して下さいね」


 隣に並ぶ梨沙に式のミスを指摘され、礼を言って書き直す桜。そして二人と向かい合うように座り、教える側に立つ茨という構図で、今日やった授業の復習と数学の宿題を一緒にやっているのだった。


「委員長、ここの解き方がちょっと」

「ああ、それはですね……」


 先日の一件で梨沙とのわだかまりが解け、未だに照れは残るものの、茨に勉強を教わりに来たりするようになった。

 相変わらずギャル風の格好だが、授業態度なども目に見えて改善してきている。

 周囲との差を感じて壁を作っていた少女は、少しずつではあるが壁の外へ歩き出そうとしていた。

 そんな三人の勉強風景を、遠巻きに観察している集団がある。


「最近さ、リサってば付き合い悪くなくなくない? てゆーかあの二人にお熱的な?」

「まぁリサは元からマジメなとこあったけど」

「………」


 それは制服を着崩し、濃いめのメイクでバッチリ決めた三人の女生徒。

 独特な口調で、ウェーブがかった髪を金色に染めた生徒の名は花村はなむら 真希まき、通称マキ。

 椅子の背もたれ側に脚を大きく開いて座る、茶髪の生徒の名は風見かざみ 夏凛かりん、通称みかりん。

 口数が少なく、じっと眺めている黒髪ツインテの生徒の名は月山つきやま 仁美ひとみ、通称つっきー。

 そう、梨沙とよくつるんでいた仲良しグループのメンバーである。


「つかリサ、あの二人とそんな仲良かったっけ?」

「んや、むしろナシ寄りのナシだったしぃー」


 彼女達はそうでもなかったが、以前までの梨沙は劣等感から、優等生の茨や明るい桜を敬遠していた。


「それが今じゃ、ウチらと居る時でさえ委員長がー桃瀬がーって。人間変わるもんだねぇ……」

「ちょいジェラ的な? ぁたし達ズッ友だょって約束したじゃん」


 頬を膨らませてぷりぷり怒る真希。夏凛はそうでもないらしく、そんな真希を見てやれやれと肩を竦めている。

 すると、今まで黙って様子を見ていた仁美が不意に口を開いた。


「……籠の中の鳥は外の世界へ解き放たれ、幸せの青い鳥になった」

「つっきー、いきなり喋り出したかと思ったら意味分かんない事言うのやめよ?」

「……青木×小鳥遊」

「いや今度は要約しすぎて分かんないんだけど」


 基本的に無口な仁美だが、時折こうして不可解な言動をする事がある。

 他の三人と違ってギャル風というわけではなく、場違いとも言える彼女がこのグループの一員なのは、本人曰く「花鳥風と来れば月が必要ね」とのこと。


「つっきーはイタい子だからにゃー」

「いや、マキも結構――ごめん悪かったから笑顔でペンケース振り上げないで怖い」

「……そんな事より、梨沙についてだけれど」

「こっちはこっちで動じないなオイ!」


 ボケる二人に振り回される夏凛、更に振り回され(ツッコミ)役として梨沙も加えたのが彼女達の日常だった。

 そんな賑やかな空気は、次に仁美が放った一言で凍り付くこととなる。


「……あれは、恋をしている表情ね」



「よし、今日の宿題終わりっ!」

「お疲れ様です。桜さん、小鳥遊さん」


 ウサギのマスコットが付いたシャーペンを置き、伸びをして解放感に浸る桜。

 梨沙も小さく息を吐いて集中を解いた。

 そんな二人を茨が労う。


「それじゃ、そろそろ帰……あれ?」


 帰ろうとして後ろを振り向いた梨沙は、先程まで教室に残っていたグループメンバーの姿が無い事に気付いた。

 経緯は気恥ずかしいので教えていないが、二人と友達になったことはメンバーにも話してある。

 三人とも驚いてはいたが難色を示したりはせず、リサ良かったねと言ってくれた。元は落ちこぼれの集まりだが、良い仲間を持ったと自分でも思う。


「あちゃー、放っときすぎたかな」

「真希ちゃん達のこと? いつも一緒だったもんね」

「うん。二人にも紹介しようと思ってたんだけど」

「それは悪い事をしてしまいましたね……」

「委員長が気にする事ないって」


 とはいえ、先に紹介しておかなかったのは自分の落ち度だ。ちゃんと謝って、改めて紹介しよう。

 そんな事を考えながら、梨沙はバス通学の二人と別れ、徒歩で家路に就いたのだった。



◆◆◆



「ぁたしチーズバーガーがいいな~」

「……漆黒の熱き猛りだけで構わないわ」

「自分で頼めよ! つっきーは普通にホットコーヒーって言え!」


 その頃、一足先に学院を出た真希達は駅前にあるハンバーガーショップに移動していた。

 文句を言いつつ、真希と仁美の分も注文を済ませた夏凛がトレイを持って二人の待つテーブルに戻り、自分はフライドポテトをつまみ始める。


「で、どういうコト? リサが恋してるって」


 わざわざ場所を変えたのは、話題が話題だからだ。とても本人の前で話していい内容とは思えない。

 勿体付けるようにコーヒーを冷まして飲む仁美に、痺れを切らした真希が更に訊ねた。


「てか、相手は誰なん? カレシいるとか初耳だし」

「……否、彼氏ではないわ。謂わば儚き一方通行、決して明かせぬ禁断の情愛」

「片想いってわけね。しかも相手は男じゃない……となると、まぁ、そうなるよね」

「マジ? みかりん今ので分かったの? つっきー語検定四級くらいあるじゃん。つっ検四級」

「嬉しくないわ!? つか四級とかビミョいな!」


 一級になれば、仁美のような喋り方が出来るようになるのだろうか。心底いらないと夏凛は思った。


「こう言いたかったんでしょ? リサが片想いしてる相手は、委員長だって」

「なーんだ委員長かぁ……って、委員長!?」

「うわっ、こっち飛んできた! 汚ねぇ!」


 真希が口からチーズを飛ばしながら驚いたので、ポテトを守りながらテーブルを拭く破目に。

 しれっとコーヒーを避けていた仁美が続ける。


「……貴女達も見たでしょう? 青木さんと話す時の梨沙の表情を。あれは紛れも無くメスの顔だったわ」

「言い方! どこにそんな確証あんのさ」

「……真性の私が言うのだから、間違いは無いわ。私が夏凛を見つめる時も、同じような顔をしている筈だもの」

「うん???」


 何か聞き捨てならない発言をされた気がするが、今は梨沙の事だ。仁美の推測が正しいなら、彼女は茨に片想いをしていることになる。


「こーゆー時って、なんて反応したらいいんだろ」

「……笑えば良いと思うわ」

「いや笑っちゃダメでしょ。そこは友人として応援するとかさ」


 とは言ったものの、夏凛は梨沙の恋路が険しいということを直感していた。

 何故なら、茨の傍には常にと言っていいほど桜が居るからだ。勝ち目無しとまでは言わないにせよ、あの間に割って入るのは至難の業だろう。

 そう考えると今日のように三人で一緒にいる状態がベストな気がしてきた。


「まぁ、良い機会だと思うよ。ウチら似た者同士で集まってるけどさ、ぶっちゃけ傷の舐め合いだし。リサが楽しそうにしてんならそれで……」

「すいませーんポテト追加でよろピクー!」

「黒く滾る情熱、もう一杯」

「聞けよ! さっきと名前変わってるし!」


 マイペースを崩さない二人にツッコミ疲れてきた夏凛は、足を投げ出し、盛大な溜息を吐く。


「はぁぁあ……」


 ダメだ、自分だけじゃ足りない。梨沙がいないとこの二人はコントロールできそうにない。

 どうして二人は平気そうにしているんだろうか。四人でいるのが普通だと思っていたのは自分だけ?


「……何をそんなに悩んでるのか知らないけれど」

「何をって、あんたね――」

「……今まで通り、で良いじゃない」


 紙コップを揺らしながら仁美が口にした言葉に、ハッと目を見開く夏凛。

 ゆっくりと、湯気が飛んでいくのを楽しむように息を吹き掛けながら、物静かな友人は更に続ける。


「……別に、梨沙が誰かに恋をしたからと言って、私達が遠慮する必要なんて無いんじゃないかしら。それとも、貴女にとって梨沙や私達は傷を舐め合うだけの関係? だとしたら、少し哀しいわ」

「それは……ごめん。言い過ぎた」


 目を伏せて言う彼女が怒っているように見えて、夏凛は自分が失言したことに気付き、謝罪した。


「……私達のような人間にとって、親しい相手から距離を置かれるのは世の中に否定されるより辛く、残酷な事だから。友人なら理解してあげて欲しい」

「ウチは別に……マキはどうなの?」

「ぁたし?」


 追加で頼んだポテトをもりもり食べていた真希に振ると、彼女はポテトを口に咥えたまま、少し考えてから答えた。


「ぁたしは何も変わらないよ。相手が委員長なのはマジびっくり仰天ニュースって感じだけど、誰かを好きになるのに男も女もないっしょ。本気の恋なら応援するし、たまにはぁたしらも構ってくれなきゃマジ凹みするけどさ」

「そんなもんでいいのかな」

「……そんなもので良いのよ」


 どうやら、自分が考えすぎていただけらしい。

 二人は夏凛よりも、よっぽど友人としての接し方を心得ていた。結局、いつも通りが一番なのだ。

 以前より一緒にいる時間が減ったからと言って、自分達の関係は何一つ変わらないのだから。


「……足りない分は、私が満たしてあげるから」

「それは遠慮しときます」


 やっぱり少し変わった気がする。

 主に仁美の夏凛を見る目が。



◆◆◆



 翌朝、登校してくるなり梨沙は三人を集めた。

 そして両手を合わせたまま頭を下げる。


「昨日はほったらかしにして、ホントごめん!」

「チョー寂しくて、みかりんマジ泣きしてたべ?」

「泣いてねぇし!? 別に気にしてないって」

「ん、ありがと。それでさ、今日は皆のこと二人に紹介したいんだけど、良いかな」


 梨沙の恋路を応援する為なら、彼女の想い人とも親交を深めておいて損は無いだろう。

 二つ返事で了承すると、梨沙は既に着席していた茨と桜を連れて戻って来た。


「やっほー三人とも!」

「はろはろー、マキだょー」

「こうして直接お話しするのは初めてですね」

「……迷い鳥を導いてくれた事、感謝するわ」

「えっと……?」

「はいはい、つっきーはちょっと黙ってようか」


 毎日のように顔を合わせるクラスメイトなのに、初めて言葉を交わしたような、微妙な緊張がある。

 そんな空気を壊すように、言い出しっぺの梨沙は友人達に一つの提案をした。


「アタシ今、委員長に勉強教えてもらってるんだ。良かったらマキ達もどうかなって」

「えっ?」


 しかし、それは真希達にとって予想外の提案。

 何せ、一歩引いた所から見守るつもりだった梨沙と茨との間に、自分達も加えると言うのだ。


「マジ? いいの?」

「私は構いませんよ。これを機に、皆さんとも仲良くなりたいです」

「アタシだけ、ってのも抜け駆けしてるみたいでさ。委員長に相談して、それなら勉強会しようって」

「やろうやろう! 皆でやった方が楽しいよ!」


 三人は顔を見合わせ少し考えたが、梨沙がそれで良いなら、と全員が首を縦に振る。

 後に恋をしているという推察が誤解だと発覚し、夏凛の知りたくはなかった事実だけが残されたりもしたが、こうしてクラスのはみ出し者だった四人と茨、桜の交流が始まったのだった。

【キャラクターファイル】

No.EX2 花村はなむら 真希まき


梨沙のグループメンバーの一人。

こう見えて良家の出身。堅苦しい教育方針に嫌気が差して現在は冬棟の学生寮で暮らしている。

ギャルらしく独特な口調で話すが、それっぽく振る舞おうとしているだけで上手くなりきれていない。



No.EX3 風見かざみ 夏凛かりん


梨沙のグループメンバーの一人。

自分があまり女らしくないことをコンプレックスに感じ、敢えてそのような振る舞い方をしている。

根は常識人のため、専ら梨沙と共にツッコミ役に回る事が多い。



No.EX4 月山つきやま 仁美ひとみ


梨沙のグループメンバーの一人。

重度の中二病患者。夏凛が恋愛的な意味で好き。

成績は悪くないが趣味のせいでクラスと馴染めずにいた所に彼女達のグループを見つけ、加わると共に全員の苗字から一文字取って花鳥風月と名付けた。

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