第十二話「春風とNew Friend」
昼休みが終われば、生徒達が続々と教室へと戻ってくる。桜達も席に着き、片隅の誰も座らない席を見た。
「あれ、リサは?」
「そういや、昼から見てないわ。誰か知ってる?」
「あのリサがフケるとかマジありえんてぃ」
グループの一人がその空席に気付き、他の仲間と席の主――梨沙の所在を確かめ合っている。
彼女は今、ラバテラ曰く専門家の手で記憶処理を受けているところだ。
無論その事は当事者しか知るはずもなく、憶測が飛び交う教室に午後最初の授業を担当するスズカが入ってきた。
「はいはーい! お前ら、静かにするですよー!」
「センセー、リサ……小鳥遊さんが居ませーん」
「小鳥遊梨沙なら昼食に当たって保健室ですよー」
「食あたりかよ!」
という事になっているらしい。それを聞いて爆笑する梨沙の友人達。
「心配して損したわー」
「お前らは授業に集中していれば良いのですよー。今日は教科書の29ページから……」
マリアが根回ししたのだろうと考え、桜達も授業に意識を向ける。
こうして、梨沙を欠いたまま午後の授業は恙無く進んでいった。
◆◆◆
そして迎えた放課後。帰り支度を終えた桜は、再び中央塔の生徒会室へ、今度は茨と共に足を運ぶ。
「失礼します」
「ようこそ揺神女学院生徒会へ。庶務の桃瀬さん、書記の青木さん」
最奥のデスクで二人を出迎えるマリアの提示した、茨に記憶処理を行わない条件。それは、二人が生徒会に入るというものである。
生徒会は元々、会長以外の役職は全てラバテラが一人で担当する、という無茶苦茶な運営体制だった。華憐少女の活動をするにあたり、関係者だけで構成していたからだ。
もう一人、博士と呼ばれる技術協力者もいるが、生徒ではないため生徒会には所属していない。
それを言ったらラバテラも生徒ではないのだが、世話係としてマリアの側にいる義務があるらしい。
華憐少女となった桜と事情を知る茨を、会長からの指名という形で生徒会に任命し、二人は生徒会役員となったのである。
「それで、ショムって何をすれば?」
「有り体に言えば、雑用係ですわね」
「なんだか扱いが軽い気がします……」
「まぁ、大抵の事はラバテラがやってくれますから。役職名など飾りのようなものと考えて結構ですわ」
何か釈然としない物を感じつつ、とはいえ得意な事は料理くらいなものなので、ここは大人しく引き下がる。
二人がテーブルに着いたのと同じくらいに生徒会室の扉が開き、ラバテラともう一人――白衣姿の小柄な人物が入ってきた。
「博士をお連れしました」
「おー、揃ってるですねー」
現れたのはクラス担任の椛葉スズカだった。
彼女は二人の視線に気付くと、どうだ驚いたかとでも言いたげなドヤ顔をする。
「紹介いたしますわ。生徒会の技術協力者にして、生化学者の椛葉スズカ博士です」
「ええええっ!? 博士って、スズカ先生のことだったんですか!?」
「……成る程」
素で驚く桜に対し、茨は一つの疑念が氷解した。柴田の後任として自分達のクラスに来たのも、梨沙が食あたりで保健室行きになったと話していたのも、彼女が生徒会の協力者だったからだろう。
そのまま、もう一つの疑問を口にする。
「あの、小鳥遊さんはどうなりましたか?」
「心配いらねーです。小鳥遊梨沙の記憶処理は無事完了、目が覚めれば勝手に脳内補完して、勝手に元の日常に帰るですよ」
「良かった……」
その返答を聞いて安堵する茨。
自分のせいで危険な目に遭わせてしまったようなものなので、安否が気がかりだったのだ。
「今日ここへ来たのは、その報告もですが……桃瀬桜。お前にこれを渡しに来たですよ」
「ほぇ?」
そう言って白衣のポケットから取り出したのは、細いチェーンの付いたクリスタルのペンダント。
昼にマリアが見せてくれた物と酷似している。
「これって……」
「わざわざ説明する必要があるですかー?」
しかし、意外にも同じ物を持っているはずのマリアが驚いた。
「それにしたって、完成が早すぎませんこと? 作成を依頼したのは昼休みの後でしてよ」
「昨日の時点で準備しておいたのもありますがー。こんな物、理論さえ確立できれば、いくらでも量産が可能なのですよ」
「簡単に言ってくれますわね……」
「天才にやって出来ない事はねーです」
フフーン、と桜以上にぺったんこな胸を張るスズカからペンダントを受け取ってじっくり眺めながら、桜は昨日の変身した自分の姿を思い返す。
鮮やかな衣装に身を包み、細剣を手に怪物と戦う華憐少女として、これから更なる戦いの日々に身を投じていくことになるだろう。
そんな桜の手を、隣に移動した茨がそっと両手で包む。
「大丈夫です。この先何があっても、私が桜さんを側で支えますから」
「今、あたしのこと名前で……?」
「もう、何も出来ずに見ているだけは嫌なんです。だからせめて、貴女の近くに居させて下さい」
「茨ちゃん……うんっ! あたしも、茨ちゃんや皆と過ごす日常を壊させない為に、頑張るよ!」
桜からも握り返し、手を取り合って決意を新たにする二人を、マリア達は微笑ましげに眺めていた。
スズカだけは呆れ顔で、その位にしておくですよと手を叩いて話を切り上げた。今日はこれで解散となり、各々が生徒会室を後にする。
「さてと……これから忙しくなりそうですわね!」
一人残り、窓から遥か下の校庭を見下ろしながら呟くマリアの表情は、どこか晴れ晴れとしていた。
◆◆◆
桜と茨が校門まで続く道を並んで歩いていると、門柱に寄り掛かるように立つ人影を見つけた。
そわそわと落ち着かない様子だったが、こちらに気付くと徐に門柱から離れて姿勢を正す。
二人もよく見知った顔――梨沙がそこにいた。
「小鳥遊さん?」
「……良かった、まだ帰ってなくて」
「ひょっとして待っててくれたのっ!?」
桜が驚いて訊ねると、ばつが悪そうに視線を逸らし、頬を掻きながら続ける。
「今日の事でどうしても……ここじゃハズいから、場所変えよ」
そんな梨沙に言われるがまま、三人は校門を離れ、近くにあった公園に移動した。
学院の中庭ほどではないが、ここも少し前は桜が咲き誇っていたのだろう。今は殆ど散ってしまっており、時間が時間ということもあって、人気は全く無い。
梨沙は一度だけ深呼吸をすると、二人に向かって頭を下げた。
「今朝は桃瀬にキツく当たったり、話聞いてくれた委員長にまで……ホントごめんっ!」
「ほぇ? えっ、えぇ!?」
謝られるとは予想外で、桜は更に驚きの声を上げる。茨もこれには唖然とした。
梨沙は頭を下げた姿勢のまま、茨と別れてからの事を話し始める。
茨に「友達になりたい」と言われ、気持ちの整理ができなかった梨沙は逃げるように中庭を去ったが、思い返せばあまりにも失礼な態度を取ってしまったことに気付き、引き返そうとしたこと。
そこで誰かに声を掛けられたところまでは覚えているが、気が付くと保健室のベッドの上にいて、何も思い出せずにいるということ。
胸騒ぎがして、二人に謝ろうと探し回ったこと。
二人が生徒会室に呼び出されたと聞き、素行不良の自分では抵抗があるため、ああして校門で待っていたこと。
「待ってる間、ずっと不安だった。アタシなんかと関わったせいで、生徒会に目付けられたんじゃないかとか、何か事件に巻き込まれたんじゃないかとか……」
「梨沙ちゃん……」
彼女が本気で謝りたいと考えていて、二人を心配してくれていたことがひしひしと伝わってくる。
こんなにも優しい少女が、どうしていじめっ子と言えるだろうか。桜は彼女の事を、心のどこかで誤解していた己を恥じた。
「顔を上げて下さい、小鳥遊さん」
そんな梨沙に、茨が優しい口調で語りかける。
「中庭でお話しした事、覚えていますか?」
「……上手くやれなくても良いって話?」
「そうです。誰にだって得手不得手はありますし、失敗することもあります」
「あたしも昔やらかして、大切にしてた物を失くしちゃったことあるから分かるよ」
二年前を思い出して桜が頷き、茨は更に続けた。
「起きてしまった事はどうしようもありませんが、大事なのはその経験をどう活かすかだと思います。貴女が自分のした事を悔やんでいるのなら、いくらでも挽回するチャンスはあるんです」
「アタシ、まだ……やり直せるの?」
「もっちろん!」
縋るように顔を上げた梨沙に、笑顔で答える桜と、再び手を差し伸べる茨。
梨沙は今度こそ逃げ出したりせず、差し出された手を控え目に握った。
そこに桜が自分の手を重ねる。
「改めて……私とお友達になってくれますか?」
「あたしもあたしも!」
「……うんっ! ありがと、二人とも……!」
夕暮れに染まる公園の中心で、三人は友情の握手を交わしたのだった。