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第九話「不器用なHumming Bird」

 五月も半ばを過ぎており、中庭の木々にも葉桜が目立つようになってきた。

 若葉色と僅かに残った桜色のコントラストに囲まれながら、梨沙はベンチに座って昼食のサンドイッチを食べていた。

 ふと足下を見遣ると、落ちたパン屑を目当てに一羽の雀が寄ってきている。


「群れからはぐれたのかな……アタシと同じだね」


 穏やかな表情で話しかけながら、手頃な大きさに千切ったサンドイッチを雀の側に落とす。

 降ってきた餌を啄む様をしばらく眺めていたが、中庭に新たな人間の気配が近付いてきたことを察知した雀は飛び立ってしまった。


「あ……」


 それを目で追うと、見上げた樹の枝に数羽の雀が寄り集まっており、戻ってきた雀とパン屑を分け合ってるのが見える。

 なんだ、同じじゃなかったのか……心の中で呟きながら、梨沙は食べ終わったサンドイッチの包装をスカートのポケットにじ込んでから振り返った。


「桃瀬は一緒じゃないんだ? 珍しいね」

「……別の用事があるそうです」


 お互いに連れ合いは無く、二人きりで対面する不良と優等生。

 普段は桜と並んで昼食を摂るベンチには、梨沙が片足だけ靴を脱いで膝を立てた姿勢で座っている。

 向かい合う茨からはスカートの下が丸見えだった。派手なものかと思いきや、白地にブルーのストライプというシンプルかつ可愛らしいデザイン。

 ……そうではなくて!


「いくら女子校とはいえ、そんな姿勢で座るのはどうかと」


 やんわり言葉を濁して伝えると、梨沙はそっぽを向きながら少しだけスカートで前を隠した。


「そんなこと言いに来たワケ?」

「違います! お隣、失礼しますね」

「好きにしたら」


 ぶっきらぼうに答える梨沙の隣、二人分ほど空けられたスペースに、ハンカチを敷いて腰掛ける。

 膝の上には自分の弁当と、後から来ると言った桜から預かったものを大事に抱え、茨は改めて梨沙に向き直った。


「で、話って何?」

「率直に言います。小鳥遊さん、貴女達の素行はクラス委員長として看過できません」

「嫌々やってるクセによく言う」

「……確かに、流されるままクラス委員長になったのは認めます。それでも、任されたからには途中で投げ出すつもりはありませんから」


 舌打ち混じりの悪態に怯みそうになるのを堪えながら、真剣な眼差しで梨沙を見る。

 こうなることは分かっていたという顔。恐らく廊下で話し掛けられた時点で察していたはずなのに、彼女は自分から指定したこの場所で待っていた。

 つまり、話を聞くつもりで居てくれているのだ。ここで引き下がっては意味が無い。


「この学院は誰でも簡単に入れるわけではありません。貴女だって大和撫子ヤマトナデシコに憧れる心を持っていたはずでしょう? どうしてそんな……」

「どうせ委員長には分かんないよ。落ちこぼれの気持ちなんて」

「それは聞いてみなければ分かりません」


 なおも食い下がる茨の視線から逃げるように顔を背けたまま、梨沙は観念したように語り始めた。


「委員長の言う通り、アタシ達も最初は大和撫子ヤマトナデシコってやつに憧れて入学したさ。中等部からね」

「中途入学……」

「そう。だから、小学生ん時と勉強のレベルが段違いでびっくりした」


 次第に周囲との差が生じていく事への焦りや劣等感から周囲に反発しだし、ちゃらついた格好やひねた態度を取るようになったのだ。

 そこまで話すと、梨沙は「これで満足?」と言いたげに横目で茨を見る。


「甘えたこと言ってんのは分かってる。けど、あんた達みたいに上手くやれないんだよ。アタシ達は」

「小鳥遊さん……」


 その言葉にどうしようもない気持ちを感じ、茨は口をつぐむ事しか出来なかった。

 否定するのは簡単だ。彼女が自分で言ったように、それは未熟な己への甘えにしかならない。

 しかし、正論を並べたところで彼女達が立ち上がれるはずもない。だから茨は考えた。こんな時、桜なら何と言うかを。


「……上手に出来なくても良いんです」

「え?」

「誰にでも得手不得手というものはあります。私は友達を作るのが下手ですし、運動だって苦手です」


 茨は彼女達とは反対だ。自分には勉強しか無いと思っていた。本から得た知識の他に取り柄など無いのだと。

 反対だが、同じだった。周囲との隔たりを感じ、無意識に壁を作っていた。

 しかし桜と出会い、彼女の明るさに触れたことで、そんな自分でも誰かと笑い合うことができると教えられた。りのままで良いと気付かされたのだ。


「足りない部分は補い、良い部分は高めていくのがクラスメイトです。貴女は自分から周りを遠ざけてしまっているだけ……少しの勇気があれば、きっと皆が手を貸してくれますよ」

「そんなわけ……」

「あります。だって、小鳥遊さんは本当はとても優しい人なんですから」


 自分でも驚くほど、自然に口から出た言葉。少し前までの懸念は、実際に彼女と話してみたことでスッと融解していた。

 面食らう梨沙の手を取り、揺れる瞳を真っ直ぐに見据える。


「勉強で分からない事があるなら相談して下さい。私で良ければお教えしますよ」

「……クラス委員長だから?」


 首を横に振る。これはきっと、そんな義務感から来る行動ではない。

 心の中で深呼吸をして、茨は答を口にした。


「貴女と、お友達になりたいからです」


 ざぁ……と風が吹き、桜の花弁を舞い上げながら二人の間を通り抜けていく。


「委員長が……私と? 何の冗談……」

「本気ですよ。これでも勇気を振り絞って申し出たんですが……」

「それは分かるけど」


 梨沙は困惑していた。どうして彼女が、こんな自分と友達になりたいなどと言い出したのか、分からなかったからだ。

 クラス委員長の立場から、自分のような素行不良を気に掛けるならまだ分かる。もっとも、そんな同情いらないと吐き捨てるつもりだったが。

 しかし、茨は彼女自身にとっても酷く勇気のいる行為で、梨沙に歩み寄ろうとしていた。


「……駄目、ですか?」


 それは梨沙が心の奥底で求めていたもの。

 手を差し伸べ、暗いこの場所から引っ張り上げてくれる存在に、梨沙は手を伸ばそうとして――


「……ごめん。もうちょっと考えさせて」


 あと少しというところで、引っ込めてしまう。

 そして話は終わりだと言うように立ち上がると、足早に秋棟へと戻っていった。

 残された茨は、自分では彼女を説得できなかったという事実にショックを受けながらも、確かな手応えを感じて桜の到着を待つのだった。

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