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第一話「はじまりのTwin Flowers」

 私立揺神ゆりがみ女学院。

 この国際化社会に『大和撫子ヤマトナデシコの育成』をモットーとして掲げるエスカレーター式の教育機関であり、下は小学生、上は高校生までの乙女達が、勉学だけでなく習い事などの自分磨きに励んでいる。


「行ってきまーすっ!」


 朝の爽やかな空気の下、快活な印象を抱かせる声と共に自宅の玄関を飛び出した少女――桃瀬ももせ さくらもその一人。

 この春、共学の高校から揺神女学院の高等部二年に編入したばかりの桜は、新しい事ばかりの毎日に小さな胸を踊らせ、スキップする度に、淡い桃色の髪をピンクの飾り付きヘアゴムでふんわり結った、トレードマークのツインテールが楽しげに揺れる。

 そんな桜の行く手に、学院行きの専用バスが出る停留所が見えてきた。

 備え付けのベンチに腰掛け手元の文庫本に視線を落としている、青みがかった艶やかな黒髪を腰まで伸ばした少女を視界に認めた桜は、少女に駆け寄り笑顔で声を掛ける。


いばらちゃん、おっはよー!」

「……あっ、桃瀬さん。おはようございます」


 読んでいた本から顔を上げ、会釈を返した彼女の名は青木あおき いばら。桜と同じ揺神女学院の高等部二年生であり、席が隣のクラスメイトでもある。

 編入初日、戸惑っていた桜に学校案内を申し出た事がきっかけで仲良くなり、使うバスが同じこともあって、一緒に登校するようになった。

 バスが来るまでの短い間、ベンチに二人で並んで腰掛け、昨日見たテレビの感想など他愛の無い話をして過ごす。専ら桜が話し手だが、話題に合わせて表情がころころ変わる様を見て茨も笑う。


「その時、空から大量のチワワが!」

「ど、どうなってしまうんですか……!?」

「なんとそこへ――あっ、バス来た」


 星の降る町・愛降町アイフルちょうに現れた遠い空からの来訪者との日々を描く、盛大に何も始まらないハートフル大巨編『スペースチワワ』という、桜が今ハマっているドラマの話が一番の山場に差し掛かるところでバスが停留所に到着し、二人は手に持っていた本やスマートフォンを鞄にしまって乗車した。

 スペースチワワの行く末が気になって仕方ない茨だったが、桜の関心は学院が近付くにつれ、チワワから別のものに移ってしまったらしい。


「ねぇねぇ茨ちゃん、こんな噂知ってる?」

「噂、ですか? それより、あと後チワワは――」

「うん。揺神女学院の平和を守るヒーローの噂!」


 ヒーロー、という言葉に茨の全身が凍り付いた。桜はそれに気付かないまま話を続ける。


「聞いた話だと、学院の裏側で人知れず戦う正義のヒーローがいるんだって。でも、姿を見たって話は全然無くて、噂の出所も謎。不思議じゃない?」


 眉唾物の噂を真に受けた桜は目を輝かせながら、窓の外、街並みの向こうに顔を覗かせた三角屋根をうっとり眺めている。

 その間に茨はどうにか表情を取り繕うと、どこかぎこちない様子で口を開いた。


「そ……そんな物語のような話が、ある筈ないじゃないですか。テレビの見すぎですよ」

「夢が無いなぁ。こういうの好きだと思ったのに」

「フィクションはフィクションですよ、桃瀬さん。現実リアルには無いからこそ、架空フィクションが求められるんです。ですから、さっきの話(スペースチワワ)の続きを……」


 しかし、この後バスが学院前に着くまで、彼女の口からチワワの顛末は語られないのだった。



◆◆◆



 揺神女学院の校舎は、大きく分けて五つの建物に分かれている。

 初等部・中等部・高等部の教室はそれぞれ春棟・夏棟・秋棟と呼ばれる区画にあり、夏棟と秋棟には音楽室や調理室などの特別教室も存在する。授業によっては中・高等部が合同で行われることもあり、数少ない学年を越えた交流の場だ。

 冬棟には遠方から入学した生徒や教員の為の寮が設けられ、高い費用に見合った設備が利用できる。

 そんな四棟の中心に聳えるのが職員室や図書室、食堂など共用施設を備えた中央()。中央塔から天空に向かって伸びる三角屋根は、高みを目指す者達の学院を象徴するシンボルとなっている。


「おっはよ~!」

「おはようございます」


 二人が秋棟の二階にある二年C組の教室に入ると、クラスメイト達が口々に挨拶を返してくれる。

 始業式から一ヶ月あまり。編入の時期を新学年の開始に狙って合わせた甲斐あって、今ではすっかり桜もクラスの一員として受け入れられたようだ。

 すれ違う生徒と簡単な雑談を交わしつつ、二人はそれぞれの席に並んで席る。

 鼻歌を口ずさみながらHRの準備をする桜に、茨が恐る恐る話し掛けた。


「あのぉ……さっきの事、怒ってますか……?」

「ほぇ? 何が?」

「桃瀬さんのお話を、信じなかった事です」


 その言葉に一瞬きょとんとした桜だが、すぐさま気の抜けた笑みを浮かべる。


「そんなの、もう気にしてないよ! 噂は噂だし」


 バスの中では少し拗ねていたような気もするが、桜は出会った時からそんな人物だった。喜怒哀楽がはっきりしていて、尾を引かず、分かりやすく感情を伝えてくる。


「あたしの方こそ、夢が無いとか言ってごめんね? 茨ちゃんならああいう話、好きかなーって思って」

「そんな、桃瀬さんのせいじゃありません。ただ、その……」


 桜のそんな性格は承知していて、怒っていないと安堵してもなお、ヒーローの噂を大袈裟にできない理由が茨にはあった。

 何故なら――その噂が単なる与太話ではないと、知ってしまっているから。

【キャラクターファイル】

No.1 桃瀬ももせ さくら


高等部二年C組所属。4月生まれの17歳。

誕生日が早いためすぐ年上ぶろうとするものの、実際はかなり子供っぽい性格である。

去年まで県外の公立高校に通っていたが、とある事情により一時的に退学。

今年から揺神女学院に編入となり、そこで同じクラスになった茨と友達になる。

好きなものは可愛い動物と甘いお菓子、嫌いなものは虫と辛いもの、それと「■■■」。

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