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第六魂魄のノゾミス  作者: てひげひろゆき
転生―異世界に希望を繋いで―
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第2話 異世界転生に必要なもの

 希望の選べる選択肢は二つある。

 神(仮称)はそう言った。


 一つ目は、「ここ」で永劫過ごすこと。なるほど、時間が流れないのなら希望の魂にも何ら影響はないだろう。だが、矛盾することに「ここ」にいる希望自身には時間の感覚がある。

 改めて周囲を見渡しても、何もない一面真っ白けな空間が広がっているばかりだ。

 ――きっと、長くはもたない。魂にどういう影響を及ぼすのかは想像がつかないが、そのうち希望は発狂するだろう。人間は本当に何もない、果ても見えない空間に取り残されて意識を正常に保ち続けられるほど強くできていない。


 二つ目は、どこか別の世界に移動すること。すでに死んでしまっているから、元の世界には戻れない。無理やり戻れば、事象の矛盾から世界そのものが崩壊してしまうそうだ。

 元の世界に限りなく近い世界にも行けない。それはいわゆる並行世界で、並行世界の希望がいるからだ。存在の統合ができればいいが、普通は同一存在の複数存在による世界からの否定、対消滅。最悪「桜井希望」全ての連鎖消滅が起こる。


 では、希望がいない世界であればどの世界でもいいのかと言えば、それも違う。そもそも人間が生きることができない環境の世界があることもそうだし、元の世界から希望が消失することと、転生先の世界で希望が存在すること、双方を間髪入れずに起こすことができる世界である必要がある。


 どちらの選択肢もリスクが高い。問題の先送りにも近しい。

 それでも今すぐ消滅するよりは遥かにマシであり、同時に、希望に選べる選択肢など一つしかなかった。


「――転生を」

「――だろうな」


 予測するまでもないことだったのだろう。

 希望の答えに、神(仮称)はうなずいたように見えた。


「幸か不幸か、受け入れ対象となる世界が一つある」

「え、はや」

「ああ、思ったより簡単に見つかった。お前の移動自体はすぐに取り掛かれるが、一応移動先の世界の情報を教えてやろう」

「え、あ、うん。えと、お願い、します」


 そこそこ覚悟を決めて転生を選んだのだが、転生先の世界とやらはあっさり見つかったらしい。

 若干の肩透かしを感じつつ、神(仮称)の言葉を聞く。なにしろ行先は異世界である。「桜井希望」であるならば、どの可能性であっても存在することのない世界だ。常識や文化もまるで異なるだろう。

 

「お前、ゲームやら漫画の知識はあるか?」


 そんな言葉から始まった異世界の情報は、ある意味で希望の予想通りのものであった。

 ――曰く、いわゆる「剣と魔法の世界」であること。

 ――曰く、「王国」や「帝国」があり、魔物が跋扈していること。即ち、命の危険は今までの世界の比ではないこと。

 ――曰く、その世界には異世界からの転移者や転生者が飛ばされるのが初めてになるであろうこと。


「転生と銘打ってはいるものの、別に生まれ変わるわけじゃない。子供から人生やり直し、ってことにはならん。肉体は現地で生活するために最適化したものを再生するが、見てくれや年齢は変わらない。『桜井希望』として生きればいい」


 再生。再生ときたか。

 まあ、希望の肉体は元の世界で出血多量で死んでいるわけだから、間違ってはいない。しかしそれは、無から肉体を作り出すということで、死者蘇生よりももっととんでもないことなのではなかろうか。

 舐めた格好をしているが、そんなことをさらっとやってのけるあたり、目の前のコレはやはり「神様」なのだろう。


「とりあえず説明はこんなものだが、質問はあるか?」


 考えてみる。

 希望の転生はイレギュラーだ。寿命に余裕がある状態で死んだから、魂の行き場がなくなった。

 だが、今度の世界は今までいた世界より危険が大きいという。考えたくはない。考えたくはないが――


「転生した直後に死んだら、どうなるの?」

「どうもならん。それがお前の寿命ってことで、輪廻の輪に戻れるだろう」

「へ」


 なにそれ。

 詳しく聞くと、転生後の希望の魂は、移動した先の世界に属するものとして括られるそうな。転生後の世界での希望の寿命は、行ってみないと分からない、と。

 理屈としては間違っていないし、今更この神(仮称)が希望を騙す意味もない。

 ならばあとは、希望が肚を決めるだけだ。


「――わかった」


 怖い。怖いに決まってる。

 でも、他に道がないし、救いはある。少なくとも、魂の消滅だけは免れるのだ。


「では転生に先駆け、お前にいくつか餞別を与えようと思う」

「え?」

「お前今のJKスペックで弱肉強食な異世界を生き残れると思ってるのか」


 弱肉強食認めたよこの神(仮称)。生き残る自信とか全然なかったけどね!

 世に広まる作品たちのようにチートをくださいお願いします。

 希望の心の叫びを聞き届けたのか、神(仮称)は餞別の内容を口にした。


「まずは言語理解能力だな。すっかりマンネリ化している感があるが、生きていくのに言語は必須だ。読み書き、会話の全てをネイティブレベルでできるようにしてやろう」


 それは素直にありがたい。でもキサマそもそも言葉が通じないところに飛ばす気満々マンか。

 まあ、言語体系が一致している異世界というものそれはそれで不気味だ。特に日本語なんてかなり特殊な言語だろうし。


「こんにゃくと白滝とマロニーがある。好きなのを選べ」

「なぜ言語理解の獲得方法が未来アイテムチックなのか、簡潔に述べよ」

 

 とか言ってる間に謎の選択肢が提示された。これはアレか、食べたら翻訳能力が付与されるアレか。


「ちなみにこんにゃくは糸こんにゃくだ」

「いや、問題そこじゃないから。オリジナルからちょっと方向性を変えてみたとかどうでもいいから。他の方法はないのか、ハイかyesで答えよ」

「言語付与はすでに終わっている」


 クソが!

 おっといけない、女の子はこんなはしたない言葉を使ってはいけないのだこのクソが!


「そうクソが! って顔をするな。不敬罪で三日に一回なにもないところですっ転ぶ呪いかけんぞ」


 もう不敬罪でもいいから一発殴っていいかなぁコノヤロウ!


「さて二つ目の餞別だが、魔力と魔法をくれてやろう」


 魔法!

 今までの不安や不満はどこへやら、その甘美な響きに希望の意識はあっさり釣られた。


「とはいえお前の魔力的な素質はもともとそれなりに高いからな。潜在魔力を自覚させるといった方が正しい」

「マジか」


 わたし才能あったのか! 大賢者桜井希望爆誕か!


「才能があっても使いこなせなければ凡骨以下なので、安易に大賢者(笑)とか思いこまないように」


 そしてさらりと希望のテンションに水を差してくれやがるクソ神様(仮称)。なんだこれ。わたしそんなに分かりやすいか。


「魔法に関しては、生活魔法をくれてやる。便利で清潔な生活に慣れまくったひ弱な日本人にはなくてはならない魔法だぞ」

「え、なにそれ。炎どーん! とか氷ばばーん! とかは」

「ない」

「なんだと」


 おま、それ醍醐味じゃん? 魔法の醍醐味じゃん?

 広域殲滅魔法で無双とかわくわくするじゃん?

 なぜないのか! 与えろよ! むしろよこせ!


「簡単に楽させてやると思ったか、バカめ」


 コノヤロウ! あの、あのアレ、えーと、コノヤロウ!


「こういうのは明日を生き抜くための素敵能力とか、くれるもんじゃないの?」

「明日を生き抜くための生活魔法だ。後は努力で手に入れろ」


 おのれおのれおのれおのれおのれぇぇぇぇ!


「はい次、三つ目の餞別な」

「素敵魔法か!」


 希望の怨嗟の視線をどこ吹く風と受け流し、神(仮称)は三つ目の餞別をくれると言い出した。

 きっと次は素敵魔法だ。間違いない。出し惜しみしつつなんだかんだ授けてくれるのだ。この神(仮称)、実はいいヤツかもしれん。


「空間魔法だ」

「空間魔法!」


 なにそれすごくつよそう。

 きっと空間同士の対消滅起こして効果範囲を消し飛ばすとか、局所相転移で指定範囲を消し飛ばすとか、歪曲させた空間が元に戻る衝撃波で広範囲を消し飛ばす魔法に違いない。


「お前のJK脳にも分かるように簡潔に形容してやるとだな」


 わくわくする希望に対し、このナチュラルな上から目線である。ムカつく。


「なんかとっても不思議で便利な空間だ」

「あの、説明雑じゃない?」

「なんだ、具体的な説明が必要か? 六次元経由で余剰空間を検索・作成して保管対象ごとに一定量の収納領域を確保する素敵魔法だ」


 すみませんあんまりよく分かりませんでした。

 しかし、である。希望は聞き逃さなかった。


「収納領域を確保」

「ああ、収納領域を確保する魔法――というか技術というか使用権というか。収納魔法でもアイテムボックスでもストレージでもインベントリでも好きに呼べ。要は異空間倉庫だ」


 ポケット。そんな単語が頭をよぎる。

 つまりこれは。


「どかーん! とかずばーん! とか」

「ない」


 クソが!

 便利なのは分かるけどクソが!


「次は四つ目の選別だが」

「素敵ま」

「どうのつるぎ、たびびとのふく、100ゴールドをやろう」


 ゆうしゃのたびだちかなんかか!

 あとわたし多分どうのつるぎ重くて振れないと思います!


「あ、重いか。じゃあどうのつるぎをやめてひのきのぼうを」

「どうのつるぎでいいです」


 明らかに武器のグレードが下がる気配がしたので大急ぎで止めた。具体的には攻撃力が10くらい下がる気がした。


「そうか。では次が最後の餞別だ」


 最後の餞別。きっとこれこそが超豪華な魔法セットみたいなものに違いない。


「先ほどお前にくれてやった空間魔法だが、わかりやすく言うと『桜井希望』というPCに外付けHDDを付けたようなものだ。ストックできる魔力量を外的要因で増やしている」

「なるほどわからん」

「例えば現在1000Gb分の魔力ストックをお前に増やしているとしよう。ちなみにお前本来の魔力ストックは2Gbくらいな」


 それが多いのか少ないのかよく分からないが、少なくとも空間魔法とやらで追加されたストックが桁外れに多いことだけは分かった。


「そして増えた1000Gb中800Gbを使用してだな」

「使用して」


 すごいまほうをどどーん! と!


「すてきななにかを保管する」

「……あ?」


 あらやだ思ったよりドスの利いた声が出ちゃったわ。


「今なんと言ったキサマ」

「よく聞き取れなかったあなたにすてきななにかをプレゼント」


 クソが!

 もう三回目くらいだけど何度でも言うわクソが!


「すてきななにかってなによ」

「それはもうとってもすてきななにかだ。うまく形容する言葉が見つからないのは残念だが、いざというとききっとお前の役に立つ。その時お前は心から俺に感謝することになるだろう」

「いいから具体的になにをよこしたのかを説明しろキサマ」

「擬音で表現するならヴン! とかカクカクとかぐえぇぇっとかだな」


 わたしの素敵BOXになにを入れたキサマ!

 特に最後のぐえぇぇっが危険な香りしかしない!


「まあ、使うも使わないもお前の自由だ。気に食わなかったらそこらへんに捨てればいい」


 最後の餞別、めちゃめちゃ容量食うのに扱いが適当だった。


「さて。餞別は一通り渡したし、あとはお前が移動するだけだな」


 満足げにそう告げて、神(仮称)は軽く手を掲げた。同時に、希望の背後に明らかに謎の力場が形成されたのが分かる。

 振り返ると、青い光に満たされた楕円形の穴がぽっかりと空いている。

 ――これはきっと、出口だ。


「それが出口だ。入り口でもあるな。俺がそれを開けた時に力の揺らぎは感じ取れたか?」

「え? あ、うん」

「それが魔力だ。出口の先でも感じる機会は多い。今の感覚を覚えておけ」

「……うん」


 正直まだ釈然としないが、餞別とやらは確かにもらったようだ。魔力を感じるなんて初めての経験だし。

 そして、希望が魔力を感じられたということは、他にもらった餞別も受け取っているのだろう。さらに言えば、コイツはきっとこれ以上の――特に希望が望むような餞別や能力はくれないだろう。

 それだけは何となく理解した。

 わたし希望なのに、自分の希望は通らない。


「じゃあ、うん。これくぐればいいの?」


 しょうもないことを考えたことに気恥ずかしさを覚えつつ、希望は「出口」に向き直った。

 出口は神々しささえ感じられるような、荘厳な青い光を放っている。光の先は、よく見えない。

 先がよく見えないことには若干の不安があったが、包むような青い輝きの中に飛び込むのは、そんなに勇気を必要としないだろう。

 それくらい、この光はどこか優しい。


「そうだ」

「分かった」

「希望」

「……なに?」


 出口に向かおうとしたところで、背後から神(仮称)が声をかけた。

 肩越しに振り返り、その姿を視界に入れる。コイツの胡散臭い姿もそろそろ見納めだろう。


「恐らく、以前の世界ではお前は退屈だったろう。お前の感性は常人から少しずれている」

「なんだキサマ。ケンカ売ってるのか」


 言われなくとも、思い当たる節はある。

 希望の好きなものはおおむねマイナーで、話が合うような人と会ったことはなかった。

 これいいな、と思ったバンドなんかは売れることなくひっそり消えていく――なんて日常茶飯事だった。

「なにそれ」とか、「微妙」といった反応を聞くのが嫌で、徐々に自分の話をしなくなったし、人との付き合いもごく浅いものになった。

 小さいころはいたであろう友達も、今や心当たりすらない。……あれ、自覚なかったけどわたしボッチか?

 ともかく、今思い返せば、そういった流行の話や、好きなものの話なんかをいつか友達と存分に語り合ったりしたかったのだと思う。


「感性が多少ずれているのは別にいい。これからお前が行く世界は、今までの常識が通用しない部分も多くあるだろう。お前の感じ方は、きっと事態を悪くない方向に動かすはずだ」


 なんだコイツ。

 急に神様っぽいこと言って、感動でも与えるつもりか。

 わたしは忘れんぞ。キサマのくれた役に立つやら立たないやらよく分からん餞別を。

 ――ああ、感性がずれてるってこういうことか?


「まあ、旅立つお前に俺から言えることは一つだけだ。これを正真正銘、最後の餞別とする」


 予想外の真面目なトーンに、思わず神(仮称)の方へ向きなおり――背後から青い光に包まれた。

 出口の方が、希望に近づいていたのだ。


「楽しんで来い」


 浮遊感。

 どこかに落ちていく感覚。

 右手を軽く挙げて、見送るような神(仮称)の姿。

 ああ、あいつは――彼は、ろくに挨拶もさせないまま、希望を送り出そうというのだ。

 言いたいことはいくつもあった。文句はいくらでも頭に浮かんだ。


 でも、言うべき言葉は一つしかない気がした。

 だから、希望は、一言だけはっきり口にした。

 ぎりぎりのところを助けてくれた、小憎らしいけどどこか憎めない「神様」に向かって。


「――いってきます」


 直後、希望の意識は光に呑まれた。


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