第24話 トーマ・ゼノ・ウィンザード・アーシュラウム
お待たせしました。
ビシリ、と空気にヒビが入った気がした。
隣のレオンが、思いっきり動揺した気配を感じた。
いやまってそもそもなぜわたしがレオンの隣で前列にいるのか、今頃になって疑問に思い始めたんだけど、ともかく今はそれどころではないこともない気がしないでもない。
行くって言ったのわたしだけど人見知りに王様の相手させないでくださいお願いします。
「ッ――!」
あとゼッちゃん今絶対吹き出すのこらえただろ覚えてろ。
「ははは、そう緊張せずとも良い。そなたは桜井、希望というのだな?」
明確に苗字と名前の区切りを付けて、王はそう言った。
希望のコミュ障クソザコ挨拶は大目に見てくれるらしい。なんだこの王。いいヒトかよ。
それはそれとして、この世界で初めてしゃくれ呼ばわりされなかった。それも極めて正確に、希望の名前を苗字と名前で区別して呼んだ。
ちょっとうれしい。
さすが王様、きっと常人とは異なる知識を持っているにちがいない。
「あ、はい」
まあ、それはともかく問われたことには答えないといけないので、希望は頷いた。
王は希望の返答を見て鷹揚に頷き、再度口を開く。
「そうか。彼女たちは昨日王都入りし、滞在場所もままならぬまま、我が国の子供たちを助けることに尽力してくれた。その報告に間違いはないな、ライオネル」
らいおねる。
え、誰らいおねる。
「――は。ご報告申し上げた通りにございますれば」
王の言葉には、隣のレオンが答えた。
え、ライオネルなのこのヒト。レオンどこいった。
髪型変えるとレオンからライオネルに人格チェンジするとか、そういうやつ?
やめてそれすごく中二っぽい――!
「そうか。では、希望」
「ッ、はい」
「シルヴァ」
「はい」
「ゼクス」
「……はい」
王は希望たち三人を改めて見やり、
「この国の民に代わり、心より感謝を。ありがとう」
瞬間、謁見の間全体がざわめいた。
わからないでもない。なにしろ一国の王が、どこの馬の骨ともわからない旅人三名に頭を下げたのだから。
「陛下! 一国の主が易々と頭を下げられては示しがつきませぬ!」
誰か(きっと大臣とか、そんな感じの人だろう)がたまらず声を張り上げる。
その通り、と内心同意。
さらに落ち着かなかったのか、シルヴァも口を開いた。
「その、王様。頭を上げてほしい。俺たちはあなたに頭を下げてもらうために来たわけではない」
「ふむ、そうか。確かに頭を下げた余を見せるために呼んだわけではないな」
悪びれもせず、王は何食わぬ顔で頭を上げた。
これ、みんなの反応見るためにわざとやったんじゃなかろうな。
だとしたらとんだお茶目さんかつ得体が知れなさすぎるわけだが。
「とはいえ王というものは国の顔だ。民を護ってくれた者に対して礼の一つも言わないのではあれば、それこそ器も知れようよ。余の礼の言葉くらいは受け取ってもらえぬか」
「謹んで承りますわ、王。もったいなきお言葉」
戸惑いの色を隠せないシルヴァに代わり、今度はゼクスが口を開いた。
そつのない返答である。
希望? 安定のクソザココミュ力ですがなにか?
「となれば、功労者には褒美を与えねばなるまい」
褒美!
と喜んでいいものか。いやホント大したことしてないし、いきなり呼び出しくらってご褒美とか、逆に胡散臭さしかない。
「聞けばそなたたちは旅人で、身分を証明できるものもないと聞く。冒険者として活動するつもりもないのであろう?」
とりあえず、頷く。
なぜこう、「今後の予定」みたいな話になるとシルヴァもゼクスも「希望に任せる」的なスタンスになるのか――!
「であれば、この国に滞在する間の身分は、このトーマ・ゼノ・ウィンザード・アーシュラウムが証明するものとする」
「……え?」
え、なにそれ。
わたしたち絶賛無職だけど、とりあえず不審者じゃないよって証明を王様がやってくれるってこと?
え、それやばくない?
「なに、職がなければこの国で職を見つけるものよかろうよ。それまでの宿代くらいは余が立て替えても構わぬ」
「……えぇ」
もの凄い勢いで外堀が埋められている気がする。
レオンをチラ見すると、まじめくさった表情の端で、口元をひくつかせていた。
つまりこれは、彼としても想定外な事態であるということだ。
「陛下! それはあまりにもお戯れが過ぎるというものですぞ!」
玉座に近い位置から、異を唱える声が上がった。
見ればでっぷりと脂ののった、太ましい男が一歩身を乗り出している。
ちょいちょいこっちを見る視線が気に食わないけど、そこには目を瞑ってやるいいぞもっと言ってやれ。
「ただの平民の子供を地下水路から連れ出した程度で、陛下御自らがこやつらの身分を証明するなど、あってはならぬことですぞ! そこな黒髪の乙女はまだしも、残るは半魔と薄気味悪い白染め! 陛下と直々にお目通り叶うだけでも異例の――」
「ロドリゲス」
おそらくはそれがその太ましい男の名前なのだろう。
静かに、しかしはっきりとした声音で、王が言葉を発した。
それだけで、びくり、とロドなんちゃらは黙り込む。
「それは、余の決定に不服があるということか?」
「い、いひぇッ、そ、そ、そうひう、わけでひゃッ」
なんというか希望にもわかる、とってもわかりやすい「圧」である。
まあ、王様なんだから臣下に対してこれくらいのことはできるのだろう。
シルヴァとゼッちゃんを悪く言った罰だ怒られてしまえ(華麗な掌返し)。
「ならば余計な口を挟むでない。貴様に不利益はあるまい?」
「は、はっ」
太い人は脂汗をだらっだら流しながら、一歩引いて元の位置に戻った。
「希望。そなたらから申しておくことはあるか? 不服を言う権利は、そなたたちにこそある」
ぶんぶんぶん。首を横に振る。
コミュ障にこんな場でなにを言えとおっしゃるのかこの王様。
身元保証人が王様というのはとってもありがたいだけど、迂闊に変なことできなくなって困りますとか言えと?
こういうときにゼッちゃんがなんか言ってくれればいいのに、こういうときにあの子絶対助けてくれない――!
わたし、強いられてる。
「そうか。ではひとまず、今後の連絡はそこのライオネルにさせることとしよう。よいな?」
「……御心のままに」
王は満足気に頷くと、ライオネル――つまりレオンにそう告げる。
若干の戸惑いこそあれ、レオンは素直に頭を垂れた。
「此度のそなたたちの働き、誠に大義であった。謁見はこれにて終了とする。皆の者、下がって良いぞ」
最後に王が一言述べて、希望たちの王城訪問は終了となった。
*
「だっはー、肝が冷えたぜ」
整えた髪を乱雑に掻き毟り、見慣れたぼさぼさヘアーになったレオンが、帰りの馬車の中でそう言った。
希望がクソザコ挨拶でレオンには無駄に心配をかけたのは事実である。
「う、ご、ごめん」
「まあ、希望の挨拶がああなるのなんて予想はできていたでしょう?」
おい待てゼッちゃんどういう意味だコノヤロウ。
「あー、まあそれはともかくだ」
しかも露骨に話題を逸らしやがったこのケモ耳野郎。
「シルヴァとゼクス殿には不快な思いをさせて申し訳ねえ」
「……何の話だ?」
「ああ、餌をよこせとわめいたオークもどきのこと?」
ぺこりとレオンは頭を下げる。なんかゲスっぽい太い人の発言のことだろう。
首をひねるシルヴァと、鼻で笑うゼクスがとても対照的だった。
「オークもどき……いやまあ、あながち間違っちゃいねえけどよ」
「ああ、王に声をかけた彼か。俺が半魔であることは正しい。特に不快なことを言われた覚えはない」
「わたしたちが王の目に留まったのが気に食わないから、餌なら自分にくれって喚いただけでしょう、あの豚」
ゼッちゃん、ものすげえ辛辣である。
とはいえまったく気にした風でもない。
真っ白お化け(意訳)と呼ばれたも同然だというのに。
「希望。今なにか不穏なことを思わなかったかしら」
「あ、や、別に」
「わたしはわたしの白さに誇りを持っているの。外野がなにか囀ったところで、わたしの心には何一つ響かないわ」
じゃあええやんけ。
白さに誇りを持っているとか、洗剤かなにかみたいな口ぶりである。
「希望?」
「あーうん、おなかすいたね、うん」
「メシか。そうだな、壷中天でなにか食いつつ今後の話をするとすっか」
「あ、賛成。まずわたしに食わせろ。なんかこう、いいやつ」
ゼクスの視線から逃れるため、レオンの提案に全力で乗っかった。
おなかすいたのも事実ではあることだし、まずは宿に戻ってお昼にしよう。
「ああ、ようお戻りんした、ノゾミ様方。お食事のご用意ができておりんす」
「へ」
そうして宿に戻ると、壷中天の女将さんがそう言って迎えてくれた。
ご飯の準備ができている? 特に予約とかお願いとかしていなかったのだが、レオンが気を回して遣いでも出してくれたのだろうか。
レオンを見る。首を横に振った。
「奥の『古龍の間』でございんす。ええ、先にパーシー様が入られておりんす」
おお、ということはパーシーが気を利かせてくれたのか。
謁見の間には一緒に行かなかったから、帰って来るタイミングを見越して注文してくれていたのだろう。
女将さんの案内で、一番奥にあるという「古龍の間」へたどり着く。
「……むむ、これはクロフォード産の麦を使用して蒸留したもの――『ミストラル』でござろう」
「お、また当たりだ。いや、君は凄いな! ここまで利き酒ができるとは思ってもみなかったよ」
「なんのなんの、某、これと魔法くらいしか取り柄がないでござるので」
と、話し声が部屋の中から聞こえてきた。
一人はパーシーだろう。希望たちが来る前に、昼間っからお酒とはいい度胸である。
しかし、もう一人は誰だろう? ここで新しいヒト紹介されても困るんだけど。
「――――」
あとレオンがめっちゃ顔ひくつかせてるのが気になる。
すんごいいやな予感しかしない。
「あの、わたし帰っていい?」
「頼む、いてくれ」
懇願された。
この世界に来て、いまだかつてここまで人を見捨ててでも逃げたいと思ったことがあっただろうか。
覚悟と、諦観と、ほんの少しだけの好奇心を胸に、女将さんが扉を開けるのを見つめる。
「レオン様たちが御着きになりんした」
「おお、レオン殿。お待ちしていたでござるよ」
「やあレオン。先にやってるよ。希望くんたちも、よく来てくれた」
部屋の中には、漏れ聞こえた声の通り二人の人間がいた。
一人はパーシーだ。
そしてもう一人。
健康的に日焼けした肌。赤みの強い髪。柔和さの中に、どこか荒々しさを湛える黒い瞳。
一応服を庶民っぽくし、ヒゲを生やして変装はしているらしいが、そんなんでよくここに来れたなってくらい雑な変装の――さっき別れたばっかの人がいた。
「なんで。え、なんで」
思わず二度聞きしてしまう希望である。
それに対し彼ははっはと笑い、
「決まっているだろう、懇親会だよ」
うっそだろお前なに考えてんの?
ネタを思いついたので、並行して別作品を執筆中です。
ご存じのとおり超遅筆なので、アップがいつになるやらわかりませんが、発表できる程度に文章が溜まったらアップします。
引き続き拙作をよろしくお願いいたします。




