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 ――『視え』ない。『視え』ない。わたしには、『視え』ていない。

 そう念じ続けることで、いつしかソレは『視』えなくなった。





 最悪の出会いだった。


「どうした? 占師せんし


 その声には、はっきりと嘲りが含まれていた。客である黒髪の青年から、エーファは敵意を感じた。


「時間を無為に過ごさせるのが占師の手口か?」


 実際の年齢はわからないが、自分と同年代の少年と比べると青年は年上に見えた。衣服も紺地の、派手さはなく地味な仕立てなのにもかかわらず、よく見れば上等だとわかる代物だ。エーファが出入りを許されている限られた界隈――この裏街ではあまり見かけない。

 少なくとも、平民以上の身分に違いない。くわえて、たぶん、彼は『外』からきた人間だろう。


 『外』の人間。

 

 それだけでも苦手意識が働くというのに、エーファが殊更に緊張しているのは、青年が持つ色彩のせいだ。


 青年の、瞳の色。

 赤色のそれ。


 赤は、神聖な色。最も尊い色。平民には許されぬ色。

 しかし、青年の瞳の色は、赤を含んではいても、特殊だった。


 赤は赤でも、黒を帯びた赤。


 この色彩は、エーファの生まれたキトリスではち色と呼ばれる。他国人であるバスハ人にのみ、稀に見られる色だ。その瞳の色を指して、朽ち色、と言う。

 実際の朽ち色は、エーファが想像していたよりも、赤い。

 赤にして赤にあらず。つまり、認められない、ということ。キトリス人にとっては、厭われる色なのだ。普段、意識したことはないが、こうして実物を持つ人間と会ってみて、エーファ自身にもこの価値観は知らず根付いていたのだと実感する。


 ……そうでなければ、こんなに緊張するはずがない。青年が『外』の人間で、朽ち色の瞳だから、自分はこんなにも動揺している。


(――あれは、関係ない)


 エーファは心の中で、呟いた。

 青年は卓に片肘をつき、依然として好意的とは言い難い視線をこちらに向けている。青年の目は最初の一度しか見ていないが、それは感じた。エーファは身体中に突き刺さるような視線に押され、ようやく、口を開いた。


「余計なこととは思いますが、何故バスハ人であるお客様が占いなんて……」

「外れ」

 エーファの言葉を遮り、青年が言い放った。思わず、伏せていた顔をあげると、朽ち色と視線がかち合った。


「俺はキトリス人とバスハ人の混血だ」

 青年の瞳は、言外に、占師のくせにそんなこともわからなかったのか? と告げていた。

「それぐらい、わかって欲しいものだな。銀髪の占師殿」


(どうして、こんなことに)


 唇を噛む。


 わかってはいる。

 エーファはさきほど、歩いていた青年にぶつかり――そのせいで、こんなことになっている。隠すよう言い含められている髪のことが気になって、注意力散漫になっていた。いや、そうでなくとも、自分の素性を知っている人間が、側を平気で歩いているなんて、滅多にないことなのに。


 せめて、占具を持っていなければ言い逃れができたろうが、エーファは普段、腰に下げた皮袋に占具を入れて持ち歩いている。ぶつかった時に、袋の締め紐が外れ、占具である石が地面に落ちた。青年は無言で手伝ってくれたが、占具を見られてしまった。


 それが運の尽きだ。

 そそくさと去ろうとしたエーファは青年に占いを請われた。断れば、追いかけてきそうな雰囲気を醸し出して。

 だから、エーファはこの場では占師であり、青年は客ということになる。

 幸いというべきか、エーファは――占師ではないが、占師まがいのことは、確かにできた。ここが、裏街であるという場所柄も関係している。


 だが、占師でなくともわかるはずだ。

 この青年は占いも占師も信用していない。


 キトリス人の生活に、占いは深く生活に浸透している。しかしバスハ人は、その対極にある。彼らはキトリス人と違い、占いをまったく信用していない。唾棄すらしている。

 実際、この街にもバスハ人自体は居るが、エーファが普段、占師の真似事をしている時、彼らが占って欲しいなどとは言ってきたことはない。青年は混血だと言ったが、バスハ人の血をひいてはいるのだ。


 『外』なら、ちゃんとした占師がいくらでもいるだろうに。

 それとも逆に『外』の人間だから、物珍しさでここでの占いを望んだのだろうか?


 すう、と息を吸い込む。覚悟を決めて、青年の顔を正面から見つめた。

 朽ち色が目の前にある。

 震えている両手をぎゅっと組み合わせる。口を開いた。

「この十三の石を、上下、裏表、お客様の好きなように並び替えてください」

 努めて、普段通りを心がける。


 エーファは石を用いた占いを得意とする。キトリスの伝統的な占いでもある。行うかどうかは別として、やり方は占師として認められた者なら知っている類のものだ。

 占師は自分で使用する石を十三個、精査し、選ぶ。次に古代キトリス文字で数字を一から十三まで石に刻む。こうして占具が完成する。


 ――すべては、あらかじめ決められている。


 その流れとでもいうべきものは、万物にあらゆる形で現れている。ただし、人間のそれは知るのが難しい。

 それを占具という媒体を使い、個人に決められている流れを読み取るのが占師の仕事だ。師から学んだ時は、暗記に似ている、とエーファは思った。過去に培われた膨大な量の知識があってはじめて成り立つ類の。そして、暗記の段階を過ぎると、石と数字が形作る図像が浮かぶようになる。


「いいだろう」


 青年が、無造作に、指の先端ほどの小さな石を並び替え始める。

 石の並び替えが進むごとに、おそらく本人よりも真剣に、息を呑んで見守っていたエーファの表情が和らいでゆく。


(良かった――)


 内心で胸をなで下ろす。

 青年と出会った時――いや、青年の朽ち色と最初に視線が交わった時、視えたもの。

 しかし、こうして青年が選んでいる石の在り方は、とても自然で、少なくとも、『あれ』とは合致しないし、起こるようにも思えない。現に、石には暗示されていない。


 それに、ずっと……『視て』などいなかった。きっと、間違いだったのだろう。あの能力は、なくなったのだ。


 自分は、『視え』なくなったはず。


 青年が、十三個目の石を置いた。


「結果は?」

「はい」

 説明しようと、一の石を手に取りかけ――エーファは目を見開いた。


 触れた途端、真ん中から石が真っ二つに割れた。

 唖然とするエーファの手の内から、割れた片方が転がり落ちる。


「割れたな」


 どこか面白がるように、青年が言った。



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