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 シェーンハン新街は地方としては気候が温暖な上、水が豊富で、近隣に狩猟用の森林もある。そこで、当初、王族用の夏の避暑地としてカルクレート城が建てられた。

 その中心となるのが、ルーレ離宮。

 以後、増築が繰り返され、最後に大々的な増築が加えられたのは、ネール戦争中のことだ。シェーンハンまでバスハ人が進軍してくることを恐れてのことだった。


 新歴一三二五年、ネール戦争が開始された。


 キトリス対バスハの、その戦いは、当初、バスハ国有利で進んでいた。

 これは当時のキトリス国王、ルムロフ王が占宮をないがしろにしていたせいだ、と言われている。占宮に従わなかったから、苦戦を強いられたのだと。


 キトリスで占いが一般国民にまで浸透し、占師が重宝されているのには理由がある。

 初代国王の時分から、占師の助言によって、キトリスは成り立ってきた。

 国家に降りかかった難事克服の影に、常に占師が――占宮の力があった。

 ところがルムロフ王は占宮を疎んじ、独力で偉業を成し遂げようとした。その結果、ネール戦争中に病に倒れ、回復することなく逝った。


 次の王は、占宮の支持が決め手となって選ばれた。現在の国王である、三十二歳だったイスクラ三世だ。イスクラ三世はルムロフ王とは異なり、占宮の言葉に耳を傾けた。

 国境を侵され、自国内をバスハ軍が進軍する苦しい戦況の中で新王として即位したイスクラ三世は、降伏を考えていた。


 しかし、占師、アレーラの言葉に、奮起する。


 アレーラという年若い女性占師は、戦争に関する占いを的中させた。この功績により、アレーラは王の専用占師――王の占師となった。

 このときより、キトリス軍は快進撃を続け、戦線を押し返した。


 やがてキトリスはバスハに勝利する。バスハ国の王が情勢不安の中で暗殺され、内部統制が崩れた後は、戦争にすらならなかった。

 一方的な蹂躙だ。バスハ国の王都陥落をもって、ネール戦争は一三二八年に終結した。

 だが、バスハ国民のキトリスへの反発は大きく、戦争終結後も両者の諍いは絶えなかった。


 イスクラ三世は融和策を推奨する。両国人の結婚を奨励し、元々のキトリス領土内にもバスハ人を住まわせる移住政策を採った。

 また戦争中に即位し、妻に先立たれ、子どももいなかったイスクラ三世は自らも再婚する必要があった。そこで、戦争終結の年の内に、バスハ人の妻を娶った。ただし、正妃としてではなく、側室として。同時に、自国の公爵家から正妃を娶る。

 どちらも完全な政略上の結婚だったが、バスハ人の側室が先に男子を産み落とした。


 健康な、第一王子を。


 側室の子であれ、男子ならば、王位継承権は第一位だ。

 ただし、第一王子には問題があった。


 容姿だ。


 父親からの遺伝をまったく受け継いでいなかった。バスハ人そのものの容姿だったのだ。それだけならまだしも――朽ち色の瞳を持っていた。


 朽ち色の瞳を持つ者は、バスハ人の間では、救国の存在である証。


 敗戦を経てなお、バスハ人がキトリスに強く反発し続けていた理由は、ここにある。

 キトリス人にとっての助けが占宮なら、バスハ人にとっての助けとは、朽ち色の救国者のことだった。

 朽ち色のバスハ人は、何十年かに一度必ず生まれ、バスハを救ってきた。

 それはつまり、朽ち色の瞳を持つ指導者に、キトリスが苦しめられ、辛酸を舐めてきたことを意味する。バスハ人の歴史の中で、救世主と崇められる彼らは、キトリスから見れば、いずれも大罪人だ。


 第一王子の瞳の色は伏せられたが、バスハ人の間に、いつの間にか流布していた。


 バスハ人は気色ばんだ。

 憎いキトリス人の血を引いてはいるが、朽ち色の瞳を持つならば、あの王子こそが我らの救世主なのではないか? 


 我らの救世主が王として即位するとなれば、キトリスはバスハ人にとってこそ、住みよい国になるに違いない――。


 イスクラ三世は箝口令をしいた。第一王子の瞳の色を伏せ、公式の場には出さないようにした。息子の瞳の色を隠すため、目を覆う硝子を職人に作らせもした。

 バスハ人のような容姿の王子。それが第一王子だった。


 ……数年後、正妃が待望の子を生んだ。


 美しい、父と母の容姿を受け継いだ第二王子を。

 生粋のキトリスらしい、色彩と容貌を持った王子だった。

 王子はカールと名付けられた。

 血統、容姿。第二王子カールこそ次期国王に相応しい。


 しかし、順当に考えるなら、第一王子にこそ継承権がある。


 それでも、王子たちが幼く、国王が壮健なうちはよかった。


 王が体調を崩し、病に倒れ、先送りになっていた問題に、国が直面しなければならない時がやってきた――。



「そういうわけだ。理解したか?」

「……は、い」


 アウセムの問いに、こくりとエーファは頷いた。


 実際、アウセムの説明は非常にわかりやすかった。自国に関して基本的な知識が不足していたエーファでも、ネール戦争の詳細、現在キトリスで王位継承権問題が起こっていることが、よくわかった。

 しかし、それよりも何よりも、それ以前の問題として、何故自分が――アウセムから――つまり、第一王子本人からこんな講義を受けているのかがどうも理解できない。


 あの、エーファが貴族だと思っていた――本当は第二王子だったとついさっき知ったが――カール王子と、そして占宮から、自分は招かれたのではなかったのか。

 しかし、自分は、アウセムに連れられてカルクレート城に、やってきていた。


 水路と城門に守られ、長方形の建物の周囲に円形状の塔が立つ、荘厳な佇まいの城へと。


 それも、衆人環視から、嫌というほどの視線を浴びながら。


 城には門が三つあって、影武者が乗り込んでいたという王家の馬車にアウセムと共に乗せられ、西門から入城した。


 城内でも、視線を浴びた。

 だが、アウセムが歩を進めるごとに、視線の数が減っていった。


 荒廃――というわけではないが、同じ城の内部だろうに、いやに殺風景で、ついには仕えている人間の姿も見掛けなくなってしまったほどだ。


 その状況は、アウセムの部屋、なのだろうか、執務室らしきところに入っても変わらなかった。

 さすがに、みすぼらしいような物こそないとはいえ、必要最低限のものしか室内には配置されておらず、とにかく雰囲気が、妙にしんとしていて、寒々しいのだ。

 装飾らしい装飾もない。

 アウセムたちがシェーンハンに入ったのが最近だったとしても、城は城伯によってきちんと管理されていたはずなのに。

 むしろ――『城』の、囚人が居住する東棟の雰囲気に、通じる。


 ただし、唯一、机の側に寝そべっていた、灰色の毛並みを持つ大型犬の存在が、その雰囲気を軽減させていた。

 警戒心が強いのか、エーファのほうにも近寄りもせず、一瞥しただけで身動き一つしない。


 皮肉なことに、アウセムの部屋がなまじエーファの慣れ親しんだ『城』に似ているせいで、王族の城にいて、しかも第一王子と同じ空気を吸っているという緊張感はあまり感じなくなっていた。

 しかし、自分は何故ここにいるのだろうという思いは強まるばかりだ。


 やはり、処罰されるのだろうか?


 よりにもよって第一王子に、あなたは殺される、などと暴言を吐いてしまったし、占師について知らないバスハ人ならともかく、アウセムはエーファが占師でないことは、承知しているだろう。

 裏街には、占師など存在しないのが普通なのだから。


 執務用机と揃いの椅子はあるのだが、アウセムは無地の絨毯が敷かれた床に腰を落ち着けていた。それに倣い、制服の上着を肩からかけたままエーファもぺたんと床に座っている。上着は、馬車の中で、アウセムが貸してくれたものだ。


 髪を隠せ、隠せ、といろいろな人間に言われ続けていたので、てっきりそういうことなのだろう、と上着を頭から被ろうとしたのだが、アウセムには「髪を隠すな」と正反対のことを言われてしまった。


 寝そべっていた犬の耳がピクリと動いた。顔を上げ、エーファにそうしたように、扉へ向かって唸る。


「ガルシャス殿下!」


 バンッという音を立てて、執務室の扉が開いた。


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