表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/61

60. 外堀

 城に着くと、何故かヴィスタが馬車の降車場の所で待ち構えていた。ゲストを迎える立場としては些かやりすぎな感も否めない行動だが、王子としては全く持ってありえない行動にエリィは呆れた様にヴィスタを見る。


「リズ、良くき……」

「殿下、ハウス」


 食い気味にそう言って、エリィが城に向かって指差しすれば、ヴィスタは何とも楽し気にくつくつと笑った。ノエルもそんな二人の様子に肩を震わせながら笑う。


「我が愛しの婚約者殿を迎えに出たと言うのに、酷い扱いだな?」

「元、ですわよ?人聞きの悪い」


 嫌がらせにも似た軽口をピシャリといなし、エリィはヴィスタの耳を軽く引っ張って口元を近づけ、彼に聞こえる程度の小声で文句を連ねる。


「こんな見通しの良い所でボーっと突っ立ってるなんて賊に狙ってくださいと言っているような物ではないですか!」


 まなじりを吊り上げながらそう文句を言えば、何を思ったのかヴィスタはそのままエリィを抱き込む様にして腰を引き寄せ、抱き上げた。


「ちょっ……なにをなさるんですか」

「何をなんて言うまでもないだろう?親愛の情を示してるだけだが」


 そう言ってヴィスタは暴れるエリィの顔に手を添えると、頬に素早く口付けを落とす。その行為に驚いて一瞬目を見開いた後、すぐさまエリィはキッとヴィスタを睨んだ。すると視線の合ったヴィスタはエリィを地面におろすと意地の悪そうな顔でニヤリと笑い返した。


「い、嫌がらせですか!」

「心外だな。愛が溢れただけだ。……あー、ちなみに今、アニ―ニャがエリィの事を馬車の中から射殺す勢いで睨んでたぞ」


 その言葉に降車場をバッと振り返れば、確かにドリエン公爵の紋の入った馬車が城門の外へと向かう姿が目に入った。


「嫌がらせじゃないですか!!!」

「モテる婚約者を持つと言うのも大変な物だな?」


 相変わらずニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべるヴィスタのわき腹を腹立ちまぎれにエリィはつねる。そんなエリィとヴィスタを微笑ましそうに見ながらノエルはゆるく笑った。


「相変わらず仲が良いね」

「だろう?リズは私の事が好きで好きでしょうがないからな」


 ノエルがしみじみ言った言葉に、ヴィスタはここぞとばかりに悪ノリする。思わずヴィスタの足をヒールでぐりぐりと踏んでしまったのは仕方が無いと言えよう。それでもヴィスタは小さく呻いただけで、再びエリィの腰に回した腕に力を入れて自分の方へ引き寄せた。


「もう!一体何なんです!」


 そう言ってヴィスタを見上げれば、ヴィスタはエリィではなくノエルを胡乱気に見ていた。


「意外だな。ノエル殿下は妬いたりはしないのか。セシルやヨシュア、フィリオ―ルの前でこんなことしたら、それこそ殺されそうな視線を感じる物だが」

「え?」


 ヴィスタの言葉に、まるで寝耳に水と言った感じでノエルは目を丸くして首を傾げた。そして合点が言った様に小さく頷くと苦笑した。


「俺はエリィの事は好きですが……えっと、その……」


 そこまで言うとノエルは困った様に頬をポリポリと掻く。


「そう言う対象として見られないと言うか……」


 気まずそうにノエルが小さな声で言えば、ヴィスタは吹き出す様にして笑った。


「残念だな、リズ。ノエル殿下に振られたぞ?」

「だからなんで私が振られた風になってるのよ!」


 ヴィスタの腕から抜け出そうともがいていると、笑いながら静かに近づいてきたノエルがそっと手を添えてヴィスタからエリィを引きはがす。その行動に対してヴィスタは何とも不可解な物を見るように眉根を寄せた。


「そう言う対象ではないのではなかったのか」

「対象ではなくても、嫌がってる女性を助けるのは当然ですよ。そもそも、対象として見ないだけであって、俺はエリィの友としてエリィにふさわしいかどうか見極めもしてるつもりだし、何よりエリィの味方だから。エリィのためならヴィスタ殿下でも敵に回しますよ?」


 そう言って人好きのする顔でニコリと笑う。そうすればノエルはため息を一つ吐くと軽く両手を上げ、「つまらん」と一言呟いた。


「ホントにもう、何なんですか。今日はちょっと悪ふざけが過ぎますわ」


 エリィが不愉快だと言うように頬を膨らませれば、ノエルが「まぁまぁ」と宥める。それを横目で見ながら、ヴィスタは再び「つまらん」と小さく呟いてあげた両手をそのまま頭の後ろに回し、城内へと向かって歩き出した。


「で、ヴィスタ殿下は何故こんなことを?」


 未だにプリプリと怒っているエリィの背に軽く手を添えて歩きながら、ノエルがにこやかな表情で問えば、ヴィスタはチロリとノエルを見た後視線を前に戻して口を開いた。


「敵は把握しておかないと、と思ってな」

「ご期待に添えられず申し訳ない」


 笑いながらノエルがそう言えば、ヴィスタは「いいや」と短く答えた。その様子に少しいつもと違う何かを感じて、エリィは訝し気にヴィスタを見る。それでもヴィスタは振り返らず前を向いたまま足を進めた。


「気を抜くと敵が増えるからな」

「いつも気を抜いてばかりではないですか」

「私ではない、リズが、だ」

「何故私が、なのです」


 エリィのその質問には答えず、ヴィスタは体を少し捻るとノエルの方へを顔を向けた。


「ノエル殿下、エリィの力については?」

「ああ、先見ですか。一応うちの国にもそれなりに情報は入ってますよ」


 そうノエルが返せば、ヴィスタは面白くなさそうにしながらも鷹揚に頷く。そしてエリィへと視線を向けると拗ねたような表情で言葉を続けた。


「フィリオ―ル。あいつは意外と強かだぞ」

「何故いきなりフィリオ―ル様なんですか」


 飛び火した様に突然飛んだ話題にエリィは疑問でいっぱいのままヴィスタを見れば、ヴィスタはむすっとした表情になってエリィを半眼で睨んだ。


「王子の婚約者でなくなった先見の姫をそのままディレスタ侯爵家だけに保護させているのは心もとない。是非我が息子と婚約をさせて公爵家、侯爵家の二家で守るべきだ、と。リーストン公爵より父上に進言があった」

「初耳ですわ」

「その進言の内容に、リズとノエル殿下との仲に言及され、先見の姫が国外に流れるのではないかとの不安の声も上がった。その前に婚約をさせて阻止すべきだと言う声もあってな」


 思っても見なかった方向性の話に、思わずノエルとエリィは顔を見合わせる。


「外堀を埋められかけているわけだ」

「お、お父様はなんと……」


 縋る様にエリィが尋ねれば、ヴィスタは苦々しい表情で軽くエリィを睨んだ。


「リズが納得するなら構わないと。ノエル殿下だろうがフィリオ―ルだろうが。フィリオ―ルの方は先見の姫を国内に留めて置くことの有用性を重鎮共に説いて回って、外堀埋めに必死だよ。王子の学友の立場をフルに使って王城には入りたい放題だからな」

「……私は誰とも婚約などするつもりはないですわ」

「だったら私との婚約を破棄すべきではなかったな」

「でも……」

「ちなみに聞きたくはないだろうが、お前を先見の姫だと全く信じていないドリエン公爵からも、リズへの婚約許可を求める書状が届いてるぞ」


 その言葉にエリィが思わず立ち止まって息を飲むと、ヴィスタは皮肉っぽく笑った。


「お前を押さえれば、自分の娘は王子の婚約者にねじ込めるし、リズを手に入れたドリエン公爵家は王家からの重用が約束される様な物だからな」

「ドリエン公爵には子息がいらっしゃらないではないですか!」

「ちゃんと言い分はある。……婚約破棄と言った令嬢にとっては致命的な傷もつき、病弱でもある姫を、未来のある子息に嫁がせるなど年若い者たちの人生を潰すような事だと言う年寄り共が納得しやすい理由がな。だからこそドリエン公爵の後妻に迎えれば周り全てが納得済みで幸福だと」


 余りにもな話に眩暈がしてふらつけば、慌てた様にノエルがエリィを支えた。


「……死んだほうがましだわ」

「まぁ、父上が笑いながらその書状を暖炉にくべてたが」

「なるほど、だから敵は把握しておかないと、なのか」


 ノエルも納得した様に頷き、ヴィスタの言わんとしたことも、行動の意も得たりと言った調子でクスリと笑った。


「つまりは、まだ王家がエリィを得るのを諦めたわけじゃないと言うパフォーマンスですか」


 そうノエルが言えば、ヴィスタはジロリとノエルを睨んだ。


「パフォーマンスではない。私は本気だ」

「安心してください。俺はエリィは好きだし、大事だけど。大事だけど……女性として見れないし。ごめんね?」

「だからもう、私が振られた感じにするのは止めて!私の乙女心がガリガリ削れるわ」


 エリィがそう言って両手で顔を覆えば、ノエルの軽やかな笑い声が振ってくる。それにつられるようにヴィスタも緩やかに口元を綻ばせた。そして思い出したようにエリィを見ながらニヤリと笑った。


「余談だが、一応ドリエン公爵も本気らしいぞ?生意気なディレスタの小娘を寝台に組み敷いて躾けてやると酒の席で話してたらしいからな」


 その余りに下劣な会話の内容に、エリィは嫌悪感がいっぱいになって自分を抱きしめるように体を縮めこませた。ノエルですらも珍しく嫌悪を露わにした酷く汚い物を見るような表情になった。


「と、そこまでは顔に見合った下品な男だな。死ねばいいのに。と言う感想で終わるだけだが……場所が悪かった」

「サラッと毒を吐きますわね。で、どこでそんな話を?」

「リーストン公爵の親戚筋の夜会だ」

「という事は……」

「たまたまリーストン公爵が居てね。そんな話で盛り上がっているドリエン公爵にワインをぶっ掛けた」


 お堅いことで有名なリーストン公爵の前でそんな話をすれば、そうなる事は火を見るよりも明らかである。お酒で行き過ぎた発言をしてしまっただけだとしても、リーストン公爵の親戚筋の夜会ならば、出席している可能性は高いわけだし、自業自得と言わざるを得ない。


「そしてあの清廉潔白と言った態度で”ディレスタ家のエイリーズ嬢は息子の妻となる娘だ。彼女を侮辱するなら我がリーストン家の侮辱として受け取ろう”っと激高した」

「婚約したわけでもないですのに??」

「そう、婚約したわけでもないのに」

「一体どうなってるんですか」

「リーストン公爵も伊達に公爵と言う看板を掲げているわけではないという事だ」


 吐き捨てるように言うヴィスタの意図が掴めずに首を傾げれば、ノエルが仕方が無いなと言った調子で苦笑してエリィの肩を叩いた。


「わざと派手に怒って見せて外堀を埋めにかかった。そう言う訳ですね?」


 ノエルが確かめるようにヴィスタに問えば、ヴィスタは面白くなさそうに頷く。


「だから、ヴィスタ殿下も本気かどうかはともかくとして。派手なパフォーマンスで牽制してるってことか」

「本気だと言っている」

「ああ、そこら辺はどうでもいいです」


 思いの外ヴィスタをぞんざいに扱うノエルの態度にも、ヴィスタは特段気にした様子もない。流石は元ヒロインと攻略対象者と言った感じで、同性であっても良好な関係を築いているのを感じてエリィはホッとした様に微笑む。

 ヒロインではない、男性として生まれてしまったノエル。そのノエルの行く末が気になっていなかったと言えば嘘になる。ゲームではヒロインであったノエルの友達と呼べる存在はエリィたった一人だけだった。だからこそエリィの死にノエルは激しく取り乱し、深い悲しみに落ちた。それを救い上げるのが攻略対象者たちだった訳だが、今のノエルは男性であり、もし彼がエリィが死んだ後に同じように取り乱し、深い悲しみに落ちた時に、彼を救い上げてくれる人がいるのかどうか。それが心配の一つでもあるのだ。


「ノエルと殿下も意外と仲が良いのね」

「仲が悪かったら困るよ。お互いに次期国王だよ?」

「いや、わからんぞ。継承位第一位ではあるが太子の位はまだ拝命されてないからな」

「そうね。殿下が王位についたらこの国の未来が心配だもの。陛下の心痛をお察しするわ」

「おい、リズ!すぐ私を貶すのをやめないか」

「陛下が何時までもご健康で采配を振るわれる事を望んで止まないわ」


 右頬に手を当てながら至極真面目にエリィが言えば、ノエルは吹き出し、ヴィスタは文句を言いながら腕を組んでふんぞり返るような姿勢になる。


「ノエル様」


 そんな和やかな雰囲気の中、不意に掛けられた声に振り向けば、ノエルの従者であるコヴォルが少し後ろで丁寧に頭を下げていた。足を止めたノエルが振り向いてコヴォルに近づけば、彼はゆっくりと頭を上げる。


「なに?」


 ノエルがそう声掛けるとコヴォルは一瞬だけエリィ達の方へ視線を向け、すぐにノエルへと向き直るとエリィ達に配慮してか、小さな声でノエルに何かを耳打ちした。するとノエルは嫌そうな顔で眉根を寄せる。


「どうしたの?」


 エリィがノエルにそう声を掛ければ、ノエルは大げさにため息を吐いた。


「俺宛に客が来てるらしい」

「ああ、ユーグ候の令嬢か。先程ユーグ候を見たから、恐らく一緒に登城したんだな」

「あら、お友達?」

「な訳ないだろう、リズ。彼女は熱心なノエル殿下の信奉者だよ」


 そんなエリィとヴィスタの会話が耳に入っていないのか、ノエルはうんざりした様子でもう一つため息を吐く。


「コヴォル、帰ってもらって」

「ですが……」

「今日は先約がある。それはコヴォルも知ってるだろ」

「もちろん存じておりますが、どうやらカリーナ妃よりの書状をお持ちのようで」

「……そう言えば彼女の母親は義母上殿と親交があったんだったか」


 ノエルはまた一つ大きなため息を零すと、くるりとエリィとヴィスタの方へと向き直った。


「ごめん。時間までには間に合うようにいくから、先に行っててくれる?」


 気乗りでは無いのがありありと分かると言った感じで、ノエルは困り顔になっている。それでも客人の元へ行くことを決めたのが分かれば、コヴォルはエリィ達に向かって頭を下げる。


「まだ揃っていないし、そんなに慌てなくても大丈夫よ?のんびり待ってるわ」


エリィが微笑みながら言えば、ノエルは再びゴメンねと言ってコヴォルを連れて足早に去って行った。それをヴィスタと二人で見送りながらボーっとしていれば、ヴィスタもそれに習った様にエリィのすぐ横で何も言わずに立った。


「ノエルは大丈夫かしら」

「誰も彼も外堀を埋めようと必死だな」

「ノエルには幸せな結婚をして欲しいわ」

「王族に生まれた以上、無理だろう」

「そうなのかしら」

「望もうとも望まざるとも国のための最適な妃を迎えねばならないだろうが」

「あら、良くわかっておいでですわね。早く婚姻されたらどうですか?」

「今の所、国にとって最善の妃はリズだけなんだが。それは私との婚姻を承諾したという事でいいんだな?」

「寝言は寝てからおっしゃってくださいな」

「なら一緒に寝るか。寝台の中で同じことを聞けば答えてくれるんだろう?」

「それ、リーストン公爵の前で言えます?」

「いえるわけないだろ」


 そう言ってヴィスタは口角を少し上げて笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ