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55. 動き出した思惑

泥の中を這いずる様な、酷く重く怠い体でゆっくりと寝返りを打つ。混濁とした意識を覚醒させるように無理やり瞼をあければ、夕闇に覆われた薄暗い部屋と、ベッド脇の柔らかく温かい光を放つランプが目に入った。


「起きたか?」


 気怠げにその声の方を見やれば、闇に溶けるような美しい黒髪の間から覗く瞳が心配そうにエリィに向けられた。その瞳に奇妙な罪悪感を覚えてエリィはスッと視線を反らした。


「今日は……」

「安心しろ。あれからまだ数刻もたってない」


 全てを言い終る前にサッと答えが返ってくる。そのせっかちさにイラついて、エリィはヴィスタを軽く睨む。するとヴィスタは少しだけ安心したように表情を緩めた後すぐに、ニヤリとした不敵な笑いを浮かべて見せた。


「……何故殿下が未だにいますの?」

「随分な言い草だな。付き添ってやってたのだろうが」

「王子という職業も大概お暇なのですわね?」

「いい加減、不敬すぎると思うんだが」

「あら、もうしわけありません。尊敬できませんでしたので」


 笑いながらエリィがそう言えば、ヴィスタも柔らかく笑った。その時微かにドアの外から物音がして、ゆっくりと居室の方へ目をやれば、寝室から居室への扉が僅かに開いており、居室に誰かがいる気配を感じた。そんなエリィの様子を見ると、ヴィスタは呆れたようにため息を吐く。


「ヨシュアだよ。心配なら付き添えば良いと言ったが……私に付き添うように懇願された」

「……そうですか」

「付き添うように懇願した割には、”念のためドアは少し開けておきます”などと、全く信用されとらん」

「前科がありすぎますもの」

「あれの半分は誤解だ」

「半分は誤解じゃないと自分で申告してどうするのですか」


 不満気に曲げられたヴィスタの口に、エリィは思わず声を上げて笑った。それにつられるようにして、ヴィスタも再び笑う。わざわざエリィの側を離れて、付き添いをヴィスタに頼むヨシュアの事を考えて落ち込みそうになっていた気分が、たったそれだけの事で少しだけ軽くなった。


「もう、外は大分暗くなってますわね。こんな時間まで付き合わせてしまって申し訳ありません」

「案ずるな。城には使いを出してあるし、王子と言うのも存外暇な物みたいだからな」

「……病人相手に嫌味ですか。少しは気遣いと言う物を覚えられたらよろしいのでは?」

「善処してもいい。リズが私に対する敬意を覚えたら、な」


 互いに半眼で軽く睨みあった後、瞬時に破顔する。ただの言葉遊びの様な気安い会話が楽しくて、エリィはベッドの上で少し体を丸めてくすくすと笑った。

 少し前までは本当のヴィスタを見ようともせずに、自分の考えを押し付けようとしていた。それでもヴィスタはそんなエリィに付き合って、長い間ずっとそう演じてくれていた。今更ながらその無駄にした時間を勿体無く感じる。蓋を開けてみれば、打てば響くように返ってくるこの反応がとても楽しいのだ。もっと本当のヴィスタにきちんと向き合っていれば、と悔やまれてならなかった。


「体調はどうだ?」

「発作の後にしては大分ましですわ。体がだるいぐらいで他には特に何も」

「そうか。……医者の見立てによれば”心労”だそうだ」

「そうですか」


 心当たりはありすぎるほどある。ここの所、心労の絶えない日など無いと言っても良いぐらい、色々あった。そんなのは誰に言われなくてもわかっていた。


「主な原因は殿下、なのかしら?散々色々やらかしてくれましたし」

「そんなにリズの心の中を私が占めているとは初耳だな。もっと思ってくれても全然かまわないが」

「殿下さえしっかりしてくれれば、私の心労の半分以上が解決するんですけれど」


 そういってエリィが笑えば、ヴィスタも穏やかに微笑んだ。

 と、そこで遠慮がちに叩かれたノックの音にドアの方へ顔を向ければ、人好きのする笑顔がひょっこりと覗いていた。


「ノエル!」

「起きてたんだね。思ったより元気そうでよかった」

「心配かけちゃったわね。ごめんね」


 部屋に入ってくるノエルに慌てて体を起こそうとすれば、逆にノエルの方が慌てて「そのままでいいよ」とベッドまで小走りに近づいてきた。そして手近にあった椅子を引き寄せるとヴィスタの近くに腰を下ろす。


「城に居たらさ、エリィが倒れたってシャロムがセシルを呼びに来てたから。一緒に馬車にのっけてもらったんだよね」

「お兄さまが戻ってるの?」

「うん、一緒に城から来たんだけど……なんだか話があるとかで。医者の帰りの馬車に同乗して行ったよ」

「そう。皆に心配かけちゃってるわね」

「気にしない、気にしない。あ、そうだ。王妃様のとこからチョコ貰ってきたんだよ」


 そう言ってノエルはポケットをゴソゴソと探って小さな包みを取り出した。そして少し腰を浮かせると、サイドテーブルに静かに転がした。綺麗な包み紙に包まれた数個のソレからはチョコ特有の良い香りがして、エリィは思わず目を細めてその香りを楽しむ。


「母上の秘蔵の菓子だな、それは。良く貰えたな」


 その転がったチョコの包装紙を見て、ヴィスタが少し目を丸くして感心したように呟く。その言葉にノエルは得意げに笑った。


「うちの国の希少な菓子と交換してきましたからね~」

「なるほど。……にしては3個とは随分シケてるな」

「もう少しもらえるかと思ったんですがね……」

「母上はケチだからな!3個でも大盤振舞いの気分だろうさ」


 サラリと王妃様をディスり始めるヴィスタを呆れた様に大げさに溜息をついてエリィが見れば、ヴィスタは我に返った様に気まずそうに咳払いを一つした。その様子にノエルはおかしそうに肩を揺らして笑う。


「そんなに無理しなくてもいいのに。来てくれるだけで十分嬉しいわよ?」

「でもエリィに食べさせたかったから」

「ありがとう。折角だから3人で一緒に食べましょうか」


 そう言って体を起こそうとするエリィの肩を軽く押しとどめて、ノエルは小さく首を振った。


「これはエリィのために貰ってきたんだ。後でいいから食べて?」

「でも、王妃様の秘蔵って事は滅多に食べれないお菓子なんでしょう?」


 そうやって押し問答を始めたエリィとノエルを見て、今度はヴィスタが大げさにため息を吐いて見せた。そして足を組み、その上に肘をのせると、そのまま背中を丸めて頬杖をつく。


「それはリズが一人で食べるといい」

「でも……」

「ノエル殿下の気遣いを無下にするな」


 そう言ってヴィスタはチョコの包みを一つ取り上げると、寝ているエリィのおでこにちょこんと乗せた。半眼で飽きれたような表情はヴィスタに馬鹿にされているようで、エリィは少し口を尖らせる。


「一人で食べるより、わけあった方が美味しく感じますますわ。そうでしょう?」

「……その菓子の成分には心臓病発作の予防効果がある、と聞いた。眉唾かもしれんが」


 ぶすっとしたままヴィスタはそう言った。そのすぐ横ではノエルが苦笑しながら頷く。2人がエリィにだけ食べさせようとした意図に気付き、なんとなくむず痒い気分になって、額の上のチョコをエリィはそっと手の中に握りこんだ。


「ヴィスタ殿下も素直にエリィが心配だって言えばいいのに。ほら、この間、ヴィスタ殿下からチョコ貰ってきた事あったよね?あれ、たまたまヴィスタ殿下の部屋にあったのかと思ってたんだけど……本当はエリィの為に取り寄せてたんだ。あの時は知らなくて、一緒に食べちゃったけど。だからそのお詫び、かな。こう言う固形の良質なチョコってなかなか手に入らないんだよ」

「そう、なの。……ノエルも、殿下もありがとう」


 そう言えば、ノエルははにかむ様に笑い、逆にヴィスタはますます不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。


「取りあえず一つ食べておけ」

「何を怒っているのですか」


 憮然とした面持ちのまま言うヴィスタに、首を傾げながらエリィが首を傾げながら問う。するとヴィスタは更に不機嫌そうにそっぽを向いた。


「母上のは少し甘すぎるきらいがあるが、全く効果が無いと言う訳でも無い筈だ」

「殿下?」


 そっぽを向いたまま不貞腐れた様に言うヴィスタを不審に思って声を掛ければ、ヴィスタは横目でチロリとエリィを睨んだ。そしてエリィの方に向き直ると、持ったままのチョコを奪うようにして取り上げる。些か乱暴に包み紙を開け、その中身をエリィの目の前に突き出した。


「早く口を開けろ。溶けてしまう」


 急かされるままおずおずと口を開けば、先程までの仕草からは想像できない程そっと唇にチョコが当てられた。軽く押し込まれるようにして口の中に入ったそれは、ほろ苦さと言うよりは甘さを前面に押し出しており、チョコの芳醇な香りの中に、ミルクの優しい風味を付け加えたようなそんな王道のチョコと言った感じだった。


「どう?」


 ニコニコと笑いながらノエルが問う。口の中の甘さと、ノエルのその笑顔につられたように、エリィは少し目を細めながら満面の笑みを浮かべて頷くと、不機嫌そうだったヴィスタもその表情をやわらげた。


「王妃様に強請ってきた甲斐があったよ。にしても、チョコが発作予防になるなんてびっくりだよね。初めて聞いたよ」

「そうね、私も初めて聞いたわ」

「少し前に読んだ書物に書いてあっただけだ。眉唾かもしれんと言っただろ」

「でも、効くと言うのなら毎日食べようかしら?」


 チョコは好きだしとボソリと呟きながら言えば、ヴィスタは呆れた様に苦笑した。


「太るぞ」

「……一言余計、とは思いませんか?」

「いくら何でも毎日は糖分過多だろう?週に1度ぐらいにしとけ。できれば苦めのが良い。ああ、町のは買うなよ?粗悪品じゃ効果は薄い。もっと上質なカカオ成分の濃い物を……いや、そうだな。私が取り寄せたものを毎週届けさせるか。だから余計な物を買って食べるな」

「一言余計と言ったら、そこまで畳みかけられるとは思いませんでしたわ」


 先程のヴィスタと代わって、今度はエリィが苦笑いを零す。


「でも、美味しいチョコを食べれるなら、私も頑張らないと」


 と、笑いながら言えば「頑張らなくていいよ」という気遣う様な声と、「そうだな。私も頑張ろう」と言う少しだけ偉そうな声が聞こえた。そしてその2つの声が発した内容の違いに性格の差が如実に出ている事に気付いて、エリィは更に笑う。


「そう言えばエリィ」


 エリィが笑うのを嬉しそうに見ていたノエルは、ふと思い出したように言葉を発した。その声にエリィが視線を向けると、ノエルは少しだけ困った様な顔をした。


「明日のお茶会、延期しよっか」


 明らかにエリィを気遣ってと言う表情で言うノエルに、エリィは肩をすくめて笑って見せる。普段なら納得して延期を決めて居る所だろう。しかし、明日を外すわけにはいかない。それこそ、発作で倒れてでもいない限りは行くべきなのだ。

 エリィは重たい体を両手を突っ張る様にして無理やり起こして二人に向き直る。その様子をノエルはハラハラと言った感じで、逆にヴィスタは冷静に見つめていた。


「ううん、お茶会なんて久しぶりだもの。行きたいわ」

「でも、今日は熱があったんだろ?それにこうして倒れてしまった訳だし」

「大丈夫よ。こんなので引き籠ってたら外に出れなくなってしまうわ」

「でも……」

「ノエル殿下、諦めた方が良い。私も延期か、リズが欠席するべきだと思う。が、リズは一度言いだしたら本当に言う事を聞かない。この状態のリズを言いくるめられるのはヨハンかヨシュアぐらいだ」

「じゃあヨシュアに頼んで……」

「無理だな。今のヨシュアは腑抜けだ」

「殿下、私の家族の悪口は辞めて頂けます?」

「実際そうだろう?何をしたらあんな腑抜けになるんだか」

「殿下には関係ない話ではないですか」

「どうせ原因はリズだろう?あれがあんなにも頑なにリズを避けるなんてそれ以外ない」


 避けている。その一言を聞いた途端エリィは何も言えなくなって唇を噛んだ。そして八つ当たりをする様にヴィスタを睨む。ヴィスタはただ事実を述べただけであって、今回の件に何ら関わりが無いと言うのをわかっていながら、だ。


「だが」


 エリィが睨んでいるのを露ほども気にした様子もなく、ヴィスタは言葉を続ける。


「リズのお守りにあれほど適した男はいない」

「殿下。お守りってどう意味でしょう?」


 含みを持たせたようなヴィスタの物言いに、エリィはカチンとして眉を少し釣り上げて見せた。


「そのままの意味に決まっているだろう?そうだな、ヨシュアもたまにはお守役から解放されたいのかもしれん。リズの我が儘に毎度振り回されているのを見ていると、いっそ憐れに思えてくる」

「私こそ、殿下のお守りをしているヨシュアが可哀想で可哀想で仕方がありませんわ」

「私の友は仕事だが、リズのお守りは仕事ではないではないか。見返りも何もないのによくやることだ。わがまま娘の面倒を見て神経をすり減らすなど、並大抵の神経ではできん」


 感心したように頷くヴィスタに、思わずエリィは枕をひっつかんでその顔へと投げつけた。ヴィスタはと言えばニヤニヤと笑いながらそれを難なく受け止める。


「これは添い寝をしろと言う意思表示と見るべきなのかな?積極的なのは嬉しいが、こう言うのはだな、人目のない所で……」

「わざとですか?わざとですわよね?殿下と添い寝なんて99%ありえませんから!」

「つまり、1%はあるという事だな?」

「ああ言えばこう言う!」


 さらに腹を立ててエリィは枕もとの小さなクッションも次から次へとヴィスタへと投げつけた。それを受けるヴィスタは何とも楽しそうで、更にエリィを怒らせている。


「随分と元気だな。それならば明日の茶会は問題あるまい」

「だから行くって言ってるでしょ!」


 怒鳴る様にエリィがそう言えば、にやにやと笑ったままのヴィスタの横で、肩を小刻みに震わせて笑うノエルの姿があった。そんなノエルの様子に気付いたエリィはハッとして乱れた布団を急いで整え、座りなおす。そして誤魔化す様にコホンと一つ咳払いをした。


「と言う訳だから、ノエル。明日は行くわよ?」

「わかったよ。それにしても本当にヴィスタ殿下とエリィは仲が良いね」


 相変わらず肩を揺らしながらノエルは笑った。そんなノエルを見ながらエリィは少し気恥ずかしそうに口を尖らせる。


「もう遅いですし、そろそろお帰りになった方が宜しいですわよ?」

「セシルが戻るまでは、な」

「私なら大丈夫ですわよ?」

「シャロムをセシルの護衛につかせている。その間は私の護衛がこの屋敷を警備しているんだ。何があるかわからないからな」


 その言葉は言外にディレスタ家を狙う者がいるという事を告げているようで、エリィは背中にひやりとするものを感じた。

 庭でのヴィスタの会話を思い出す。あの時のヴィスタの言葉を額面通りに受け取るならば、3月4日にエリィは死んでいるのだ。だから、未来が来ない。その言葉を今更ながら思い出した。


「どう言う事?」


 今までニコニコと話を聞いていたノエルが不審そうに首を傾げる。それも当然だろう。曲がりなりにもセシルは騎士団に所属している騎士の一人だ。普通に考えてみれば騎士に護衛が付くなど異常だと思わざるを得ないだろう。

 そんなノエルをヴィスタはチロリと見ると、さも何でもない事のように口を開いた。


「姉上との婚姻の日取りが決まったからな。万が一の事があったら困る」


 そうして発せられた言葉は、ごくごく自然な答えだった。だがそれが嘘の理由である事はエリィ自身も知っている。塔の事にしても、エリィに4日が来ない事にしても、ヴィスタやディレスタ家が何らかの事情に巻き込まれているのではないかとヴィスタだって考えているはずだ。

 だが、それを他国の王太子であるノエルに告げる気はヴィスタには無いようだった。エリィ自身もノエルを巻き込むかもしれないと思うと、それに頷くしかない。


「へぇ、決まったんだ。……いいの?」


 ノエルは少し驚いた様に頷き、そのまま少し気まずそうにエリィに視線を向けて尋ねる。そんな恐る恐ると言った感じのノエルにエリィは苦笑しながら頷いた。


「おめでたい事だわ。王女殿下が降嫁される日が楽しみね」

「エリィが良いならいいんだけど」


 そう言うとノエルは窓の外へと視線を投げて、考え込む様にして目を伏せた。その何とも言えない表情に、”エリィがセシルを好きだという設定”をノエルも知っている事を察した。心優しい親友はエリィを思って心を痛めてくれているのだと思うと申し訳ない気持ちになって、エリィも床に視線を落とした。


「あ……」


 窓の外に視線をやったままのノエルが上げた声に気を引かれ、再びエリィがノエルの方を見れば、ノエルは立ち上がって身を乗り出す様にして窓の外を見ていた。そんな様子を不審に思ってヴィスタの方を見れば、ヴィスタも何かに気付いた様に立ち上がって窓の外を見る。


「どうかしたの?」


 流石にベッドから起き出して窓の方へと言う訳にもいかず、エリィがそう尋ねた途端、ヴィスタが声を張り上げた。


「ヨシュア!」


 隣の居室に向かってそう呼びかければ、慌てたような足音が居室から聞こえてきた。その足音が近くなり、扉が大きく開け放たれてヨシュアが顔を覗かせるのと同時にヴィスタは足早に近づいて、耳打ちをする。するとそのままヨシュアは弾かれたように部屋の外へと走って行った。

 すぐに居室から廊下へと続くドアが些か乱暴に開け閉めされる音が聞こえ、ヨシュアの使用人に指示を出す声が漏れ聞こえた。それと共に、使用人たちの慌ただしく動き回る様子がうかがえ、エリィは不安になって自分の腕を引き寄せるようにして身を縮こませる。


「……なにがあったの?」

「セシルとシャロムが戻って来ただけだ」


 淡々と言うヴィスタの表情も心もち青ざめている。そんな表情でただそれだと言っても納得できるわけもなく、エリィは意を決した様にベッドから両足を下ろした。

 だが、そんなエリィの肩をおしとどめるようにしてヴィスタは首を振った。


「リズが今すべきことは体を休めることだ」

「お兄さまに何かあったんですね?……私は家族です。知らない振りなんてできません」


 肩に置かれたヴィスタの手を振り払うようにして立ち上がろうとすれば、ヴィスタが大きくため息を吐いた。そしてそのまま掬い上げるようにしてエリィを横抱きにした。それに驚いてエリィが足を少しばたつかせると、少しだけイラついたような舌打ちが聞こえる。そのまま顔を上げれば、廊下の方へ視線を向ける酷くイライラしたような珍しい表情のヴィスタがそこに居た。何か考え込む様に心あらずと言った感じで、先程の舌打ちもエリィへと言うよりは想定外の事に戸惑っている自分へと言った方が近かったのだろう。すぐにエリィへと視線を向けると再びいつものふてぶてしい表情へと戻る。そんなヴィスタの表情に少し安堵して、エリィは軽く睨みながら口を開いた。


「降ろしてください。自分で歩けますわ」

「ダメだ。これは最大限の譲歩だ。下へ連れて行ってやるから大人しくしてろ」


 思ったよりも柔らかく、しかし有無を言わせない口調で言うヴィスタに、エリィが渋々と頷くしかなかった。そうすれば、ヴィスタはノエルと少しだけ視線を合わせてお互いに頷くと、エリィを横抱きにしたまま歩き出すのだった。



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