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49. 攻略ルートと他人の情……事情


 ディレスタ家の大きな門を通り抜け、馬車が敷地内に入ると、ふとエリィの視界に前庭備え付けのベンチに腰かけたノエルの姿が目に入った。

 ノエルの方も馬車に気付いたようで、立ち上がるとエリィに向かって手を振っている。その様子はたまたまそこで休憩をしていたと言うよりは、エリィを待っていたという雰囲気だった。


 エリィは馬車の中からコツコツと御者の居る壁を叩いて止まらせ、ヨシュアに先に屋敷に戻っていてもらうように告げる。ヨシュアはノエルに気が付かなかったようで、一瞬怪訝そうな顔をした後、エリィがノエルの居る方向に視線を向けるように促すと、納得した様に頷いた。


「まだ日は高いし、一応敷地内ではあるけど、体調を崩すといけないから早めに部屋に戻りなよ?」


 まるで保護者の様に渋い顔をしながらヨシュアはエリィにそう言う。城で散々ヨシュアに心配をかけるような事があったのだから、無理はない。エリィもそれをわかっているから苦笑をしながらヨシュアに小さく頷いた。


「そんなにかからないとは思うわ。ほら、あの木の所。コヴォルが凄く不本意そうに立ってるわよ?」


 くすくすと笑いながらノエルの侍従コヴォルの居る場所を教えると、ヨシュアもプッと吹き出しながら苦笑する。


「確かに、あまり長い時間我慢できそうな顔はしてないね。それじゃ僕は先に戻ってケイトにお茶の用意でもさせておくよ」


 先に馬車を下りたヨシュアに支えられながらエリィが馬車を降りると、少し離れたベンチの方からノエルが優雅に歩いてくるのが見える。ヨシュアはそのままノエルに向かって一礼すると、再び馬車に乗り込んだ。


 エリィが少し離れて小さく手を振ると、ヨシュアは軽く手を上げた後、御者に馬車を出す様に促す。ゆっくりと走り出した馬車を軽く見送ってから振り返ると、タイミングよくノエルがエリィの側までたどり着いた。


「おかえり。思ったより遅かったね」

「……ノエルも何があったのか知ってるのね」


 少し口を尖らせ気味にエリィが言うと、ノエルはまぁねと言っ柔らかく笑って手を差し出した。その手にエリィが軽く手を重ねると、ノエルはゆったりとした歩調でエスコートしながらベンチの方へと来た道を引き返す。


「一応、イベントだから」

「そうなんだ」

「時期が大分違うから少し驚いたけどね」


 その話を聞いて初めてエリィは、あの時ヨシュアだけでなくノエルもヴィスタと行くことを止めていたのを思い出した。イベントが起こりそうだから、ノエルは行かない方が良いと止めたのだろう。だと言うのに、エリィはヨシュアの気遣いも、ノエルの気遣いも深く考えることもせずにヴィスタについていった。


「じゃあもしかしてドリエン公爵のアレも?」

「アニ―ニャはヴィスタ殿下用の当て馬だからね~公爵共々色々なルートで出張ってくるよ」

「そう、なんだ……そういえばドリエン公爵が手を上げる程の事、私は言ってないし、考えてみれば不自然だったわよね」

「あそこで揉めてるのを見た時はびっくりしたよ。本当だったら5月のイベントだったし」

「随分時期が違うのね」

「まぁ、俺が男で登場しているってだけでも十分イレギュラーなんだろうけど。それで、あの……」


 ベンチまでたどり着きエリィを座らせると、ノエルはその場で立ったままバツが悪そうに視線を反らして口籠った。その様子を不審に思いながらエリィは首を傾げて見せると、ノエルは少しだけ目元を赤くして、眉を下げた情けない顔のまま大きくため息を吐いた。そして意を決した様に口を開く。


「確認したいから聞いてもいい?」


 相変わらずほんのりと頬を赤くしたままノエルはエリィのすぐ横に座る。


「えっと、話せることなら」

「あ、うん。そ、そうだよな。デリカシーの無い質問になると思うから、怒らないで?」

「う、うん」


 少し屈んだ様な姿勢で組んだ両手で口元を隠しつつ、肘は足の上につき、ノエルはエリィとは視線を合わせようともせずに手入れされた庭を眺める。エリィが訳も分からずノエルの顔を見ていると言うのに、まるでその視線から逃れるような雰囲気がそこにはあった。


「あの先でエリィは王女とセシルを見て動揺した。間違いない?」

「……うん」


 自分を悲しい気持ちにさせたあの嫌な光景もイベントの一つだったのかと、エリィは苦々しく思いながら唇を噛む。あの光景を見てエリィが取り乱すのが織り込み済みのイベントと言うわけだ。


 シナリオ通りにルートをたどって、シナリオ通りに嫌な思いをする。それは何て滑稽な話なんだろう。


 良いように踊らされているピエロの様な自分に気付いて、エリィもノエルから視線を反らして、そのまま足元を見た。鬱々とした気持ちが湧いてしまうのも、織り込み済みなんだろうかと自嘲気味にエリィは笑う。


「エリィは、そのままその場を離れることを選んだ。間違いない?」

「そうね」

「やっぱりそうか。あそこで王女たちの会話に混ざるって言う選択肢もあったんだけどね」

「そんなこと出来ないわ」

「まぁ、そうだろうと思ってた。正規ルートは黙って立ち去る、だからね」

「正規ルート?」

「ヴィスタ殿下攻略の正規ルート」


 その言葉にギョッとして、エリィは目を見開いてノエルの顔を見た。攻略の正規ルートという事は、エリィは知らず知らずの内にヴィスタルートを進めてしまったという事になる。


「嘘でしょ?」

「ほんと。立ち去ろうとしてヴィスタ殿下と口論になる」


 ノエルが指摘した通りの流れに、エリィは息を飲む。確かにエリィはあの場から立ち去ろうとして、それを引き留めたヴィスタと口論となった。決められたルート通りに動いてしまった自分に血の気が引く思いがしてエリィは口元をそっと覆う。


「ここまではあってる?」


 膝の上で重ねた手をキュッと握りしめて、エリィは小さく頷いた。それを目の端に捕えたのか、ノエルは何とも言えない表情で頬をポリポリと掻く。


「……ってことは、しちゃったんだね」


 視線はそらしたまま確認するようにノエルはボソリと言う。それは少しの落胆とやりきれなさが混じった様な掠れた声だった。


「何を?」


 動揺はしつつも、その言葉に違和感を感じてエリィが聞き返すと、ノエルはチラリと視線を向けて、また少し赤くなった。


「キス。ヴィスタ殿下と、したよね」


 赤くなりながら言うノエルの顔を見て、エリィは思わず顔に熱が集まってくるのを感じた。ノエルが言うにはこのイベントはエリィとヴィスタのキスイベントだと言う。まるで本当にヴィスタとエリィがキスしたところを見られたような、そんな奇妙な恥ずかしさに、エリィは慌てて立ち上がって両手を胸の前で握りしめてノエルに向き直った。


「しっ、してないから!」


 半分裏返った声でそう言えば、ノエルは隠さないでもいいよと赤い顔のまま苦笑いを返した。


 だがエリィは隠したりなどはしていない。ヴィスタとキスなどしていない。これは事実だ。


「キスなんて本当にしてないからっ! 確かに帰ろうとしたし、口論にもなった。けど殿下に頭突きされて、その後腹パンして。更に喧嘩して帰って来ただけだから!」

「……腹パン?」


 真っ赤になって捲し立てるエリィに、ノエルはポカンと口を開けて驚いたような顔をする。


「本当だったら本当なの。私が殿下とキ、キスなんてする訳ないじゃないのよ」


 確かに怪しい瞬間はあった。それはエリィもわかっている。だがあの時、ヴィスタがエリィに落としたのは口付けではなく、頭突きだ。それは間違いなかった。


「頭突きと腹パンでキスなんて雰囲気になるわけないでしょ」


 半ば自棄くそ気味にエリィが言えば、ノエルはやっと理解した様に表情を戻した後、盛大に噴き出した。


「それ、本当? 恋愛イベントって何時からそんなに攻撃的な物に代わったんだ?」

「そりゃー、私と殿下の間では甘い雰囲気になりようがないもの」


 頬を膨らませながら、行儀悪くもドスンと音を立ててエリィがベンチに再び座れば、ノエルは拳を口元に当てながら未だおかしそうに肩を震わせていた。


「俺には、いい雰囲気に見えるけどね」


 からかう様に言うノエルの頬をエリィは指先でサッと摘まむと、軽く横に引っ張る。そうすればノエルはいてててと大げさに痛がって見せて、更に笑った。


「私は誰とも恋愛しないって言ったじゃない。いい雰囲気になんてなりようがないのよ」


 エリィが拗ねた様に腕を組んでそう言えば、ノエルはゴメン、ゴメンと更に笑う。


「大体において、何でノエルが真っ赤になって恥ずかしがってるのよ」

「いや、そりゃー知り合いの恋愛事情って興味あるし。でも何となく正面から聞くの気恥ずかしいじゃん?」

「恥ずかしいのはこっちの方よ。変な誤解されてたかと思うと余計に恥ずかしいわ」


 眉間に皺を寄せたままノエルに文句を言うと、ノエルは照れたように頭をかいて再びゴメンと謝る。


「でも、不思議だね。イベントの流れが本来の物と少しずれてるみたいだ」

「……そうね。時期も違うんでしょ? なんだか少し不安だわ」

「うん。そう言えば、いる筈の人物もいないみたいだし。俺も先が見えなくてちょっと不安だな」

「いる筈の人物?」

「俺にとってエリィに当たる人物」

「私にはあまり仲の良い同性の友達なんていないわよ? 学園も頻繁に休むし、社交界にもあまり顔を出さないし。そもそもそんなキャラが居るなんて初耳だけど」

「いる筈なんだよなぁ……。リアンナって言う、アイリスの腹違いの姉で同い年の子が」


 ノエルの言葉にエリィは首を傾げる。


 まだアイリスがエリィの友達と言う方が納得できるぐらいだ。そもそもアイリスは一人娘で、姉などいない。


「って、腹違い?」

「うん。妾腹の、ね。俺と同じ平民出身の元気な子だよ」


 サラリと言ってのけたノエルの言葉にエリィは軽く頭を抱える。

 エリィが知らないし、ノエルもその存在を確認していないという事は、まだ世間的に知られていないという事なのだろう。


 何が、と言えば、世間的に愛妻家とされる伯爵には愛人がいたという事が、だ。


 しかも、同い年という事は、妻と愛人同時進行だったのではないかとい疑いが残る。そう、なんとも微妙に繊細な家庭事情を暴露されていることになる。


「ノエル、それ、他の人には言っちゃだめよ?」

「流石にそれはわかってる」


 2人して神妙な顔つきになって頷き合う。知り合いの親の、公にできない恋愛事情を赤の他人が語り合うこと程微妙な物は無い。何となく2人ともそれに対してコメントできずに押し黙っていると、いつの間にか近づいてきていたのか、コヴォルがエリィとノエルの前に立ち深々と一礼した。


「ご歓談中失礼いたします。殿下、城より使いの者が参りました。母国よりこちらの国王陛下への贈答品と共に殿下へのお荷物も届いたとのことでございます」

「……そっか。じゃあ一応陛下にご挨拶へ伺わねばならないね」

「はい。あまり遅くなりますと失礼に当たりますので」

「わかったよ。それじゃあ――エリィ? 話している最中なのにごめんね。聞いた通りだから、戻ったばかりだけどもう一回城へ行ってくるよ」


 そう言ってノエルは億劫そうに立ち上がる。そうしてエリィに先程と同じように手を差し出した。


「取りあえず屋敷まではエスコートさせて? 慌ただしくて悪いんだけどさ」

「そんなことありませんわ、ノエル殿下。光栄ですわ」


 エリィがウインクをしながら気取ってそう言いながら手を重ねれば、ノエルは楽しそうにパッと破顔したのだった。




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