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23. 3枚のおふ……じゃなくて、上着。



 そろそろ夜会を辞すると言うヴィスタやノエルを見送るためにエントランスまで出ると、ヨシュアが柱に背を預けるようにして立っているのが見えた。ヨシュアの方もエリィ達が出てくるのに気が付いたようで、すぐに柱から数歩離れると軽く一礼する。


「ヨシュア、アニ―ニャ様はお帰りになったの?」

「ああ、うん。取りあえず公爵家の馬車に放り込んで、あとは使用人に任せたよ」

「大丈夫かしら……?」

「さぁね」


 イラついたような突き放した言い方のヨシュアに、エリィは訝し気にその顔を見た。だがそこにはいつも通りの笑顔があるだけで、他意は全く感じられない。自分の思い過ごしだったのかとエリィが眉根を寄せて首を傾げてみれば、すぐ近くでフィリオ―ルの小さな笑い声が聞こえた。

 すぐにフィリオ―ルの様を子窺ってみれば、彼は口元に拳を当てて、つい笑ってしまったと言った感じでわざとらしく咳払いをしている。

 ノエルとヴィスタがヨシュアの方へ近づき、何やら話し始めたのを確認すると、エリィは思い切ってフィリオ―ルの側に歩み寄った。


「フィリオ―ル様、どうかなさいまして?」

「いや、すまない。君の表情が可愛くてね」

「もう……からかうのはお止めくださいね?」

「そんなつもりはないんだが、気分を害したならすまないね。それより……ほら」


 フィリオ―ルは笑いながら上着を脱ぐと、正面からエリィの肩の後ろに上着を回す様にして羽織らせた。その行動にエリィが驚けば、フィリオ―ルは機嫌よさそうに笑って見せる。


「殿下の上着は返してしまっただろう?今はそれを着ておくといい」

「寒くありませんか?」

「いや、後悔してたからね。頭を冷やすのにもちょうどいい」

「後悔、ですか?」


 エリィが繰り返す様にして尋ねると、フィリオ―ルは自嘲気味に笑って肩をすくめて見せた。そして少しだけ屈む様にして、羽織らせた上着の前を軽く合わせ、顔を覗き込んで視線を合わせた。


「寒いのはわかっていた筈なのだけどね。自分の事にいっぱいで気が回らなかった。あの時君にこうして上着を貸せば良かったのに」

「フィリオ―ル様?」

「殿下が君に触れているのを見て、後悔したんだよ」

「あ……」

「……嫉妬深いと笑うかい?」


 そう言ってサッと離れたフィリオ―ルを視線で追えば、彼は口元を手で覆いそっぽを向いている。心なしか耳が赤いのは気のせだろうか。初めて伺い見るその表情はどこか可愛らしくエリィの目に映った。

 フィリオ―ルが指している事はエリィにもすぐ気が付いた。バルコニーでヴィスタはエリィに上着を貸し、暖を取るためにエリィを抱きしめていた時の事だ。考えてみれば、ホールとバルコニーを隔てる壁は、大きなガラス張りになっているわけだからホール内に居ても十分ヴィスタとエリィが何をしていたかが窺えてしまうわけだ。てっきり寒さのせいでバルコニーに出る客が居ないのかと思ったが、あれだけ明け透けならば、ホールの外に異様が居まいが声が聞こえるか聞こえないか以外は全く変わらないせいだったのだ。寒いから外に出ないのではなく、外に出るメリットがほぼ無いから出ていないのだ。

 考えてみれば、恋人たちがいちゃいちゃして語らうバルコニーなど、フィリオ―ルの父親である、あの堅物公爵様が提供するわけが無い。 

 フィリオ―ルにどう声を掛けようかと迷っていると、話が終わったのかヨシュア達3人が連れ立って戻って来る。それに気が付いた様に、フィリオ―ルはコホンと一つ咳払いをすると向き直った。


「リズ、それでは私は城に戻る。また学園で会おう」

「え、ええ。殿下、また学園で」

「俺も、もう帰るけど……エリィは今日、フィリオ―ルの所に泊まるんだって?」

「うん。ヨシュアも一緒にね」

「そうか。それじゃ、また明日ね、エリィ」

「うん、お休みなさいノエル」

「お休み、エリィ」


 エリィがノエル、ヴィスタの2人に軽くあいさつを済ませると、続けてフィリオ―ルとヨシュアも挨拶を交わした。挨拶を済ませたヨシュアが、泊まるなんて聞いてないとエリィにこっそり耳打ちして抗議をしてきたが、取りあえずまるっとスル―を決め込む。


 そうして、一緒に帰ることになったヴィスタとノエルが、シャロムの先導に従って順に馬車に乗り込もうとした時だった。


「殿下!」


 シャロムが突然ノエルを引き倒し、右手を大きく薙ぎ払った。その瞬間、短く固い金属音が響く。と、同時に幾つかの鈍い打音が馬車を打った。見れば、地面にはナイフが転がり、馬車には数本の矢が刺さっている。シャロムはそのまま、どこからか取り出したナイフを数本建物の影の方へ鋭く投げながら、ノエルを背後に庇うように前に立った。


「ヨシュア様、エイリーズ様を柱の影へ!」


 短く、有無を言わさない口調で言うシャロムに従うようにして、ヨシュアもエリィを強引に柱の影へ同じように引き倒す様にして蹲らせる。フィリオ―ルは身を低くして声を上げ、警備の兵に指示を出した。

 他にも夜会を辞して馬車に乗ろうとしていた貴族も幾人かいたため、所々で悲鳴があがり、あたりは騒然となる。幾人かの警備兵がシャロムが放ったナイフの方へと慌ただしく走って行き、それ以外の兵は緊張した面持ちで四方に目を光らせた。

 シャロムが身を低くして警戒するノエルに一言二言、言葉を掛けると何かを渡した。するとノエルは小さく頷き馬車の影に身を寄せる。そして渡された何かをノエルが地面に叩きつけるようにした瞬間、周囲を眩しく照らす強い光が頭上に瞬き、そこにいたほぼ全ての人間がその光に目を焼かれたように目を閉じて動きを止めた。その強い光は明らかに魔法の光で、その中で、シャロムだけが何かを見つけたらしく、弾かれたように、そして飛ぶような勢いで中庭に続く茂みの方へと駆け出した。


「ノエル殿下が狙われているようだね」


 静かに低い声でフィリオ―ルが言えば、ヨシュアはそれに応えるようにして頷いた。地面に転がったナイフ、馬車に刺さった弓矢。どちらをとっても、この国ではあまり使われることのない形をしている。おまけに、矢やナイフの飛んできた場所から見るに、十中八九ノエルを狙ったものに間違いが無かった。

 光に目が慣れてくると、少し離れた茂みの方でシャロムが戦っているのが見える。また、屋敷の門の外からは幾人かの帯剣した男達が警備の兵と小競り合いをしているのも見えた。

 相変わらず、馬車の方へはなんとかノエルを狙おうとしているのか、時折矢が飛んでくる。


「エリィ……?」


 ヨシュアが腕の中に囲うようにして蹲らせたエリィに視線を向ければ、エリィは青ざめた顔で短く呼吸を途切れさせるようにして、胸を押さえたままぎゅっと瞼を閉じていた。それは、明らかにヨシュアが良く知っている発作の前兆そのものだった。突然の矢やナイフを見て気が動転してしまったであろうことは容易に想像が出来る。ヨシュアは小さく舌打ちをして、屈んだままエリィをその腕の中に抱き上げると、エリィを安心させるようにその背中を一定のリズムで叩く。


「大丈夫、エリィ。大丈夫だから」


 本当ならばヨシュアは、すぐにでも引っ込んで医者を呼びたい所ではあったが、またいつ矢やナイフが飛んでくるかもわからない時に、うかつに立ち上がるのは自殺行為だった。たとえ狙われているのがノエルであったとしても、いつ流れ矢に当たるかわからないのだ。今の場所は屋敷内に戻るにも、馬車の中に移動するにも中途半端な位置だった。


「くそっ、こんな時に。……エリィ、大丈夫だから。大丈夫だからね」


 何の根拠もないであろう”大丈夫”を繰り返しながら、ヨシュアは腕の中に隠す様にしてエリィを抱きしめる。少しでもこの物騒な音や視覚状況、そして雰囲気が、エリィの心臓を苛むことが無いように、ヨシュアは己の上着をエリィの頭からすっぽりと被せて出来るだけ外の情報を遮断した。


「大丈夫、エリィ。大丈夫だから、落ち着いて。僕の心臓の音だけ聞いてて」


 まるで呪文でも唱えるかのように、ヨシュアが繰り返し、繰り返しそう言えば、エリィは小さく頷いてヨシュアの背に手を回して、縋る様にシャツにしがみついた。そして自分の耳をヨシュアの胸に押し付けるようにして、ヨシュアの心臓の音に集中する。それでも、初めて経験する矢や刃の打ち合う音、血の匂いや、呻き声などに(おのの)き、エリィは震えを止めることが出来なかった。

 そうやって幾ばくかの時間をおいて、辺りにやっと落ち着きが戻って来た。もう大丈夫、というヨシュアの冷静さを取り戻した声に後押しされるようにエリィは薄く目を開ける。心臓は未だ小さな痛みを訴えてはいたが、先程よりは大分落ち着いていると言えた。

 安全を確認したのか、ヨシュアがエリィを抱いたまま立ち上がった。それを感じても、震えを止めることのできないエリィの体を、ヨシュアは少し強めに抱き寄せ、無事であったことを神に感謝するように頭の部分にキスを落とした。


「リズは大丈夫か?」


 ノエルと同じように馬車の影に身を潜めていたヴィスタは、足早にヨシュア達に近づくと、その腕の中に抱かれているエリィを見つけて面白くなさそうに眉根を寄せた。


「リズ、私が部屋まで運ぼう。こっちに来い」


 ヴィスタがヨシュアからエリィを離そうと手を掛ければ、まるでそれを拒絶するようにエリィは激しく首を振った。そしてその手からまるで逃げるかのように身を捩ってヨシュアにしがみつく。


「殿下、エリィも混乱してるので……」


 やんわりとヴィスタを制してヨシュアが邸内に戻ろうと一歩踏み出せば、それを遮る様にして再びヴィスタが立ちはだかった。その顔には納得できないと言う表情がありありと浮かんでいる。


「リズ、私が運んでやると言っているんだ。大人しくこっちに来い」

「……嫌です」


 頭から被せられたヨシュアの上着から覗いたエリィは青ざめていて、発作が起きそうになったせいか、それとも怖かったせいなのか、強張った表情のまま必死にしがみついている。その背中をヨシュアは宥める様にポンポンと手のひらで軽く叩いた。

 その表情を見て、ヴィスタは一瞬困ったような表情をした後、諦めたように手を下ろした。そのやり取りを確認すると、フィリオ―ルは休憩室の一つを取りあえず使う事、そして2回の南側の客室を用意するように使用人に指示を出す。そして、ヨシュアにこちらだと言うように、目くばせをし、先導して歩き出した。




詳しく書くチャンスが無かったので補足です。


主人公ちゃんログアウツの世界では魔法が存在します。

しかし、誰でも使える様なものではなく、能力のある人だけです。

一般的に魔術師の素養を持つものだけです。

貴族だからと言って魔法が使えるみたいな感じではありません。

そのかわり魔道具の研究が盛んで、魔法の代わりの魔道具が流通しています。

もちろん高価ですので平民は中々購入できません。

貴族は主に魔道具を便利に使っています。

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