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18. 結果論とロールキャベツ








「しっ……信じてもらえないかもしれないんですけど!」


 余りに力を込め過ぎて思わず裏返った声に、セシルは笑いながらエリィを落ち着かせるように背中をポンポンと叩く。余りの恥ずかしさに顔を赤くするエリィにシャロムも微笑ましい物でも見る様な視線を向ける。その生温かい視線を無視するように、エリィは言葉を続けた。


「わっ、私に未来がわかると言ったら信じてくれますか?」


 なりふり構っていられないと言った感じでそう言えば、セシルもシャロムもキョトンとした顔でエリィを見た。やはり信じてもらえないのだろうかと、エリィは眉尻を下げた情けない顔をしながら肩を落とす。


「本当なの。それで、助けてほしくて」


 2人の視線から逃れる様に俯き、ボソボソと言う。セシルとシャロムは明らかに戸惑ったような表情をしていた。その表情をずっと見続けるのが居たたまれなかったのだ。


「……エリィ?」

「はいぃぃ」


 隠そうともしない戸惑いが混じったセシルの声にエリィは目をぎゅっと瞑って答える。その後に続く言葉を想像するだけで、相談しようと決意した意思が揺らぎそうになっていた。


「あー……えっと。もしかして、なのだけどね?」

「はいぃぃぃっ」


 どう言葉を続けようかと気を使っている様子のセシルにエリィは身を縮込ませる。笑われるのか、呆れられるのかとエリィはビクビクする。


「それ、ずっと隠せていると思ってたのかな、と」

「はい?」


 言葉の意味がわからずバッと顔を上げてセシルを見れば、そこには困ったような笑顔があった。続いてシャロムの方を振り返れば、シャロムですらも苦笑を隠しきれないと言った様子だ。


「ど、どういうことです?」

「エリィに先見の力があるのは、この屋敷の全員が知っているよ。ああ、一部の高位貴族の方や王家の方々ももちろんなのだけど」

「え?え?えええ?」


 セシルの言葉に今度はエリィが戸惑った様にセシルとシャロムを交互に見る。シャロムもセシルの言葉を後押しするように頷いている。


「そもそも、だよ?誰も気づく事のなかった堤防の亀裂を知っていたり、初めて会った父上が宰相になる前、候補に名前すら上がってない段階で父が宰相になる事を知っていたり。言った事も無い筈の場所の建物内の事を知っていたり。極めつけは、ノエル殿下のことだ。まだ誰も、隣国の王族ですら把握していなかった段階で、ノエル殿下の存在・名前をエリィは度々口にしていただろう?性別は違ったようだけど、それは些細な問題でしかないんだよ」

「そうでございます。お嬢様は私が誰にも話したことが無い、私の生い立ちをご存知でした。おまけに屋敷に賊が入った時がございましたよね?その者らを追おうとした私に”森を抜けた先の湖に出たらどんなに汚れていても手袋を外すな”とお命じになられました。そのお蔭で今、私の命があるのでございます」


 セシルとシャロムの言葉に、エリィは愕然とする。確かにエリィは小さな頃からノエルの為とか言いながらヴィスタの性格矯正を進んでやっていたような覚えがあった。フィリオ―ルが母親を亡くす原因になった手抜き作業による堤防の決壊を知っていたために、ヨハンに作業員の勤務態度に愚痴をこぼしたこともあった。シャロムの時も、あの日賊を追った彼が始末した呪術者の血に素手で触れてしまい、血の穢れによる呪いに掛けられることを知っていた。何故なら、その死に至る呪いを解くというのがシャロムルートのストーリーだからだ。おまけに、ゲーム上で出てきた場所はスチルをさんざん見ているのだから知っていても当然と言えば当然で。更にゲーム開始時にエリィの義父は宰相だったのだから、それも知ってて当然な訳で……と思ってはたと気づく。知ってて当然なのはエリィだけだという自覚がエリィに欠けていたと言う事を。


「私が幼いお嬢様付きになったのも、そのお力故です。執事として有能な者なら他にも沢山おりました。しかし、先見の姫と呼ばれたお嬢様を必ずお守りするだけの力を持つ者を、と旦那様が切に陛下に願い出られたのです」

「そんな力を持つエリィの事が大々的に外に漏れたら、きっとエリィは平穏に過ごせなくなると私たちは常に心配していたのだよ。それでも、エリィは隠す様子もないから、私や父上、ヨシュアがどれだけ隠蔽しようと努力してきたことか……」

「えっと……ごめんなさい?」


 嫌な汗が背中をつつーっと流れる。思っていたのとは多少違う受け止め方をされてはいたが、取りあえずこれならばヴィスタの死と言う未来を回避したいと言うのが簡単に受け入れて貰えそうではある。その事には胸を撫で下ろす所ではあった。が、エリィの考えなしの発言のせいでいつのまにか先見の姫などと言うありがたくない二つ名をいただいている事実に驚愕をする。エリィが知っていることなどゲーム内の情報だけ、いやあとはヴィスタの死だけなのだ。未来を見通しているわけではなく、知っている未来を一情報として話していただけなのだ。


「それで?エリィが助けてほしいと言うのは、ただ事ではないんだろう?」


 動揺するエリィを宥める様に、セシルは再び髪を梳くように撫でると、エリィはハッとした様に我に返った。


「し、知っているのならストレートに言いますわ。3月2日、お茶会があります。そこでヴィスタ殿下が細工された柵に気付かずに塔の屋上から落ちてお亡くなりになるのです」

「なっ……」


 エリィの口から紡ぎだされたその言葉に、セシルは言葉を失った様に黙り込んだ。シャロムですらその言葉の重さにゴクリと喉を鳴らした。エリィはそのままなぜお茶会を開くことになったのか、参加者は何人だったのか、どこで行われたのかを詳しく説明をした。その言葉をセシルもシャロムも真剣に聞き入る。


「一応今朝お誘い頂いた時に、塔の屋上でのお茶会はお断りして、庭園で、という事にさせて頂いたのですけど……」

「ヴィスタ殿下のお命を狙う者がいるという事だね?」

「ええ」

「それでお嬢様は今朝ずっと周囲を気にしておいでだったんですか?」

「そうよ」

「問題はそれだけは無いの。……殿下が殺された場合、ディレスタ家は首謀者として断罪されることになる。私は……殉死、することになるの」

「なにを馬鹿な……」


 薄暗い部屋で、血の気の無いヴィスタが横たわる姿を思い出して、エリィはぶるりと体を震わせた。その様子を見てセシルは青ざめて瞠目した。


「本当、なんだね?」

「今の段階で少し状況を変えてしまったから、まだわからないの。でも、私が見た時は”そう”だったの」 


 エリィの背中に手を置いたまま、セシルは俯き、目を伏せて考え込む。シャロムも顎に手を置き、何事かを思案している様子だ。2人が何を考えているのかが分からず、エリィは不安げに2人の顔を見比べる。ここで2人から協力を得られなければ話した意味がないのだ。


「殿下を助けてほしいの」


 ダメ押しをするように胸の前で手を握って身を乗り出す様にして言うと、セシルはそっと瞼を開けてエリィに向けて視線を流す。そしてエリィを安心させるように優しく微笑んだ。


「わかったよ、大丈夫。私に任せなさい。……シャロム」

「はい」

「わかっているね?」

「承知しております」


 エリィに向けた視線とは全く違った厳しい視線をシャロムに向けると、セシルは念を押す様に尋ねた。その言葉にシャロムは真剣な表情で浅く一礼して返す。エリィは2人のやり取りを訝し気に見つめ、首をかしげてセシルの袖を小さく引いた。


「お兄様?」


 訝しむ調子の声でエリィが気を引けば、途端にセシルは先程までの甘く優しい笑顔に戻ってエリィを見た。再びエリィの髪を手で梳くようにして撫で、ニコリと笑う。


「エリィ、これからその件が落ち着くまでの間だけでいい。屋敷の中以外ではシャロムをずっとそばに控えさせなさい」

「いつもついていてもらっていますわ」

「そうじゃないよ、エリィ。いつもの様に離れて護衛させるのでなく、手の届く範囲に置きなさい」

「しばらくの間、ご辛抱お願い致します」


 セシルもシャロムも表情こそは穏やかではあったが、その口調は拒否を許さない真剣さと強さがあった。よく見ればセシルは笑顔で居ると言うのに、目が全く笑っていない。


「守ってほしいのは私で無くて殿下ですわ。なのにどうして……理由を聞いても?」

「もちろんだ。エリィが見た(・・)と言うのだから、殿下のお命が危ない事は間違いないだろう。だが同時に、ディレスタ家も危ないと思わないかい?」

「そう……なの?」


 自信なさげにエリィが問い返すと、セシルは深く頷いた。


「ごく内輪のお茶会。準備までもが自分たちで行うと言う。その参加者がヴィスタ殿下とノエル殿下、そしてヨシュアとエリィの4人。さて、その茶会の最中に柵に近寄るのがヴィスタ殿下だけだと何故仕掛けた者がわかるんだろうね?」

「……では、もしかしてノエルも、ヨシュアも、私も危ないって事?」

「そう。4人の中の誰を狙ったかは実際にはわからない。ヴィスタ王子が亡くなればディレスタ家を陥れればいい。でもヴィスタ王子で無くても良かったんだよ。きっと誰が死んでも(・・・・・)構わなかった」


 突然突き付けられた事実にゾクリとした寒気がエリィの体を襲った。ヴィスタが死んでしまった故にエリィは単純に彼が狙われたと考えていた。だがそれはただの結果論に過ぎなかったのだ。お茶会の日、誰が死んでもおかしくなかった。もしかしたらヴィスタが死んだのは、たまたまだったかもしれないのだ。


「4人のうち2人がディレスタ家の者だと考えると、ディレスタ家を狙った線が濃厚だろう。エリィの言った様にヴィスタ殿下が亡くなれば、ディレスタ家が何故か責を負わされるのだろう?そして、ノエル殿下も我が侯爵家預かりだ。何かがあれば侯爵家の責が問われることは間違いないだろう。つまり、4人中誰が死んでも、ディレスタ家にダメージを与えられると言う訳だ。真に素晴らしい」


 普段見せたこともないほどの激しい怒りを交えてセシルが笑う。その笑みと口調はどこか義父であるヨハンを彷彿させて、エリィは密かに慄いて腰が引けた。助けを求めるかのようにシャロムを見るが、そのシャロムですらニヤリと好戦的な微笑みを浮かべている。


「ともかく一人にはならない事。いいね?ヨシュアには私から話そう」


 有無を言わさぬ口調でセシルは言う。そしてエリィの背を再びポンッと軽く1回叩くと立ち上がった。普段譲歩ばかりしているセシルだが、こうと決めたら引かない強さを持つ時がある。それが今、らしい。エリィに反論を許そうとせず、自分の中で方針を決めてしまう様はまさにヨハンの息子ここにありと言った感じである。


「父上と話した後、殿下とヨシュアを迎えに行ってくるよ。あの2人も用心すべきだからね」

「あ、兄さま」

「ん?」


 部屋を出ていこうとしているセシルを、エリィは慌てて呼び止める。もちろん、ティティーの言葉を思い出したからだ。”ノエルが関われば関わるほど、この世界はバグ方面に傾く”、ティティーはそう言っていた。ならばノエルに話すのは得策ではない気がしたのだ。

 エリィは長椅子から立ち上がって足早にセシルに近づくと、その服の裾をちょこんと握り、少しだけ声を潜めてセシルに問いかけた。


「ノエルにも、話すの?」

「……ノエル殿下はエリィの先見の力を知っているのかい?」


 エリィの質問にセシルは少しだけ間をおいて質問で返す。その質問の意図が分からず、エリィは困惑しながら考えた。その”先見”がゲーム内で起こった事を指すのならば答えは”Yes”だ。しかし、ゲーム内にには無かったヴィスタの死に関していうならば”No”であるとも言える。そしてゲーム内にあったことに関していえば、ノエル自身も知っている。という事は、ノエルにとってエリィはあくまでも転生者なのだ。そう結論付ければ、エリィの先見の力があるとは思っていないという事になる。


「知らないはず……」


 自信なさげに首を振って言うとセシルは小さく頷く。


「なら、ノエル殿下には陛下にお願いしてしばらくは城で保護していただくのが妥当だろう」

「それでノエルは大丈夫なの?」

「城に保護されている間に何かあればディレスタ家には関係なくなるからね。それに、ノエル殿下に危害を与えた場合のデメリットが外交問題に発展する可能性もある。首謀者からしてみれば、一緒に居る時ならまだしも、それ以外で狙うにはリスクが高すぎるのだよ。戦争を起こしたいのでもない限りは、ね」

「そうね。離れていた方がノエルにとっては安全なのね?」

「ああ。安心すると良い」

「わかったわ。ありがとう、お兄様。頼りにしてるわ」

「お前とヨシュアに危害を及ぶようなことはさせないよ」


 その言葉に安心した様にふにゃりと笑うと、セシルは少しだけ身を屈めて右頬に手を当てると、さっとエリィの左頬にキスを落とした。エリィが驚いて頬を押さえ、半歩後ろに下がると、セシルは悪戯が成功した時の様な顔でニヤリと笑って見せる。初めて見せるその表情にエリィは何も言えず、顔を赤くして口をパクパクさせた。


「お前は大人しく守られておいで」


 セシルはエリィの右頬から唇までを指先で撫でる様にして手を引いた後、その指先をペロリと一舐めした。そして今までに見たことが無いほど艶然と微笑んで見せ、顔を赤くしたまま呆然としているエリィを置いてくるりと踵を返す。そのまま背筋をピンと伸ばして歩き去る様は、いつも通りの堂々とした騎士然としていた。その後ろ姿が階下へと消えるまで呆然とエリィは眺めた後、のろのろと扉を閉め、その扉に寄りかかった。


「私、死ぬかもしれないわ……」

「大袈裟です」

「だって、お兄様が……お兄様が!」


 そこまで言い、エリィは先程のセシルの指先を舐める仕草や、あの艶めかしい笑顔を思い出した。すると顔がどんどん熱くなるのを感じ、耐えきれないように両手で顔を覆って、その場にしゃがみ込む。


「恐るべし、ディレスタの血筋……」


 一見どうみても無害なただのイケメンのセシルも、腐ってもディレスタ家なのである。今更気づいた。ヨハンもヨシュアも肉食系にしか見えない。そんな中でセシルだけが草食系だとエリィは思っていた。だから油断していた。でも、違うのだ。セシルは草食系なんかでは決してないとエリィは悟った。彼は草食系の皮をかぶった肉食系、ロールキャベツ男子であると言う結論に至る。先程の仕草はまさにその片鱗ではなかろうかと。


「……これは、死ぬわ。不味いわ、病気で死ぬ前に萌えで悶え死ぬ」

「大袈裟です」

「大袈裟じゃないわよ。ロールキャベツとか、ロールキャベツとか……私、死ぬほど好きだもの」

「料理長にお伝えしておきます」

「違うの。違うのよ。そう言う意味じゃなくって。ああ、もうっ死ぬ」


 シャロムの呆れたような視線に晒されながらも、エリィは動悸が収まらない。朝はヨシュア、夜はセシルとまるで乙女ゲーの様な展開である。もしエリィがヒロインだとしたら、確実にイベントスチルゲットの瞬間であったかもしれない。


「っていうか、乙女ゲーじゃないの。これは」


 そう呟いてみれば、少しだけ動悸が収まった気がした。心の中でこれは乙女ゲー。乙女ゲーのイベントと繰り返して呟けば、その度に冷静さを取り戻していける気がした。


「ビー、クール。ビークールよ、エリィ。冷静になるのよ」


 混乱する頭と、熱くなる頬を叱咤して、冷静になる様に自分自身に言えば段々と落ち着いてくるのがわかった。

 ふと部屋の隅に目をやれば、シャロムがエリィに向かって奇妙な物を見るような視線を投げかけている。その視線はともすれば舞い上がりそうなエリィの乙女心を挫くには十分な役目を果たしていた。


――そんな目で見るな。見るなったら!





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