それから
それから3日後。
カサカサ乾いた地方の新聞が、丸められて池のほとりに打ち捨てられています。ルイスはそれを拾い上げて適当にめくっていきます。
社会欄の一番角の記事に、虐待で死んだ少女の事が書かれていました。その母親が謎の失踪を遂げた事も。
(交際相手は『ボガートに連れ去られた』と証言しているが、詳細は未だ不明……か。不明で当たり前だ、化け物の居所が簡単に解ってたまるか)
ルイスは焼いた骨付き肉をひと齧りしました。作りたての頃は味がキツくて食べづらいだけでしたが、流石に3日もおけば落ち着いてきたようです。
「ねぇ、お願いだから泣かないで。何が言いたいか解らないわ」
ジェニーが池の反対側で、必死に何やら言い聞かせています。ルイスは肉を食べ食べ、空中を駆け上がってそちらへ向かいました。
「お前何言ってんの?」
「口に物入れながら喋らないで。汚いわね」
ボガートは口の中の肉を飲み込み、もう一度同じことを聞きました。
「女の子がね、夜中なのに泣きながら歩いてたから呼び止めたの。どうしたか聞いて帰そうと思ったのに」
ジェニーは向こうのベンチをちらりと見ました。赤みがかった茶髪の少女がうずくまっています。寝間着に裸足という痛々しい格好で。
「なぁ嬢ちゃん、どうかしたのか」
ルイスは隣にしゃがみ、顔を向けました。
「俺で良けりゃ力になるぜ。食べやしねぇから安心しな。ルイス様に出来ねぇ事なんか無いんだから」
ルイス?少女は顔を上げました。涙がポタリと木板に落ちます。
「来てくれたの、ルイスさん」
今まで見た中で、一番変で、一番話せる、一番悲しい人間。
「遅れて悪かったな、ベティ」
「死ななきゃお化けになれないから」
ベティの手が、ルイスの腕をしっかり握りました。冷んやりしていましたが、細い指一本一本には力がこもっていました。
三日月が雲の間から、ニタニタ笑う真夜中の事です。
ルイスは、暗く淀んだ池のそばに腰掛け、ドブネズミを食べていました。一匹口に放り込み、バリバリと物凄い音を立てて食むと、骨だけを傍に吐き出します。
でも彼はもう1人じゃありません。可愛らしい黒の寝間着を着た少女がちょこんと座り、並んでネズミジャーキーを噛んでいます。水魔のジェニーは、池に捨てたら承知しないわよ、と、水の中から見ていました。
「美味いか」
「うん。お家ではこんな美味しいの、食べたことなかった」
「そりゃそうだ。ルイス様特製だからな」
ルイスは誇らしげに胸を張りました。
「このパジャマもね。お母さんは安いのしか着せてくれなかった」
「俺に感謝しろよ。布地買ってきたの俺だぞ」
「作ったのは私だけどね」
ジェニーが突っ込みを入れました。
「ところで、貴方達そろそろ行かなくて良いの?時間ないわよ」
「まだ夜は明けてないだろ」
「ルイスさん、今日会いに行く子は隣町でしょ。早くしないと間に合わないよ」
ベティが夜空を見ます。ルイスはそれを聞いて、あたふたと残骸を片付けはじめました。ベティも落ちた骨を拾います。
「畜生、もっと早く食べれば良かった」
「そんな面倒くさいことするからでしょう? 虐待されて死んだ子を、助ける仕事なんて」
子供を脅かして連れ去る方が楽しかったんじゃない? ジェニーはスーツケースを手渡しながら言いました。
「気が変わった。それに大人の肉の方が、ドロドロの心が良いスパイスになって美味い」
ルイスはベティをおんぶすると、スーツケースを受け取ります。
「貴方、その子の毒親を食べた時は、クソ不味いって言ってたじゃない」
「ほっとけバカ」
程なくして、寝間着姿の人型妖怪2体が、空を駆け上っていくのが見えました。
もし夜空を見たとき、少女をおぶった寝間着姿の男が見えたら、それはルイスとベティかもしれません。みなしごや虐待で死んだ子供達を、天国へ送っているのです。