決意
「貴方、最近おかしいんじゃない」
水魔のジェニーが、魚の鱗を削ぎ落としながら声をかけます。
「家へ食事に誘ったって興味無しーー貴方の大好きなモンゴロイド幼女の目玉、折角買ってきたのに」
ジェニーはフンと鼻を鳴らすと、見るも無惨な姿になった魚を、バリバリ頭から食べてしまいました。
「その”幼女”の事で悩んでるってのにな。嫌味か?」ルイスは舌打ちしました。
「またその話? もうあきらめたら?」
「あいつを夢で怖がらせられない理由なら、解ったよ。現実より怖いものが無いからだ」
おんぼろナイトキャップで隠れた頭の中では、潤んだ目をしたベティの記憶が漂っています。ルイスは頭を2、3度小さく振りました。
「なぁ、ジェニー」
「何よ」
人間って、子供じゃなくなると美味くなくなるのかな。そう尋ねようとしましたが、喉がつっかえて何も言えません。
「そろそろ悪夢見せにいってくる。ちょうど今夜で心が真っ黒になる筈のガキがいるんだ。食うのが楽しみだ」
ルイスは半分だけ嘘をつき、スーツケースの持ち手をつかみました。
時刻は草木も眠る丑三つ時。
「約束通り来てやったぞ」
ルイスは無機質な小さいアパートの前で呟きます。くすんだ灰色のコンクリートの塊は、初めて来た時と何も変わっていません。
裏手にまわると、ルイスは横に置いたスーツケースを掴み、地面を強く蹴って飛び上がりました。ヒュッ。彼の身体が宙に浮きます。あっという間にこのボガートは、アパートの3階までジャンプだけで登っていたのでした。
ずらりと並んだ部屋の窓は左から一つ……二つ……ありました、例の部屋です。窓ガラスも前に比べ、所々汚れたように見えました。
ボガートは意を決して、ぬるりと壁に頭をつっこみました。それから全身を入れて、反対側へ出ようとすると、
「『ろくでなしルイス』が壁抜けて入って来たですって?馬鹿じゃないの?」
「でもお母さん、信じて。本当に見たの、鍵もかかってるのに、いつの間にか隣に」
女性が子供を怒鳴りつける声が響きます。ルイスは壁から出るのを躊躇い、彼女の言葉に耳を傾けました。
「うるせぇガキだな。もう放っておいたらどうだ」
かなり苛立った男声。
「お母さんはね。ベティ、貴女に嘘つきを治して欲しいから言ってるのよ」女性の軽くわざとらしい声。
ルイスは始終、ゴム手袋で脳みそをこねられている気分でした。
「出ていっちゃったお父さんも、いつもくだらない事ばかり言って。私の話なんか全然聞いちゃいなかった。だからーー」
鈍い音がしました。女性が平鍋でベティを叩いたのです。
「黙ってお母さんのいうことを聞けって言ってんのよ」
小さな女の子は仰向けに倒れます。もう一度打とうとしたその時、
「あ?誰がこいつのお母さんですって?」
ルイスが尖った爪を立て、女性の手首を掴んでいるではありませんか。
「お前……何者だ!どこから入ってーー」
「どうも、奥さん。そこにいるのは、ベティが言ってたマイクさんかな?
寝る前のお話でご存知でしょう、ろくでなしのボガート、ルイスでございます」
自己紹介を終えると、ルイスは傍らに横たわるベティをちらりと見ました。赤い液体が一筋、こめかみを伝って流れています。
「目の前であんたのした事、全部拝見させていただいたよ。有り難うさん。これでベティが言ったのは嘘じゃないって事だ」
「あの馬鹿ガキ、チクりやがったな」
マイクと呼ばれた男が舌打ちしました。
「どういうことか説明して頂戴。警察を呼ぶわよ」
するとルイスはちょっと首を傾げて、
女性の持つ平鍋を取り上げ、1発頭をぶん殴ったのです。彼女は白目をむいて気絶してしまいました。
「これがさっきあんたがした事」
男がキレてルイスの胸倉を掴みます。しかし人間が、ボガートに敵う筈もありません。間髪入れず鳩尾を蹴られます。
「昨日聞いたぜ。あんた、6歳の小娘に腹パンしたんだってな」
ボガートのズボン裾には胃酸めいた液体がかかりましたが、彼は気にならない様子で女性を小脇に抱えました。
息も絶えだえの男に向かって吐き捨てます。
「あんたと彼女が小さな子をボロクソに虐待した事、警察で洗いざらい話すんだな。でねぇとまた戻ってきて食うぞ。そのガキにはちゃんとした葬儀を挙げてやるんだな」
言うが早いか、ルイスは女性の脚を無造作にひっつかんで壁を抜けていきました。




