友情
「結局、あの小娘からは悪夢の欠片さえ手に入らなかったんだ」
ルイスはいつもの淀んだ池のほとりでため息をつきます。水魔のジェニーは、呆れたように鼻で笑いました。
「あんたも馬鹿ねぇ。そんな年端もいかない鼻垂れの小娘に、気ぃ取られてどうするのよ」
「最初に良いカモがいるって言ったのはお前だぞ、ジェニー」
ジェニーは眉をひそめて、池から魚を掴んで投げつけます。魚はビチビチと跳ね、 今度はルイスのよれよれで寝間着めいた服に染みを作りました。
「何するんだよ」
「狩りに行くべきとは言ってないでしょ、貴方が勝手にした事ですからね」
ボガートは服の染みを擦りながら舌打ちしました。
「おい小娘、来てやったぞ」
別の日。窓ガラスをぬるりと抜けて、ルイスはスーツケース片手にベティの寝室へ踏み込みました。
「今日こそ真っ黒な夢を作ってやる」
そう意気込んだ割にはーー
「……ドキドキした。でも、怖いっていうより、面白かった」
「何だよそれ」
無駄に怪光線を消費して、目のレンズを痛めただけという結果に終わりましたが。
また別の日。
「新作が漸くできたからな、最初の犠牲者になってもらうぜ」
そっと枕元でレンズを伸ばします。
黒い光の筒が放たれますが、
「先が読めちゃってつまらなかった」
「……もう幽霊ネタ出すの止めにするか」
夢は一点の黒みもないグレーのまま。ボガートは義眼を外し、力を入れすぎた眼窩をぐにぐに擦りました。
そのまた別の日。
「あのね、今夜のはとってもわくわくする夢だったよ。あの犬さん可愛かった」
「犬じゃねぇよ! ドラゴンだ! 畜生、俺には想像力が足りないのか……」
「どうやって夢を作ってるの?」
「あぁこれはな、先ずどんな夢を見せたいか想像して……」
こんなわけで、ルイスの「町のガキどもから一人残らず悪夢を頂く」目標はまだ達成されていません。
しかもベティは、いつも二言目に
「いつ連れてってくれるの?」
とぼんやりした調子で言うのです。
「お前が腹の底から怖がった時だよ」
ルイスはレンズを外して、磨きながら誤魔化しました。
勿論、人間の子なんて連れて仕事をするつもりなんかありません。いざという時の非常食にはなるでしょうが、煩いし、無駄に夜更かしさせたら肉の質が落ちます。何よりも、情がうつって非常食として使えなくなるでしょう。
「私、ちゃんと努力はしてるよ」
ベティが寝台から身体を起こしました。
「早くこの家出たいもん。そしたら、」
と、その時。彼女は急に顔をしかめてうずくまりました。
「おい、どうした」
ボガートは駆け寄り、もっとよく見ようと帽子を持ち上げます。
「お腹が痛かっただけ。大丈夫。酷い事にはなってないよ」
ベティは首を振って、ぺろりと寝間着を捲ってお腹をみせます。が、露わになったルイスの右目は大きく見開かれていました。だって、鳩尾には黒ずんだ大きな痣ができていたのですから。
「充分悲惨じゃねぇか。誰にやられた」
「お母さん。私が、今朝お皿割ったから」
でも本当に平気だよ、ちょっと痛いけどこんなの全然大した事無い。ベティは何度も繰り返します。
「無理して言ってんじゃねぇだろうな」
「たまに、マイクさんが来る事もあるの。お母さんのオトモダチだって。その人のよりは全然我慢できるよ、ベルトで叩いたりとか、煙草押し付けたりーー」
「あーあーもう良い言うな」
ルイスはまた帽子を深く、今度は耳までかぶろうとしましたが、
「ーーお母さんは、私の為にやってるんだよ。でもね、でもね、」
ベティが布団から出てギュッと抱きついたのです。よれた寝間着は涙で生温かく濡れました。
「私が悪いことしたから……」
「ほんの6歳のガキに、ベルトでぶっ叩かれるような悪い事できる訳ねぇだろ。悪いのはお袋と、マイクとか言うアホンダラだ。お前は何も傷つく必要無いんだ」
ルイスの手のひらが少女の茶色い髪を、何度もさするように撫でました。