再会
雨雲のようなモヤが、静かに少年の額に吸い込まれていきます。ルイスはそれを見てにんまりと笑いました。
「へへへ、これできっとドロッドロの心ができるぞ」
昨日は変なガキ、ではなく少女に邪魔された所為で大分時間をロスしましたが、今日はうまくノルマを片付けられそうです。
「ほらクソガキ、デケェ声出すんじゃねぇよ」
「ごめんなさい! 謝るから許して、食べられたくない! 連れてかれたくない!」
「ピーピー騒ぐな、往生際の悪ぃ奴め」
ルイスは泣く少女の鳩尾に蹴りを入れて黙らせました。気を失った所で、スーツケースから出した大きな麻袋に詰め込みます。どんなに詰めても心配無用。この袋は子供なら最大10人は運べます。
「畜生、あんまり騒がれると困るんだよ……他の家族にバレる」
そこまで言ってハッとしました。昨日会ったあの少女を思い出したのです。あれからずっと、彼の脳みそに引っかかっていたのです。
「あいつ、何で連れて行かれたがってたんだ」
ルイスは左目の義眼レンズを、呆れたように伸ばしました。
その夜。
女の子はやはり薄い布団に包まり、すやすや眠っていました。時々寝返りをうち、布団をぎゅっと握ったりしています。
「俺の気も知らずグーグー寝てやがる」
醜いボガートは例の煙を出すと、帽子を少し持ち上げ、光線を発射しました。黒い光の筒は真っ直ぐに夢のモヤに当たり、染み込んでいきます。
「今夜はどうだ、4度目だから流石に効くだろ」
ニヤリと笑って反対の目を向けるとーー少しも黒くなってはいません。
「あぁ、何でだ? 俺の義眼、壊れてる訳じゃないよな」
ルイスは首を捻りました。
「ん~……あ、ルイスさん? だよね。来てくれたんだ」
少女が嬉しそうにゆっくり目を開けます。何でこいつは俺が来たって直ぐ解ったんだ? ルイスは思いました。そんなに癖があるのか、俺の悪夢。
「おう、お前が連れてけってうるせぇから、来てやったのよ」
「お仕事は?」
「もう残りはお前ん家だけ」
少女の顔が明るくなります。やれやれ。ボガートは困ったように笑いました。
冷えたフローリングに腰を下ろして、ルイスは幾つか質問をしました。自分に対してこんな接し方をしてきた子供など、これまでにいなかったからです。その結果、面白い事が少し解りました――少女の名はベティといって、年はたった六歳。お母さんと二人で暮らしています。
「お父さんはどっか行っちゃった」ベティは何でも無い事のように言いました。「お腹の中にいた時だったから、わからないの。お母さんの話で聞いただけ」
お母さんはこの頃特にその話をするとも、彼女は教えてくれました。貴女は全くお父さんそっくりだと。特に、『ろくでなしルイス』の話をする時にはいつも言うと。
「俺の話だって?」ルイスは首を傾げます。
「うん。だけどね……」
ベティは急に口を閉じました。つられてルイスも黙ります。ミシミシ、木でできた床の軋む音。
「あ、お母さんだ。もう寝なくちゃ」
ベティは布団を頭までかぶりました。ルイスも大急ぎで散らかした仕事道具を片付けます。
「また明日の夜も話しに来てくれる?」
ベティが布団の隙間から目だけ出しているのが見えました。
「おうよ。お前にゃまだ良い悪夢を見せられてねぇからな」
彼は口の端を少しだけ上げて、頷きました。




