遭遇
さて、次の日です。時刻は草木も眠る丑三つ時。
「ここか……例のご新規様ってのは」
ルイスは無機質な小さいアパートの前で呟きます。
さて、夜が明ける前に仕事にかかろう。ルイスは横に置いたスーツケースを掴み、地面を強く蹴って飛び上がりました。
ヒュッ。彼の身体が宙に浮きます。あっという間にこのボガートは、アパートの3階までジャンプだけで登っていたのでした(お化けだからこそ成せる技です)。
注意深く、ジェニーが教えた一家の部屋を探して歩くと、寸分も経たぬうちに目立つ一室を見つけました。周りより無駄に真新しい表札が、この家族(母娘だけでしょうか)が引っ越したばかりという事を物語っているようです。
「305号室か、覚えたぞ。どれどれ、どんなバカガキがいるか見てやるか」
ルイスは再び空中を歩き、ずらりと並んだ部屋の窓側まで周りこみました。左から一つ……二つ……ありました、例の部屋です。
「邪魔しまーす」ぬるりとガラスを抜けて侵入し、クローゼットに隠れました。だって正面から子供部屋へ入ったら、大人に見られてしまいますものね。
お目あての子供はよく眠っていました。薄い布団に包まっています。
ルイスは扉の陰から、スーツケースを開けて小さな袋を取り出しました。叩くとボフン、と白い煙が出てきます。
「うっ、やっぱこの臭い、我慢できねぇな」
煙が収まる頃、子供の頭上には灰色がかったモヤが浮かんでいました。これこそ、ボガート族脅かしお化けのターゲット。「夢」です。勿論そのままでは持って行きません。
目深に被ったナイトキャップを少し捲ると、左目にはカメラめいた大きなレンズが。
ウィーン……
レンズがのびて、どす黒い光線が夢に向けて照射されます。これで夢が黒くなれば、悪夢になる筈なのですが……
「……あれ? 効かねぇ。何でだ?」
夢のモヤは依然として灰色のままです。
ルイスはレンズのフレームを少し回します。間も無く、やや太い光線が出てきました。しかし少しも黒くはなりません。もっと大きくしても無駄でした。
「畜生、人間風情が! このルイス様を馬鹿にしようってのか!」
今までで一番太い光の筒が、左目のレンズから放たれたと思うとーー、
「貴方、だぁれ?」
パチンと音がして夢は消えてしまいました。子供が目を覚ましたのです。赤みの混じった茶色い髪の少女でした。
「てめぇ、知らねぇか。ここの町担当の脅かしお化け、ボガートのルイス様だ。聞かなかったか? 黒〜い心の悪い子は……」
その時です。少女の顔がパッと輝き、
「ーー他所へ連れてって家族に会えなくするんでしょ⁉︎ お願い、そうして。今直ぐに!」
彼に飛びつきました。ルイスは予想外の行動にびっくり仰天。
「はぁ? 何言ってんだてめぇ。心が黒くならないガキなんて、いらねぇよ」
「じゃあそうなるように頑張るから!」
「仕事の邪魔だからとっとと寝ちまえ」
その後はもう連れてけと駄目だの言い争い。獲物と口論になったのは、150年近いお化け生で初めてです。
「畜生、付き合ってられるかよ」
クローゼットに飛び込み、荷物を纏め始めました。
「ねぇ、お願い! 連れてってよ! あたしも遠くに行きたいの!」
少女は何度も扉を叩いて訴えます。
うるせぇな……。ルイスはクローゼットの内側から、必死に押さえていましたが、
「何時だと思ってるの! 静かにしなさい!」
バシッ、と何か叩くような音。好機とばかりにルイスはスーツケースを抱えて退散しました。
空を蹴って逃げる最中、本当にいたもん、と喚く声が僅かに聞こえていました。