出立
皆さんは「脅かしお化け」を知っていますか。
ボガートに水魔に、クリスマスにやってくる大鬼。沢山の種類がありますが、やる事はどれも同じです。
暗い場所に潜んで、一番敏感なお年頃の子供を怖がらせ、心を黒く染めます。十分黒くなったら、連れ去って……後はご想像通り(元々真っ黒な心の悪い子は例外です)。
黒い心はお化け達の良質なエネルギーになるし、悪ガキの肉は最高の食料。
それが彼等の役目なのです。
とある町に住むボガートのルイスも、脅かしお化けの仲間でした。
三日月が雲の間から、ニタニタ笑う真夜中の事です。
ルイスは、暗く淀んだ池のそばに腰掛け、ドブネズミを食べていました。一匹口に放り込み、バリバリと物凄い音を立てて食むと、骨だけを傍に吐き出します。
「あぁ、美味かった。さて、残骸片付けて仕事に戻るとするか」
ルイスは山と積まれたネズミの骨格標本を持ち上げました。頭蓋骨が一つ、骨の山から転げ落ちます。
コロコロ……ポチャン。
そのまま池に沈んでしまいました。しばらくして、
「痛い! 何よ、これ」
甲高い声が聞こえました。落ちれば絶対助からない程深いのだから、人なんていない筈です。
「ごめんなぁ、くつろいでたとこ。ここで飯食うのお気に入りでさ」
薄汚い服のボガートは、水底に向かって言いました。
すぐに、激しい水飛沫を立てて、声の主が現れました。水魔のジェニーです。
「ご飯を食べるのは構わないけど、池を汚さないでくださる?」
ジェニーは変な色の水草を投げつけました。おかげでルイスが被っているナイトキャップに、ねとねとした液体がくっついてしまいました。
お前だって他の妖怪を汚してるだろ。ルイスは思ったけれど、面倒なので笑って誤魔化しました。
「そういえば貴方、最近新しい家族が町に越してきたみたいよ。もうご存知かしら」
新しい? ルイスは首を傾げます。ここの事なら何でも知っているつもりでしたが、まさか水魔ごときに先を越されるとは。
「知らねぇな。で、ガキはいるか」
「厚化粧でつり目のと、茶髪の小さいメスが一匹ずつ。メスガキの方からは、ドロドロした何かを感じるわ」
ドロドロした……ねぇ。さては心が黒ずんでんだな。こりゃあ食べごたえもあるだろう。早速明日行くとするか。
ルイスはこれから待っているご馳走に、思わず舌舐めずりをするのでした。