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男は、晴れ渡った街中をぶらぶらと歩いていた。
表情は特に優れる事もなく、少し疲れているようにも見える。
周囲から見ると、気だるそう、という表現が正しいのだろうか。
長身の男は、モデルのようにしなやかな体躯をし、程よく筋肉もついている。
生まれつき肌が黒く、腰まである長い黒髪と黒のシャツ、黒の革のパンツという出で立ちから、黒ずくめでとても目立つ。
鋭く力強い黒い瞳を持つその男の名は、ヘリオスと言う。
街中を闊歩するヘリオスにはいつも考える事があった。
街の女性が、自分に好意を持って、寄ってくると言う事だ。
別に女性が嫌いなわけでもないし、かといって、付き合う事には興味がない。
周りからは女性を引き連れ、歩く様を見られるが、自分はそうしたくてしているわけではない。
ただ、今日はとても平和だった。
今日に限って、誰も寄ってくるという事もなく、こうして街をふらふらと歩ける。
「……毎日がこれだと助かるんだが」
ため息をついて、呟くようにヘリオスは言う。
とにかく、寄ってくる女性は自分に好意を持っているわけだから、ヘリオスの気持ちなど知った事ではない。
時には何度か会っては向こうが付き合っていると思いこみ、果てには「婚約してほしい」といきなり言われる事もある。
婚約など興味もない女性に言われるので、二つ返事ですぐに断る。
酷い男だと思われるかもしれないが、そうでもしないと治まらないのだ。
何も考えず、ふらふらと歩いて辿りついた先は、公園だった。
そして、その公園のベンチに座った人を見て、足が止まった。
ヘリオスと同じぐらいの長さの黒い髪、前髪は綺麗に切りそろえられている。
ふわふわとした生地感の、レースのついた真っ白なワンピース、そこから覗く肌も淡雪のように白く、髪と同じ黒い瞳は細く見開かれたまま、空を見上げていた。
ヘリオスは、彼女に見覚えがあった。
買い物でもしていたのか、何度か街で見た事があった。
恐らくこの日も買い物だったのだろう、傍には買い物袋に入った牛乳や卵、他の食料品と共に入っていた。
ふと、ヘリオスに気付いたのか、彼女――セレーネは、そちらを振り向いた。
細めていた瞳は柔らかく幼く見える感じに開かれていた。
彼女は童顔だった故、ヘリオスがそう感じたのも間違いではない。
一方のセレーネは、ヘリオスを見て、首を傾げた。
知り合いにこんな綺麗な顔立ちの男性がいただろうか。
長身でスタイルも抜群だし、もしかしたらモデルの類の人かもしれない。
ただ、素敵な男性だ、としか印象を持っていなかった。
それに、生まれつき肌が黒い人なんて普通にいるし、それに対しての偏見もないし、特に変わった様子のない男性だと感じたからだ。
「どちら様ですか?」
セレーネは、ヘリオスに問いかけた。
優しく、柔らかく、穏やかな口調で。
警戒心の欠片もなく、ヘリオスの瞳を純粋な瞳で見つめながら。
そして、ヘリオスはそこで、自分の胸の高鳴りに気づいた。
お互いの目があった瞬間、もうヘリオスは落ちていたのだ。
セレーネの魅力に、虜に、そして――恋に。
そして、唐突に告げたのだった。
ヘリオスが初めて、本気の恋をした瞬間に。
「お前、俺のモンになれよ」
「……はい? あの、私は〝モノ〟ではありませんが」
目の前のセレーネはきょとんとした表情で、ヘリオスを見た。
――〝俺のモン〟になれ。
ヘリオスの唐突の言葉に切り返したセレーネの言葉は、ヘリオスの言葉の意味がさっぱりわからないと言ったような返答だった。
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