未来へ(前編)
朝の日差しがまぶしくなって気温もグングン昇って行く中、汗ばむ身体に耐えながら朝寝坊を実践中だった。これも夏休みに入った女子高生の楽しみの一つだと私は思っている。
ジットリとした身体をぬるめのシャワーで洗い流すときの快感がたまらない。だから寝るときにエアコンをかけたままなんて絶対にダメ! エアコンによる乾燥も肌に良くないしね。なんて思いながら目覚めかけた時だった。
いきなりドアが開かれてみらいが侵入してきた。ヤッパリ部屋のドアには鍵が必要だよ! 私がみらいの部屋に乱入したら大変な事態に陥るに決まっている。みらいの怒りを鎮めるためには、大量の時間と労力を要するだろう。
「あかり、起きて!」
今日も愛らしいひらひらワンピに身を包んだみらいが仁王立ちで、汗だくの私を見下ろしている。可憐な容姿に似合わない迫力だ。
「どうしたの?」
水分不足で貼りつく喉から何とか声を発することに成功した。
「寝ぼけている場合じゃないよ! 今、ルナちゃんから連絡があってね、昨夜からライトくんが帰って来ないって言うの!」
「ライトくんだってもう十八歳の高校生だよ。オールくらいするでしょ!」
「ふ~ん、あかりは彼氏の行動に寛大だねぇ。そんなだと浮気とかされちゃうよ」
「彼氏って……そんなのじゃ無いよ!」
いきなり体温が上昇するのがわかった。ただでも暑いのに、これ以上体温が上昇したら私死んじゃうかも?
「今回はオールとかじゃ無いみたい。昨日の夕方にライトくんからルナちゃんに電話があってね、身体が淡く光っている女の人を見掛けたそうなの。その女の人を尾行してみるって言っていたんだって」
「身体が光っているって、もしかして宇宙人?」
そう、以前宇宙人が現れたって言う依頼を調査したときにそんな説明を聞いていた。
「ライトくんの尾行は決して上手とは言えないよ! 普通に警戒している人とか、ほんのちょっと勘の働く人なら気が付く程度だよ」
「らしいね。ルナちゃんもそう言っていた。だから、心配したルナちゃんがライトくんの居場所を携帯のGPSで調べて追跡したけど、途中で電波が途切れてしまって追跡出来なくなっちゃったんだって。それで、ライトくん捜しを手伝ってほしいって電話して来たの。だから急いで仕度して!」
「そう言う事は、もっと早く言ってよね!」
私は大急ぎで出掛ける仕度をした。
ルナさんとは品川インターシティのカフェ前で待ち合わせしていた。みらいと私が到着すると、ルナさんはすでに来ていた。カフェの前に置いてあるテーブルでアイスコーヒーをストローでかき回している。
「ルナちゃん待たせてゴメンね」
みらいが声を掛けると、ルナさんは真っ赤に充血した虚ろな眼でみらいと私を見上げた。昨夜は全く寝て無いのだろう。そして泣いていた様だ。
こんな事態に成っている事を知らなかったとはいえ、朝寝坊に幸せを感じていた自分が腹立たしい!
「ルナさん、ドコから捜そうか? 国際平和管理機構の富永さんには連絡した?」
私は出来る限り穏やかな声で質問をした。
「うん、富永さんも捜してくれているんだけど、手掛かりが無いの。ドコを捜したら良いか分からない……」
「ルナちゃん、昨日ライトくんから電話が有ったところからもう一度話を聞かせて。その前にあかり、アイスコーヒー買ってきて! あとサンドイッチも三人分ね」
私はみらいに言われた通りにアイスコーヒーとサンドイッチを買いに行くことにした。今サンドイッチを食べるのかよって思ったけど、こんな時は黙ってみらいに従っておいたほうが無難だ。
アイスコーヒーとサンドイッチをテーブルに置くとみらいが言った。
「ルナちゃん、昨夜から何も食べて無いでしょ。ちゃんと食べないとライトくん捜しの途中で倒れちゃうよ! イザって時に力も出せないしね。あかりもちゃんと食べなさい。急いでいたから朝ごはん食べて無いでしょ!」
そう言う事か! ヤッパリみらいはお姉ちゃんだね!
「ルナちゃん、食べながら話を聞かせて」
ルナさんはゆっくり頷いて、サンドイッチを手に取り話し始めた。
「ライトから電話が有ったのは、夕方の六時半頃かな? 渋谷のスクランブル交差点の辺りだって言っていた。何でも、地下道だか地下街だかで身体が淡く光っている女の人を見掛けたって言って、少し様子を見る為に尾行するって……。なんだかイヤな予感がしたから、尾行なんか止める様に言ったんだけど。大丈夫だって言って電話切っちゃったんだ。六時半じゃ辺りはまだ明るいのに光っているっておかしいでしょ! だから、すぐに携帯のGPSで位置確認をしながら追跡したんだけど……」
「見失った訳だね。携帯は見つかったの?」
「それが見つからないの。渋谷から原宿まで歩いて、明治神宮に入った所までは電波を追跡出来たんだけど、そこで電波が途絶えてしまったみたいなの」
「電池切れかな?」
「ライトはいつも予備バッテリー持っているから、電池切れなら予備バッテリーを取り付けると思うの」
「そうだよね、ライトくんだって、そのくらいは気付くよね。」
みらいの『ライトくんだって』って言い方にちょっとイラッとしたけど、今はそれどころじゃないので黙っていた。
「とりあえず明治神宮に行ってみようか、何か手掛かりを見付けなくちゃね」
みらいの言葉に頷いて三人は立ち上がり渋谷へと向かった。
私達は渋谷のスクランブル交差点からライトの行動を追跡調査することにした。
「渋谷の人通りは夕方でも今とほとんど変わらないよね。ここで身体が光っている人に気が付くには相当強く光っていないと無理だよね」
辺りを見回しながらみらいが言った。
「そうだね。以前に会ったクラリオン星人のスティーブさんが自分達の皮膚組織には微量な蛍光物質が含まれているけど、通常の状態で地球人に気付かれることは無いって言っていたし。実際に会ったみらいも私も、スティーブさんが光っているなんて感じなかったものね」
「そうだね。宇宙人、少なくともクラリオン星人に依る誘拐では無さそうだね」
「スティーブさんって、この前の外人みたいな人でしょう。みらいちゃんとあかりちゃんは宇宙人とも親しいんだ」
「うん、スティーブさんは良い人だよ」
ルナさんはみらいと私が宇宙人と親しくしている事に驚いたみたい。そりゃそうだよね、宇宙人を宇宙人として認識している人なんかほとんどいないもの。
でも、スティーブさんに依ると、実は大昔からクラリオン星人は地球に来ていて、子孫も残しているらしい。学校の友達だってクラリオン星人の子孫だったり、クラリオン星人と地球人の混血だったりするかも知れないんだよね。
私達三人は明治神宮方面へと向かった。ライトはこの道を尾行していた筈だ。
「ライトくんは本当にこの道で尾行をしたんだよね?」
みらいが不思議そうに言った。
「確かにここは尾行には向かないね」
ルナさんもみらいの言葉に同意した。私も二人の意見に同感だった。だって、道の両側に並ぶ店舗のショーウインドウとか、柱や看板に取り付けられたステンレス板に尾行者が丸映りだ。実際私達の後ろをついて来る三人組の男子がいろんな所に映っているし……。多分ナンパ目的だろうと思うけど……。誰が声を掛けるかとか、誰がどの子がタイプかとか、話している内容まで聞こえて来そうだ。とにかく話し掛けるチャンスを与えない事が大事なんだけど……。
「彼女たち~、ドコに行くの? 道案内してあげようか?」
三人組の中で一番チャラそうなイケメン風男子が強引に話し掛けて来た。きっとルナさんのスマホでライトの通った道筋を確認しながら歩いているのを見て、何処かの店を探していると思ったのだろう。あ~面倒くさい。
「お構い無く! 急いでいますから!」
ルナさんが三人組を睨み付けながら言った。三人組は、ルナさん尋常で無い迫力にすごすごと渋谷駅方面へと戻って行った。
明治神宮の参道を歩いて行くと、ルナさんが立ち止まった。
「ここでGPSが途絶えたの」
私達は周囲を捜索する事にした。植え込みの中を覗いたり、道端に何か落ちて無いか探したりしたけれど、何も発見出来なかった。
ルナさんが悲しそうな目でみらいと私を見ながら言った。
「みらいちゃん、あかりちゃん、何も見付からないね。二人共ありがとう」
「でも、おかしいなぁ。何かしら痕跡が有っても良さそうなのに……」
「ルナちゃん、何か別の方法で捜すことが出来ないか考えてみようよ」
「そうだよね、みんなで考えたら何か良い方法が見つかるよ。きっと」
三人は原宿駅近くのカフェで休みながら今後の事を考えていた。さっきはああ言ったけど、三人共黙り込んだままだった。良い方法どころか、何も思い付かない自分が情けなかった。
そんな時、みらいの携帯が鳴った。
「はい、みらいです。…………今、原宿です。ルナちゃんと一緒にライトくんが行方不明に成っているからその捜索を。………………解りました、すぐに行きます」
みらいは電話を切りながら言った。
「川島さんの所にライトくんの情報が有るらしいよ。急いで行きましょう!」
三人は急いで品川駅前のホテル内にある国際平和管理機構の事務所へと急いだ。
国際平和管理機構の事務所に到着すると、川島さんの他にもうひとり女性がいた。絶対に会ったことが有る人だけれど、雰囲気がかなり違っている。
「萌絵ちゃん? 萌絵ちゃんだよね?」
みらいが言いながら抱き付いて行った。
「みらいちゃん、あかりちゃん、久しぶり」
萌絵さんが落ち着いた声で言った。
萌絵さんは一ヶ月位前に、未来からお兄さんを捜しにタイムチューブでやって来た女性だ。みらいよりは大人っぽかったけど、みらいと同じ二十歳だった筈だ。でも、今、目の前にいる萌絵さんはさらに大人っぽく成っている様に見えた。
「みらいさんとあかりさんは萌絵さんと以前会っていますが、あれから少し事情が変わっていますからもう一度紹介します。萌絵さんの住んでいる世界では、あれから五年経っているそうですから」
萌絵さん、五年経って二十五歳に成っているんだ。どうりで大人っぽく成っているわけだ。
「今回は正式にこの時代に来た、未来の警視庁時間犯罪管理部の山崎萌絵さんです」
萌絵さんが敬礼をした。何だかキリッとしていてカッコイイ!
「みらいさんとあかりさんは大丈夫ですね、こちらは国際平和管理機構第二地区担当エージェントのルナさんです。ライトくんのお姉さんです」
「初めまして、山崎萌絵です。よろしく」
「ルナです。よろしくお願いします」
萌絵さんとルナさんは握手したけど、ルナさんは挨拶よりライトの話を早く聞かせて欲しそうだ。それは当然だよね。私もライトの件を早く聞きたかった。
そんな雰囲気に萌絵さんも気付いているみたいで、すぐに一枚の写真をルナさんに渡した。
「ここに写っている少年はライトくんで間違い無いかしら?」
みらいと私も写真を覗き込んだ。銀座通りで撮影したらしい写真には、数人の若者が警察官に追われているみたいなシーンが写っている。逃げている若者の中のひとりは、確かにライトだった。
「確かにライトです。でも、この写真は何? 警察官に追われているみたいだけど……」
写真に写っているライトを指差しながら萌絵さんが言った。
「この写真は、銀座通りで一週間前に撮影した物です。その日は『自然環境を取り戻す会』と言う活動家団体の違法デモが行われて、そこで警官隊とぶつかった時の写真です」
「えっ? ライトがいなくなったのは昨夜からですよ! 一週間前には普通にしていたし……」
ルナさんは少し混乱して来たみたい。
「ルナさん、簡単に説明しますね。私は百年程未来からやって来ました。私達が時代を移動する際には、タイムチューブと言う物を使用します。このタイムチューブとは、異なった時代の異なった場所に出入口を設置して、そこをタイムチューブというもので結んでいます。今回私達が作成したタイムチューブは私達の時代のデモの後と、ルナさんの暮らす時代の今を結んだ物です。私達の時代の警察は、『自然環境を取り戻す会』が、違法にタイムチューブを作成して、昨夜のライトくんをデモの前の時間に設置したタイムチューブで移動させたと考えています」
ルナさんも少しだけ解った様な気になったみたい。
「多分ライトくんは自然環境を取り戻す会に言いくるめられて手伝っているだけだと思うの。そこで、ルナさんとみらいちゃん・あかりちゃんにも、ライトくんの捜索と『自然環境を取り戻す会』からの奪還を手伝って欲しいの」
「だったら、昨日の時点に来て、ライトくんを保護した方が良くないですか?」
みらいも私と同じ疑問を感じていたみたい。
「それがね、私達の世界で既に起きてしまった事柄について、それが無かった事になるとタイムパラドックスが生じてしまうの。起きて無い事柄に対応する為に過去へ行くことは無い訳だけど、行かないとその事柄が発生してしまうことになるでしょ。だから、タイムチューブをライトくんが未来に行った翌日に設定したの。貴女達にすれば、ライトくんがいなくなる前に何とかして欲しいと思うのは当然だよね。でも仕方ない事なの。協力してもらえるかしら?」
ライトを連れ戻す為なら、私達に迷いは無かった。
「手伝わせて下さい!」
「もちろん行くよ!」
「行きます!」
萌絵さんの申し出に私達は喜んで協力する事にした。ライトを捜す手掛かりを失った私達には、願っても無い申し出だった。
「すぐに行けるんですか?」
ルナさんが今すぐにタイムチューブに飛び込んでしまいそうな勢いで聞いた。
「ごめんなさい。今すぐはダメなの。未来と過去を往き来する際には、時間管理局の許可が必要なの。出発は明日の午前十時でどう? それまでには許可が取れると思うわ。あと、未来に行くにあたっての注意事項だけど、過去の物の持ち込みは極力控えてほしいの。向こうでの着替えなどの必要品はこちらで用意します。だから特に準備する必要はないわ」
私達三人は、明日の午前九時三十分にこの事務所に集まることを確認し、今日は解散することにした。
翌日、九時三十分に国際平和管理機構の事務所に行くと、すでにルナさんと川島さん、そして機構第二地区担当の富永さんも来ていた。萌絵さんはまだ到着していない様だ。
「おはようございます」
「おはよう。萌絵さんはまだですが、皆さんにはこれを渡しておきましょう」
川島さんが携帯電話の様な機械を三台机の上に出した。
「昨日萌絵さんから預かった無線機です。この無線機はタイムチューブを通して通信が出来るそうです。各自携帯して下さい。そろそろ萌絵さんも到着するでしょう。萌絵さんが到着したら出発になります。気を付けて行って来て下さい」
三人が無線機を受け取り、操作方法を教わっていると、事務所の壁の一部が風に吹かれてたなびく霧の様にゆらゆらと歪んだ。その霧の中から萌絵さんが現れた。
タイムチューブに入って行くところは見た事が有ったけれど、出て来るところを見るのは初めてで……。私は口の閉じ方を忘れた子供の様な顔をしていただろう。ルナさんもみらいも唖然としていた。
「あら、どうしたの?」
萌絵さんの言葉が無かったら、三人共永遠に口を閉じることが出来なかったんじゃないだろうか?
「あっ、はい、え~と。びっくりした」
「驚いた? でも大丈夫よ。身体には何も影響は無いから。三人共準備は出来ている?」
「大丈夫! 準備オーケー」
みらいが代表して答えた。
「じゃあ、出発しましょうか! 川島さん、富永さん、三人をお預かりします」
私達は川島さんと富永さんに挨拶して、萌絵さんについてタイムチューブの中に入って行った。
チューブ内は乳白色の霧の様なものが立ち込めていた。
ちょっと不安になってきた私は、みらいに話し掛けた。
「何だか真っ白だね」
「そうだね、まるでカルピスの中を歩いているみたい」
みらいらしい表現に萌絵さんとルナさんも吹き出した。お陰で不安がかなり薄まった。
カルピスの中を百メートルほど歩いただろうか? 室内と見られる風景が前方にうっすらと見えてきた。次第に濃くなってきた風景がいきなりはっきりとした。
「到着です。ようこそ私達の時代へ」
萌絵さんがちょっとおどけた感じで言った。
到着した場所はホテルの部屋の様だった。
「ここは私達の時代のホテルの一室です。今回の時間移動用に借りた部屋です。皆さんの宿泊用の部屋も隣に用意して有ります。先ずは、隣の部屋へ移動しましょうか」
萌絵さんの案内で隣室へ入った三人は唖然としてしまった。
ここがホテルのスイートルームって言う所? 六人掛けのダイニングテーブルとゆったりしたソファー、キッチンまで付いたリビングダイニング、それに三つの寝室が有る。もちろん広い浴室と二つのトイレも付いている。窓からはジオラマみたいな東京の街が見渡せた。
凄すぎる、こんな部屋に宿泊出来るなんて……、もう二度と無いだろう。
「勝手に部屋を決めちゃったけど良いかな? 各々の部屋に着替えの洋服とかが入っているから、自由に使ってね。洋服は雰囲気に合わせて選んでおいたけど。このホテルのショッピングモール内なら、どの店舗でもルームキーを見せれば購入出来る様になっているわ。必要なものが有ったら自由に買ってね。支払は勿論警視庁持ちだから安心して買い物してね」
こんなVIPみたいな待遇を受けて良いのだろうか?
三人が室内を見て回っていると、萌絵さんが言った。
「今、警察の方でライトくんの居場所を調べているから。今日中には特定出来ると思うわ。だから、捜査は明日からになるけど、それまでゆっくりしていてね。ショッピングモールで買い物をしてもいいしね」
「すぐに捜査は始められないんですか? ホテルでこうしていても落ち着かないし……。少し街に出てみられないかな? 捜査するのにも街の雰囲気を知っておきたいしね」
みらいの言葉にルナさんと私も頷いた。
「それじゃ、今から街に出てみましょうか。それと、これもお願いなんだけど、このホテルから外に出るのは、私が一緒に居る時だけにしてね。勝手に街に出たりしないでほしいの。これはこの時代の維持管理とあなた達の安全の為に重要な事だから絶対に守ってね」
「うん、解った」
三人は萌絵さんと約束して、街に出た。
周辺の風景は、百年も経っているのに私達の時代と驚くほど似ている。ここは多分高輪辺りだろう。
「何だか、百年後の世界に来た感じがしないね。ここ、高輪みたい」
「そうでしょう! 私も最初に百年前のあなた達の世界に行った時にそう思ったわ。お陰であまり迷わないで済んだけどね。どこか行ってみたい場所は有る?」
「じゃあ、渋谷に行ってみない? ライトがいなくなる前に歩いた所……、もう一度行ってみたいな」
ルナさんは、そう言いながらみらいと私に同意を求める視線を送った。みらいも私もそれに同意して、渋谷に行くことにした。
品川駅まで歩いて、電車で渋谷駅に移動した。途中の駅も車窓からの眺めも百年前とあまり変わらない。私の想像した未来都市とは全く違う。百年の変化ってこんなものなのかな?
電車も普通に山手線だったし……。自動車の形は少し変わっていたけど、数年ごとにあるフルモデルチェンジと大差無い感じだった。
渋谷に着いて、スクランブル交差点から明治神宮まで歩いたけど、ライトの手掛かりを探して昨日歩いた時とほとんど変わらない印象だった。特に収穫は無かったけれど、とりあえず百年前の土地勘はそのまま活かせそうな事はわかった。
私達はホテルへ戻ることにした。
ホテルの部屋に着くと、私達は萌絵さんを質問責めにした。
「萌絵ちゃんは何で警察官になったの?」
「それはね、兄を捜しに過去の世界に行った時、みらいちゃんとあかりちゃんに会ったからかな。あの時、ふたりが私達兄妹の為に一所懸命に動いてくれたでしょう。あんな風に人の為に働けたら良いなぁって思ったのよ」
「それで警察官に成ったんですね。お兄さんはお元気ですか? 違法に過去に行って来て大丈夫だったんですか?」
「当初は一応犯罪行為だからね、行動を制限されたり監視が着いたりしていたけどね。今はもう大丈夫! 兄とはお互いに忙しくてあまり会えないけど、元気にしているわ」
「そう、良かったね。あと、今回の件に関係している、『自然環境を取り戻す会』ってどんな組織なの?」
萌絵さんの表情がほんの少し曇った様に見えた。
「それを説明する前に、今の日本の状況から話さないといけないんだけれど、タイムパラドックスの問題とか、あなた達の今後の人生への影響とかの関係で、話せる内容には制限が有るの。そのせいで多少解り難いところも有ると思うけど我慢してね」
萌絵さんは前置きをした。
「今日街に出てみて、どう思った?」
「何だか百年も経っているのに、私達の時代とあまり変わらない印象だったかな? 街もそうだけど、電車や自動車もあまり変わって無いみたい……」
ルナさんも私と同じ印象だった様だ。みらいにとっては、もっと違和感が強かったみたいだ。
「それもそうだけど、もっと何か変な感じがしたよ。何て言うかな……。何だか作り物みたいな感じ? 映画のセットとか……みたいな」
「みらいちゃんは鋭いね! そうなの、この街は『ジオ・東京』って言ってね、ある意味作り物の街なのよ」
「ジオって?」
アニメだったら、私達三人の頭の上には『?』マークが描かれているだろう。
「ジオって言うのは、ジオフロントの略で、いわゆる地下空間みたいな意味なんだけど、ここが地下っていう訳ではないの。元々は貴女達の住んでいた土地と同じなんだけどね。事情が有って、東京の二十三区を大きなドームで覆ってしまったの。それで結果的に地下の様な閉鎖された空間になってしまったわけ」
「でも、空も有ったよ。青空に雲も浮いていたし……太陽だって出ていたし……」
「そう見えただけなの。ドームの内面に映像を映した偽物の空なの。季節に合わせて気温や風、天気も再現されているからね、曇りの日もあるし、雨だって降るのよ」
萌絵さんは途方もない事を言い出した。私達には到底信じられない事だった。
「でも、百年位でそんな大きな工事が出来る様になるの?」
「人間っていうのは、やらなくちゃならない事態になると、なんとかしちゃうものなんだね。私が産まれる前には完成していたからね」
「こんな大掛かりな工事をしなくてはならない事情って……。いったい何が起きたの? 大災害とか、戦争とか?」
「ごめんなさい。未来に起きる事を過去の人に話すことは出来ないの。貴女達のこれからの人生にも関わってくる事だし、場合に依ってはタイムパラドックスを起こしてしまうかも知れない事だから絶対に話せないの」
確かにこんな大がかりな工事が必要な事なんて……。
「まあ、そこは色々有るのでね。本題の『自然環境を取り戻す会』の話になるんだけど……。ジオ東京の住民は、このジオシティから出ることは禁止されているのよ。『自然環境を取り戻す会』はジオシティの居住者が自由に外に出られる権利を主張していて、デモなどを行っているの。最近では警察と小競り合いが絶えなくって、双方に大勢の怪我人も出ているの」
「いわゆる過激派? ライト、そんな組織に入っちゃっているの?」
ルナさんが不安そうに言った。私もライトのことは心配だけど、ライトの捜索や救出の為には、組織の事や組織と政府や警察の事をもっと知らないといけないと思った。
「だけど、なんでジオシティから出ちゃいけないの?」
「ジオシティを造った理由にも関係しているんだけど、当初の政府説明だと外部は危険だからって言っていた様なの。それから今まで、危険だって言うだけで外部の現状は何も発表されて無いからね。色々な組織が反発していたんだけど、ほとんどは政府の圧力に屈して解散してしまったの。けれど、『自然環境を取り戻す会』だけは未だに強力な力を持ち続けているのよ」
何だか、『自然環境を取り戻す会』も胡散臭いけど政府も負けず劣らず胡散臭い気がした。警察官の萌絵さんには悪いけど……。
「なんとなく解った! で、明日は朝からライトくんの捜索を出来るんでしょ? 萌絵ちゃんが来てくれるの?」
「うん。明日の朝……九時頃に来るから。一緒に捜索しましょう」
「解った、出掛ける準備して待っているね」
萌絵さんは帰って行った。
ルナさんと私は、萌絵さんの話の内容についてあれこれ話し合っていた。
「ねぇねぇ、ほら、可愛い服がイッパイ有るよ! 明日はどれを着て行こうかな~」
みらいには全く緊張感が無い。まあ、いつもの事だけど……。
明日の為に今夜は早く寝る事にした。