児童公園の結界
またしても、不思議な事件が起きているらしい。品川駅近くの国際平和管理機構の川島さんに呼び出された。
「数日前から品川区西大井の児童公園で、公園内に入る事が出来ない事態が発生しています」
「入る事が出来ないって、誰かが封鎖しているんですか? バリケードとかで……」
「いいえ、入る事が出来ないと言うか……、公園の入口から中に入ろうとしても、反対側に出てしまうそうです。公園の中は普通に見えているのですが、見える限り内部に異常はないようです。たぶん、空間に歪みが発生していると思われます。入る事の出来ない原因や、誰が何のために起こした事象なのか、又は自然現象なのか全く解っていません。現場の公園には、すでに浜田さんが到着していますので、合流して調査をお願いします」
今回の依頼はなんだか漠然としていている。私達は、とりあえず西大井の公園に向かうことにした。
「みらいさぁ、今回の依頼って何をしたらいいのかなぁ。調査って何をするの?」
「そうだねぇ……、公園を眺めても仕方ないしねぇ……」
「機構の依頼って、いつもアバウトだけど、今回ほど訳の解らない依頼は珍しいんじゃない?」
「そうだね、これだけ漠然としていたんじゃ現場に行ってみるしかなさそうだけど……」
「そうだ! スティーブさんに相談してみようか? 宇宙人だし、何か解るかも?」
スティーブさんとは、以前川島さんからの依頼で会った人で、オリオン大星雲から来た宇宙人だそうだ。自分達の祖先と地球人の関係を学術的に調査している人だ。
「あかり、名案かも! スティーブさんなら何か解るかも?」
電話したらスティーブさんも興味があると言うので、現場の児童公園で待ち合わせすることにした。
みらいと私が現場の児童公園に着くと、浜田さんと数人の警察官が公園を封鎖していた。三方向が道路に面していて、もう一方は住宅の庭に面した普通の児童公園で、異常が有る様には見えない。
みらいが浜田さんに声をかけた。
「お疲れ様です。この公園ですか? なんだか普通の公園ですね」
みらいの言葉に振り向いた浜田さんは、笑顔で答えた。
「そうでしょう、見た目は全く異常が無いけどね……」
「浜田さんは中に入ってみましたか?」
「もちろん入って無いよ。何が起こるか解らないからね。みらいちゃんも不用意に入らない様にね」
「でも、入ってみないと解らないじゃない?」
みらいが危険なことを言い出したと思ったら、いきなり公園に入って行った。
「みらい、危ないよ!」
私は止めようとしたけど、間に合わなかった。みらいは公園の入口でスッと消えてしまった。
「みらい! 大丈夫! 返事して!」
慌てて駆け寄ろうとしたら、公園の反対側からみらいの声がした。
「すごい! ワープしたよ!」
みらいが公園の反対側で両手を振っている。
「なんだか楽しいよ! ワープだよ、ワープ!」
言い終わったと思ったら、公園のこっち側にみらいの華奢な体が現れた。一瞬の出来事だった。
「な、なに無茶な事をしているのよ! 変なことになったらどうするのよ」
「心配した? でも川島さんが言っていたでしょう。入ろうとしても反対側に出てしまうって。と言う事は、反対側に出てしまうだけで、何も起こらない事は証明済みって事でしょう?」
「それはそうだけど……。でもいきなり入ったらビックリするじゃない。まったく! もう少し慎重に行動出来ないの?」
確かに川島さんが言っていたから大丈夫なんだろうけど、みらいのやることは大胆過ぎるよ。浜田さんなんか、口を開けたままフリーズしちゃてるし……。
「あ、あの、みらいちゃん大丈夫? 急に反対側に行っちゃうし、急に戻って来たし……」
あーあ、浜田さん、かなり動転しちゃてるよ。浜田さんはみらいのこと好きみたいなのに、そのみらいが公園に入って消えちゃった訳だからね。それは慌てるよね。まぁ、反対側にワープしただけだったけど……。全くみらいは罪な女だよ。
「みらいさん、あかりさん、遅くなりました」
スティーブさんが大きな荷物を持った男の人と一緒にやって来た。
「あっ、スティーブさん。来てくれたんですね。紹介します。こちらが警視庁の浜田さんです。そして、こちらが国立港大学准教授のスティーブさんです。調査の協力をお願いしました」
みらいが、まだ立ち直りきれない浜田さんのことは気にもしていない様子で紹介した。
「初めまして、港大学のスティーブです。彼は学生の栗田くんです。今日は助手として連れて来ました」
「警視庁の浜田です。よろしくお願いします」
挨拶を済ませたスティーブさんは、学生の栗田さんに指示をして調査の準備を開始した。
私は今回の事象の参考になるかと思い、ずっと気になっていたことをスティーブさんに質問してみた。
「そういえば、私達が尾行したとき、研究室に入ったはずのスティーブさんが後ろから現れましたよね。あれも今回みたいに空間の歪みとかを利用したんですか?」
「ははは、あれはですね、栗田くん達学生が作ったトリックなんですよ。隣の部屋に続くドアの前に背板を取り外したロッカーを置いただけですけどね。隣の部屋に続くドアが有る事を知らない人は大体驚きます」
スティーブさんはいたずらっ子みたいな笑顔で私を見ている。
「なんだ、そうだったんですか。ずっと気になっていたんです。きっと何かの装置を使って瞬間移動とかをしたんだと思っていました」
なんだ、そんな事だったんだ。真剣に考えていた自分がバカっぽくて恥ずかしいよ~。
「驚かせてすみませんでした」
スティーブさんは私の落胆ぶりに申し訳なさそうに謝った。私の言葉にも若干の怒りが加わる。
「いいえ、理由が解ったので大丈夫です。今回の調査って何をするんですか?」
「まずは、空間の歪みの大きさと、通過する時の内部空間の距離を測定してみようかと思います」
「栗田くん、機器の設置は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
栗田さんは機器を設置すると、スティーブさんと共に空間の距離を測り始めた。
「通過時には内部空間の距離は無いみたいですね。その上、内部空間には計測用の機器も存在できない様ですね」
スティーブさんは公園の周囲を測ったり、釣竿みたいに伸びるスケールで高さを測ったりしている。
「この空間の歪みの大きさは、縦二十五メートル、横四十メートル、高さ十メートルくらいですね。そして、物質は入れないけれど光や電波の様なものは出入り出来ると思われますね」
大きさのところまでは理解出来るけど、その先は訳わかんないよ~。みらいと浜田さんの頭の上にも巨大な『?』が浮かんでいるみたいだし……。
スティーブさんは私達三人の『?』を察して説明をしてくれた。
「もし、光が出入り出来ない場合は、内部の光が外に出て来られない訳ですから、内部は真っ暗に見えるか、外からの光を反射して鏡のように見えるはずです。それなのに、内部の様子が外から見えると言うことは、光が出入りしていると言うことになります。だとすれば、同様の性質を持った赤外線やレーザー・音波等も出入り出来ることになると思われます」
なるほど、そういうことか。浜田さんとみらいも納得したみたい。スティーブさんは解説を続けた。
「この現象が自然現象だとは思えません。それを踏まえて内部を注意して見て下さい。公園の内部に不自然な物が存在することに気付きませんか?」
私は公園の内部を探したけど、ブランコ・鉄棒・滑り台・ジャングルジム、児童公園ではお馴染みの遊具ばかりで不自然な物は見当たらない。浜田さんとみらいも公園の内部を探していたけど、見つからないみたいだ。
「見つかりませんか?」
スティーブさんが三人を見渡した。
「はい! ヒント下さい」
みらいが手をあげて叫んだ。クイズじゃないでしょう! 本当にみらいは状況を楽しみすぎ!
「ヒントは光です。光は中に入る事が出来るから内部は明るい訳です」
あっ! 解った。私はみらいにつられて、つい手を挙げて言った。
「解りました! 内部は明るいはずなのに、公園の真ん中に建っている照明が点いています。普通公園とかの照明は暗くなると点いて、明るくなると消えますよね。だから昼間に照明が点いているのは不自然です」
「あかりさん、正解です。きっとあの照明がこの現象を作り出しているのでしょう。何者かに依って仕掛けられた装置だと思います」
「あかり、すごーい! 良く解ったね。でも中に入れないから、あの照明を撤去することは出来ないね。どうしたら良いんだろう」
浜田さんが、少しは立ち直って警官らしい発言をした。
「そうですね。本来なら回収して、装置の構造や機能を調べたいところですが、ちょっと難しいですね。現実的には、レーザーとかで破壊して停止するしかないのでしょうか?」
浜田さんの発言に対して、スティーブさんが言った。
「今回はたぶん、何者かが実験を行ったのだろうと思います。公園内の街灯には太陽光発電パネルは付いていませんから、装置を動かすエネルギーは内臓電池を使用していると思われます。だとすれば、あと数日でエネルギーが切れて装置は停止するでしょう。それを待てば装置を回収出来ると思いますよ」
「なるほど!」
浜田さんは納得したみたいだけど、エネルギー切れまで警備は続くわけで……。まぁ、警備は浜田さんと警察に任せて私達の仕事は終了~。
川島さんへの報告は、みらいと私だけだと不安なので、スティーブさんに同行をお願いした。
国際平和管理機構に着くと、報告の大部分をスティーブさんに任せてしまった。みらいや私の報告だったら、川島さんには何も伝わらないと思う。だって、みらいも私も訳が解らないんだから仕方ないよね。
スティーブさんの説明が終わると川島さんが言った。
「大体解りました。装置は回収出来次第調査します。スティーブさんの言う通りに、今回の件が実験だとすると、今後も同様の事が起きる可能性が有りますね」
「そう思います。多分、もう少し大きな規模になるでしょう」
スティーブさんの意見を川島さんは頷いて聞いている。
川島さんへの報告を済ませた後、スティーブさんの研究室に寄って行くことにした。今回の事件が実験だった場合、今回の現象についてもう少し理解をしておいた方が良いと思ったからだ。だけど、その思いは空振りに終わった。だって、結局解らないものは解らないってことが解っただけだったから……。
私は、スティーブさんの事で気になっていたことを聞いてみることにした。
「そう言えば、クラリオン星は地球から六千光年も離れているんですよね。スティーブさん達はやっぱりワープとかで来たんですよね? 光の速さでも六千年もかかるんだから、すごく早い宇宙船を作ったとしても普通じゃ無理ですよね?」
「その通りです。我々クラリオン星人はワープ技術を確立していますから」
「ワープって、あの公園みたいなものですか?」
「似てはいますが、我々のものとは形式が異なる様ですね。我々のワープ技術はワープ航路と言う空間、簡単に言うと近道ですね。それを作り出して、その中を通って目的地へ行きます。その為、近道なだけでそれなりに時間がかかります。最初に地球に来たクラリオン星人は、十年くらいかかったらしいですよ。今でも一ヶ月くらいかかります」
「地球までは、そんなに時間がかかるんですね」
「そうですよ。遠いですからね。ところが、公園の装置は、入口と出口にパネル状のワープ空間を展開することで、パネル間の距離がゼロになり通過時間もゼロになる様です。例えば、クラリオン星と地球にあの装置を設置すると、その間を一瞬で行き来出来る訳です。私達が使用しているワープ技術だと、公園の様な小さな空間にワープ航路を設定した場合、実際の距離よりもワープ航路の方が長くなってしまいます」
「すご~い!一ヶ月もかかる距離が一瞬になっちゃうんだ」
みらいが緊張感の無い声をあげた。私はそれには構わずに、スティーブさんへの質問を続けた。
「スティーブさんは誰が今回の装置を設置したと思いますか?」
「現在の地球にはあの様な装置を作る技術が有るとは思えません。だから、多分我々とは別の星から来ている異星人でしょう。公園の装置を回収して調べれば何か解るかもしれませんが……。とにかく装置の調査をしないと、ですね」
「そうですね。川島さんも『公園の装置を回収したら連絡します。装置を調べる際には、また協力をお願いします』って言っていましたね」
「装置を調査するのが楽しみです。いったいどの様な装置なのか早く知りたいですね。我々以外の異星人というのも気にもなりますしね」
私はもう一つ気になっていることを聞いてみた。
「以前フリーマーケットでスティーブさんを捜していた時、特徴として皮膚が発光しているって聞いたんですけど、スティーブさんは光って見えないですよね……」
「ははは、光っていますよ」
そう言うと、研究室の隅から段ボール箱をひとつ持ってきて、カッターで腕が入るくらいの穴と、小さなのぞき穴をあけた。その中に腕を入れて、覗き穴から覗くように言った。
「どう、光っているでしょう」
私は覗き穴を覗いてみた。
「うーん、光っていると言えば光っているかな? 箱の中は暗いのに、一応腕らしきものが見えるって事は光っているからなんですか?」
「私にも見せて~」
みらいが覗き穴を覗いた。
「光っている? 良くわかんな~い」
「そう、そんなものです。私達クラリオン星人の皮膚細胞には、微量の発光成分が含まれているんですが、ほんとうに微量なのでね。それほど強くは発光しないんです。だから『光っているって言うほどは光っていない。だけど、全く光っていないと言うわけではない』と言う事なんです。だから、地球の人達に光っていると認識されたことは今まで一度も無いです。がっかりしましたか?」
「ちょっとだけ……。ぴかぴかしてきれいに光っているのを想像していましたから……」
「あかりはそんな想像していたんだ。そんなに光っていたら、もっと簡単に見つかっているでしょう。わりとカワイイ想像していたんだね」
みらいがからかう様な笑顔を向けた。スティーブさんも笑っている。私は真っ赤になってうつむいてしまった。
あ~、はずかしいよ~
数日後に川島さんからみらいに連絡が有った。スティーブさんの予測通り、公園の装置がバッテリー切れで停止したので回収したそうだ。装置を見に来るかって聞かれたらしいけど、装置のことは解らないし興味もないので断ったそうだ。もちろん私にも異論は無い。だって、宇宙旅行が出来るくらい科学が進んでいる人達の装置なのに、私に理解出来る訳無いしね。