東京タワーの行方不明者
「みらいさぁ、最近ネットで噂になっている、東京タワーの行方不明者って知っている?」
「しらにゃいよ? ニャ~にそれ?」
普段のみらいは、誰かれ構わず甘えた声を出す。妹の私でさえ例外ではないのだ。
「日曜日の東京タワーで入場者と退場者の数が合わないんだって。必ず入場者の方が一人多くて、入場者の一人が東京タワーの中で消えちゃっているっていう噂」
「なにそれ! ただの数え間違いじゃないの? 実際に行方不明者なんか出たらもっと大騒ぎになるでしょ。そんなだから、ネットは信用されなくなるんだよね」
「それがね、入場時と退場時の防犯カメラ映像チェックでも一人足りないんだって。行方不明者の届け出にもそれらしいのは無いみたい。防犯カメラ映像では、入場者の数が多くて、なかなか特定出来なかったんだけど、内部の防犯カメラの映像をチェックしていたら、人が消えるところが映っていたらしいよ。その動画がネットにアップされているんだ」
「そんなの合成とかで、出来るんじゃないの? 人が消えるなんてありえないよ」
「私もその動画見たけど、歩いている人が何かに吸い込まれるみたいにスッと消えちゃうんだ。ネット上では、『合成に決まっている!』って声もあるんだけど、実際に見たって言う人もいるんだってさ」
「ふ~ん、そうなの? でも私には関係無いかな、興味もないしね」
「でも、三週連続でおきているらしいよ。川島さんから私達に依頼が来たりしてね」
これは三日前にみらいと私が交わした会話だけど、その依頼が本当に来ちゃった。
金曜日の放課後にみらいと待ち合わせて、いつもの様に品川駅近くの国際平和管理機構へ行き、川島さんから依頼内容を聞いた。
「みらいさんとあかりさんは、東京タワーの行方不明者の噂は聞いたことは有りますか?」
「この前、あかりから聞きました。日曜日の入場者と退場者の数が合わないって言う話でしょう? ネットで噂になっているそうですね」
「そうです。その後の調査で、土曜日には逆に入場者より退場者の方が一人多いということが判りました。全ての防犯カメラ映像をチェックして、日曜日の行方不明者と土曜日の一人多い人が同一の人物であることが確認されました」
「へ~、大変な作業だったんでしょうね」
「最近はそれほどでも無いですよ。入場者と退場者の画像をコンピュータで照合するだけですからね。そうすると、入場したのに退場していない人物と、入場していないのに退場した人物が特定される訳です。土曜日と日曜日の余った人物をチェックして同一人物が見つかりました」
「そんなこと出来るんだぁ。凄いですね」
「それで今回は、土曜日に東京タワーへ行き、対象に接触して消えたり現れたりする原理と目的、それと対象の正体を調査して下さい。これが対象の写真です。出現場所はこの辺りになると思われます」
髪の長い女の人の写真と赤いマークが付いた東京タワーの案内図を渡された。
「あれ? 女の人なんですか? 私が見た動画は男の人でしたけれど……」
「ネットの動画ですね。あれは合成でしょうね。私達の調査では、この女性が対象だと思われます」
次の日、東京タワーの開く時間に到着したみらいと私は、エレベーターで大展望台一階のカフェ辺りに向かった。川島さんの情報が正しければ、そこが出現場所だけれども、すでに出現している場合も考えられる。
「あかりはこの辺りで待機していて。私はひと周りしてくるから」
みらいはそう言って反時計回りに歩き出した。私が周囲を見渡し、対象を探していると、スマホに電話がかかってきた。
「あかり、いたよ! 反対側から回って来て!」
「わかった、すぐ行く」
私が時計回りに歩き出すと、すぐにみらいが見えた。対象の位置を目で指し示している。私も対象を確認して近付いて行った。
「すみません、東京タワーで消えたり現れたりする人ってあなたですよね?」
みらいが妙な言い回しで問いかけた。元々妙な話だから問いかけも妙な言い方になるのは仕方ないけど、もう少し違った言い方は無かったのだろうか?
「あなた達が国際平和管理機構のエージェント?」
「なぜそんなことを知っているんですか?」
お互い質問に質問で答えている。これでは話が進まないじゃないかって思ったら、話を進めたのは対象の方だった。
「ひ・み・つ」
対象が声を発したと思ったら、対象の体が薄くなり始めた。みらいが薄くなりかけた足を払った。ほぼ同時に私も対象の腕を掴み関節を決めながら壁に押し付けた。体は完全に見えなくなったが、対象の腕の感触はしっかり有る。居なくなったのではなく、見えなくなっただけだ。私は腕に力を込めた。
「痛い、痛い、降参、降参。逃げないから……」
私は手の力を少しだけ弱めた。
「姿を現して下さい。現さないと腕、折れちゃうかも?」
私は少しだけ脅してみた。もちろん腕を折ったことも無いし、折る気なんて全くないけれど。
「解ったわよ! 可愛顔して乱暴ね!」
その言葉と共に女の人の体が見えてきた。
「逃げないから腕を放してくれる?」
みらいが放しても良いと、目で合図したので私は腕を放した。
「ココじゃナンですから、場所を変えてお話を聞かせて下さい」
みらいはそう言って、騒ぎで注目を浴びてしまった為に居づらくなった東京タワーを出て近くのカフェに女の人を連れて行った。
「コーヒーで良いですか?」
みらいが聞くと、女の人がうなずいた。
「あかり、コーヒーを二つとあかりの飲みたい物、買ってきて」
私がホットコーヒーを三つ買って来ると、女の人を壁側に座らせみらいがその出口を塞ぐ様に座っていた。
「あなたが言った通り、私達は国際平和管理機構のエージェントです。私はみらい、この娘はあかりです。あなたの名前を教えてもらえますか?」
「私は山崎萌絵。二十歳独身よ。よろしく」
みらいと同い年だ! 二十歳にしては色っぽくて大人の女性って感じだ。可憐で愛らしいみらいとは、正反対のオーラを出している。
「萌絵さん、どうやって姿を消しているのか聞かせて下さい」
「そうよね。不思議でしょ。あれは光学迷彩と言う技術なのよ。光の屈折がどうしたとか、理屈はよく解らないけど、このスイッチを押すと作動するの。押してみようか?」
「いえ、押さないで下さい。また手荒な真似をすることになっちゃいますから」
「そうね、あれは痛かったから。もうごめんだわ」
萌絵さんは私の方を見て言った。
「あっ、すみませんでした」
反射的に謝っちゃったけど、なんで私が謝らなくちゃいけないの?
「それで、萌絵さんはどちらから来たのですか?」
「あなた達には信じられないかもしれないけど、私ね、未来から来たの。私が住んでいるのは、2111年の東京なの。信じてくれる?」
「信じますよ、この前なんか、宇宙人さんに会っちゃったし、不思議には慣れていますから」
「そうなの? 宇宙人に会ったんだ。ねえねえ、どんな人だった? いい男だった?」
「わりとイケメンでした、でも、今はその話じゃなくて、萌絵さんの話がしたいです。未来からはどうやって来たのですか?」
「いわゆる時間移動装置なんだけど、私達はタイムチューブって呼んでいるわ。東京タワーに未来と繋がっている時空の穴が有るの。私の兄が作ったのよ。すごいでしょう」
「タイムチューブって言うのですね。なぜ東京タワーになんか作ったのですか? もっと発見されにくい場所も有ったでしょう?」
「それは兄に聞かないと解らないわ。私にはタイムチューブの原理さえ解らないんだから」
「お兄さんは未来にいるんですか?」
「それがね、四年前にこっちへ来たきり帰って来ないのよ。それで私が捜しに来たってわけ。四年前に同じ様な事件って無かった?」
「私がエージェントになったのは二年前からだし、あかりは今年からなので知りません。国際平和管理機構の担当さんに聞けば知っているかもしれないけれど……」
「その人に会えるかしら?」
「連絡してみます。でも、なぜ四年も経ってから来たのですか? お兄さんが帰って来なかったらすぐにでも捜しに行こうと思いますよね?」
「そう思ったけど、法律で二十歳未満のタイムトラベルは禁止されているの。だから、初めてこっちへ来たのは二十歳の誕生日なのよ」
「タイムトラベルって、行先の日付や時間とかを指定して行くんじゃないの? お兄さんが最後にタイムトラベルをした日付に行けば見つかる確率が高いんじゃない?」
「それがね、タイムチューブの場合は、最初に出入口を設定した時点でその場所に固定されてしまうのよ。そうすると、その場所の時間の流れに従ってしまうの。だから、行きたい日付に行くためには、もう一度タイムチューブの設置をしなくちゃいけないの。その為には、届け出とか新規設置費用とかが大変なのよ」
「そうですか、解りました。今担当さんに連絡しますね」
みらいが川島さんに連絡したら、連れて来るように言われたらしい。みらいと私は、萌絵さんを品川まで連れて行く事にした。人混みでまた消えられたら面倒なことになるのでタクシーを選択した。
「ここで光学迷彩を使ったら運転手さん、ビックリするだろうね」
タクシーの中で萌絵さんが、とんでもないことを言っていたずらっぽく笑った。私は腕を掴み睨み付けていた。萌絵さんには、自分が騒ぎを起こしている自覚が全く無いみたいだ!
みらいもみらいだよ、萌絵さんと楽しそうに恋愛やファッションの話しをしているし……。
タクシーを降りて、品川駅近くのホテル内にある国際平和管理機構に着くまで、みらいと萌絵さんは楽しそうに話し続けていた。
「こちらが国際平和管理機構の川島さんです。こちらが東京タワー事件の山崎萌絵さんです」
みらいが川島さんと萌絵さんを紹介した。
「こんにちは、川島です。皆さんが到着するまでに、萌絵さんのお兄さんの件を調べていましたが、もう少し時間がかかりそうです。お兄さんの名前と行先の心当たりが有れば教えて下さい。お兄さんの写真も有ると助かるのですが……」
「兄の名前は山崎信一、行先の心当たりはありませんが、兄は昔のゲームが好きで家でも良くゲームをしていました。古いゲーム機を修理して……。だから先週までゲームセンターとネットカフェを探していたんです。これが兄の写真です」
萌絵さんは一枚の写真を出して川島さんに渡した。川島さんはその写真を三枚コピーして、みらいと私に渡し、元の写真を萌絵さんに返した。
「そうですか、ゲームセンターやネットカフェも調べてみましょう。明日の夜までこちらに居るのですよね? 宿泊先を教えてもらえますか?」
「いつもホテルは使っていないんです。この時代のお金は手に入りにくいので、兄を探しながら街でぶらぶらしています」
「そうですか。では、この携帯を持っていて下さい。何か解ったら連絡します」
川島さんはお兄さん探しの協力を約束し、萌絵さんに携帯電話を渡した。
「泊まる所が決まって無いなら、私達の家に泊まれば? もっと話しをしたいし……。調査は川島さんに任せて家で連絡を待とうよ」
みらいが萌絵さんを家に誘った。
「本当に! 助かる~、夜中まで動き回るのも大変なのよ。翌日は眠くってね」
私達は3人で国際平和管理機構を後にした。
「萌絵ちゃん、まだ早いから、もう少しお兄さん探しをしようか? 近所のゲーセンとか行ってみる?」
「いいね! みらいちゃんが一緒だと助かるよ。この時代のことよく解らないから」
いつの間にか、みらいと萌絵さんはお互いのことを『ちゃん』付けで呼ぶことにしたらしい。
その日は、大井町辺りのゲーセンやネットカフェを数軒探したけど、お兄さんの手掛かりは見つからなかった。その代わり、みらいと萌絵さんの仲はすっかり深まった様だ。
家に帰って、パパとママに萌絵さんを紹介した。パパとママも何の疑いも持たずに萌絵さんを受け入れた。ママに至っては、娘が一人増えたみたいで大喜びだ。
「萌絵ちゃん、ずっと家に居ても良いからね。みらいとあかりのお姉ちゃんになってあげて」なんて言っているし……。萌絵さんはみらいと同い年だっての!
翌朝、川島さんから連絡をもらって国際平和管理機構へ行くと、警視庁の浜田さんも来ていた。萌絵さんのお兄さん探しに協力してくれているらしい。
「萌絵さんのお兄さんですが、蒲田駅近くのホテルに宿泊しているらしいと言う情報が入りました。警視庁の浜田さんの協力で警察官が確認に行っています。そろそろ連絡が入る頃と思いますので、コーヒーでも飲みながらもう少し待っていて下さい」
川島さんが状況を説明し、私達はしばらく待機することになった。萌絵さんは落ち着かない様子だ。
「萌絵ちゃん、蒲田の人がお兄さんだと良いね」
みらいが声をかけたけど、萌絵さんは不安そうに頷いただけだった。あんなに明るかった萌絵さんでも、いざ、お兄さんらしい人が見付かると、ナーバスになる様だ。
しばらく待っていると、デスクの電話が鳴った。全員の視線が電話に集中する。
「はい、川島です。…………はい、今確認しますので少々お待ち下さい」
川島さんが電話を保留にしながらパソコンを操作し、プリンターから一枚の写真をプリントアウトした。
「萌絵さん、この人がお兄さんで間違い無いですか?」
川島さんは萌絵さんに写真を渡した。
「はい、兄に間違い有りません。兄は何処に居るのですか? すぐに兄に会いに行けますか?」
「ちょっと待って下さい」
川島さんは萌絵さんを制して電話に戻り、先方と少し話して電話を切った。
「お兄さんは蒲田の警察署に保護されています。今から浜田さんと一緒に行ってもらえますか?」
「兄は警察に逮捕されたのですか? すぐに帰れないのですか?」
「いいえ、特に法を犯す行為はしていませんから、あくまで保護しているだけです。事情聴取はしなくてはなりませんが、それさえ終われば帰れますよ」
「そうですか、良かった! すぐに行きます」
「それでは、浜田さん、みらいさん、あかりさん、よろしくお願いします。お兄さんに今後のことも確認して下さい」
私達は浜田さんの車で蒲田の警察署へ向かった。車内でみらいと萌絵さんが楽しそうに話をしていると、浜田さんが萌絵さんに向かって言った。
「萌絵さん、お兄さんは罪を犯して捕まった訳じゃないけど、あなたは東京タワーへの不法侵入の容疑者ですよ。まあ、今回は正式に被害届は出ていないので逮捕されることはないですが……」
浜田さんはふたりがあまりにも浮かれているから釘をさしているのだろう。本当にふたりとも浮かれすぎだよ! さっきまでの神妙な萌絵さんは何処へ行っちゃったんだろう?
蒲田の警察署に着くと、会議室の様な部屋に通された。少し待っていると制服の警察官に連れられて男の人が入って来た。
「お兄ちゃん! 会いたかったよ~何をしていたのよ! 連絡もしないで!」
突然萌絵さんがお兄さんに抱きついた。
「萌絵、ごめん。こっちで色々やらなくちゃならない事が出来て、帰れなくなってしまったんだ」
「なにをしていたの? 悪い事とかして無いよね?」
「もちろん悪い事なんかしていないよ! 実はゲーム会社に新しいゲームについて相談を受けてね。色々アドバイスとか開発の手伝いとかをしていたんだ。」
会話に浜田さんが割り込んだ。
「そのゲーム会社はどこですか? まだ暫くこっちに居る予定ですか?」
「ゲーム会社は秋葉原にあるアット・カンパニーです。開発はほぼ終わりましたから、そろそろ帰ろうと思っています」
「じゃあ、一緒に帰れる? 今夜帰るんだけど……」
「今夜は無理だよ。社長にも挨拶しなくちゃならないし……。二~三日で帰れるから」
「解った。待っているからね。絶対だよ! 絶対帰って来てよ!」
お兄さんは笑顔を返した。萌絵さんはすごく嬉しそうだ。
その後、浜田さんはお兄さんが未来に帰るまでの連絡先とか、その間の行動を警察が確認することなどの話をし、お兄さんは解放された。
「そうだお兄ちゃん、こちらがみらいちゃんとあかりちゃん、色々とお世話になったんだよ」
そう言えば急な展開だったから挨拶もまだだった。
「国際平和管理機構エージェントのみらいです」
「あかりです」
「山崎信一です。妹がお世話になりました。」
「やだ! お世話になったのはお兄ちゃんも、でしょう。お兄ちゃん探しを手伝ってくれたんだからね!」
「あっそうか! 兄妹そろってお世話になりました。もうランチの時間ですね、お礼と言っては何ですが、一緒にいかがですか?」
「みらいちゃん、あかりちゃん、お兄ちゃんも見付かったし、今日の夜に未来へ帰るまで一緒に楽しもうよ」
浜田さんは川島さんに報告してから警視庁に戻ると言うので、みらいと私は萌絵さんに達に同行することにした。萌絵さんはランチを食べている最中も終始嬉しそうだった。
その後四人は、ショピングをしたり、カフェでお茶をしたりしながら東京タワーへ向かった。みらいと私は萌絵さんがタイムチューブで未来へ帰るのを見届けてから、お兄さんと別れて帰宅した。
その三日後に、お兄さんが未来へ帰るのを浜田さんの部下が確認したと川島さんから連絡が有った。