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田園調布の幽霊屋敷

 田園調布駅西口に出ると、扇状に整備された街が広がっていた。秋になると銀杏いちょう並木の黄葉が美しい。豪華な御屋敷も素敵だ。いかにも『高級住宅街』といった感じで、私達が住む北品川とは趣が全く違う。


「素敵な街だね、こんな街の豪邸に住めたら良いのにね」

「その為には、玉の輿を狙わないとだめだね。あかりは彼氏とかいるの?」

「そんなのいないよ! だいたい、毎週のようにこんな仕事していたら、デートだってする暇ないじゃない。みらいこそ彼氏のひとりくらい居るんでしょう、大学生なんだし……」

「その気になればデートくらい出来るよ」

 彼氏いるんだ。どんな人だろう? どんな付き合い方しているのかな? 手を繋いで歩いたりするのかな? キスとかしたのかな?

「あかり、どんな想像しているのよ? 顔が真っ赤だよ!」

「想像なんかしてないよ!」

「何あせっているのさ、カワイイやつだなぁ」

 そう言いながら、みらいは私の腕に抱きついて来た。

 そんな会話をしながら高級住宅地を歩いていると、その中でも一際ひときわ目立つ豪邸の前に到着した。ここが目的の御屋敷だ。

 周囲を生垣に囲まれた長い歴史を感じさせる洋館だった。武骨なコンクリートの塀ではなく、生垣っていうのが田園調布らしくて素敵だ。


 今回の依頼は、この田園調布の御屋敷に幽霊が出るらしく居住者が困っているので、その幽霊を調査してほしい。出来れば二度と出てこない様にしてほしいといった依頼だ。

 幽霊と世界平和は関係ないと思うんだけれど、ここに住んでいる人の家族が国際平和管理機構の関係者で断れなかったらしい。

 私は怖いから嫌だって言ったのに、みらいが面白そうって言ってオーケーしてしまったのだ。絶対に面白いはず無いでしょ! 依頼内容を聞いただけで、本当に泣きそうになったんだから。

 みらいは昔からお化け屋敷とか怪談が大好きで、『キャーキャー』言いながら楽しんでいた。ひとりで勝手に楽しむ分には構わないけれど、必ず私を巻き込んでくる。

 怖くて声も出せずに震えている私に『ねっ、楽しかったでしょう』なんて言って……。今回だって、半泣きの私を無視してドンドン話を進めてしまった。

 依頼人の家が新建材に包まれた住宅だったら少しは怖さも緩和されただろう。しかし、依頼人はとても歴史ある豪華な洋館に住んでいた。私の中で怖さが倍増した。

 出来ることならばこのまま田園調布駅に引き返して、駅前でコーヒーを飲みながら楽しく語らい、そのまま帰宅したいと真剣に思った。


 そんな現実逃避が許される訳もなく、みらいに引きずられる様にして豪邸の門をくぐり、洋館の玄関に到達した。みらいが玄関のチャイムを鳴らすと、御屋敷のドアが開き、まるでコスプレかと思う様なメイド服が現れた。

「お待ちしておりました。奥様は応接間にいらっしゃいます。どうぞこちらへ」

 まだ若そうなメイドさんだけど、妙に落ち着いた声でおごそかに喋る。いっそのこと、可愛らしい声で『お帰りなさいませ、お嬢様』とか言ってくれたら気が楽になるのに……。

 私達がコスプレメイド服さんの案内で応接間に入ると、古いけれども手入れの行き届いた家具や調度品に囲まれて、薄紫色の髪をした上品そうな女の人が座っていた。この人が奥様なのだろう。

「国際平和管理機構から来ました。私がみらい、この子があかりです」

「ご苦労さま。可愛らしい御嬢さんがいらしたんですね。幽霊退治だからもっと無骨な男の人が来るのかと思っていたわ。徳永です。まずは、お掛けなさい」

 みらいと私は勧められるまま、椅子に座った。

「紅茶で良いかしら?」

 優しい響きを込めた奥様の言葉には、決して抗う事が出来ない力がある。奥様は、みらいと私が頷くのを確認して、目配せだけでメイドに命じた。コスプレメイド服さんは黙って応接間を出て行った。

「立派な御屋敷ですね。かなりの歴史が有るのでしょうね。キレイに手入れがされているし、憧れちゃいます」

 みらいは、とりあえず御屋敷を誉めることにしたみたいだ。

「そんなに古くは無いですよ。大正の末期に父が建てましたから」

 充分古いじゃない。家のおじいちゃんより年寄りだよ。おじいちゃんだって昭和生まれなんだから……。

 コスプレメイド服さんが紅茶と焼き菓子を持って応接間へ入って来た。目の前に置かれた紅茶と焼き菓子をいただきながら、みらいが本題に入った。


「こちらの御屋敷には奥様とメイドさんの御二人でお住まいですか?」

「メイドは通いですから夜間は私一人ですよ」

「幽霊が出るそうですが、メイドさんのいらっしゃる時間に出る事は無いのですか?」

「はい、私の居る時間に出た事はありません」

「では、奥様が幽霊をご覧になられたのですね? 幽霊はどの様な幽霊でした?」

「そうね、若い男の人でしたよ。若いと言っても、あなた達よりは年上ね。そうねぇ、三十前後くらいだと思うわ」

「お知り合いとかでは無いのですか? 亡くなられたご家族や御親戚とか? 以前の使用人の方とか?」

「いいえ、全く知らない人でしたわね」

「その幽霊は、御屋敷のどちらに現れましたか?」

「いつも居間に現れるのよ。居間に飾ってある絵をじっと見つめているの」

 じっと絵を見つめているだけなんだよね? 何もしないんだよね? 襲ってきたりしないよね?

「絵を見ているだけですか? 何か危害を与えたりはしませんでしたか?」

 みらいが聞いてくれた。

「何もしませんのよ。絵をじっと見ているだけ。そして、ちょっと目を離すと消えてしまうの。御二人は今夜泊まって頂けるのかしら?」

「はい、そのつもりで用意して来ました。調査用の機材も持ってき来ましたので、後で設置させて下さい。とりあえず居間を見せていただけますか?」


 奥様・私とみらい・そしてコスプレメイド服さんは居間へ移動した。

 居間もシックで重厚な感じに統一されている。壁面には、縦一メートル横七十センチくらいの風景画が飾られていた。

「幽霊はこの絵を見ているんですか? 田園調布の風景ですよね?」

「そう、銀杏並木を描いたものね。この絵の前にたたずんで、じっと見つめていました」

「誰が書いた物か分かりますか?」

「それは分からないわね。サインも入っていないし、地元の絵描きさんが描いたんじゃないかしら? 父がどこかで見つけて買って来たものなの。とても気に入っていたみたいで、ずっとここに飾ってあるのよ」

「そうですか。確かに美しい絵ですものね。後ほどこの周辺に機材を設置させていただきます。幽霊が出る夜中までは、まだ時間が有りますので、御屋敷内を見学させてもらっても良いですか?」

「そうね、幽霊が出るのは夜中だから、まずは部屋に案内させましょう。少し休んでちょうだい。屋敷内は自由に見て回ってかまいませんよ」

 奥様は私達を部屋に案内するようにメイドに命じた。みらいと私はコスプレメイド服さんに案内され、用意された客間に入った。

 この部屋は、比較的新しそうな家具が置かれ、他の部屋より明るく近代的な雰囲気になっている。正直、こっちの方が落ち着く。

「みらいは本当に幽霊が出ると思う?」

「出るって言うのだから出るんじゃないの? 幽霊かどうかは別としてね」

 そうか、幽霊じゃない可能性もあるんだ! 少しだけ気持ちに余裕を持てるかもしれない。

「とりあえず、川島さんが用意してくれた機材を設置しょうよ」


 みらいと私は機材設置の為に、居間へと行った。

 川島さんが用意してくれた機材は、赤外線センサー付カメラと温度センサーだ。幽霊が赤外線センサーに反応するのか不明だし、温度センサーに関してだって、幽霊が出るときに温度が下がるらしいの『らしい』に頼っている。どちらにしても、心もとない。川島さんも幽霊は守備範囲じゃないらしい。

「あかり~、この線どこにつなぐの?」

「赤いのは赤いとこで、青いのは青いとこ! 家で練習してきたでしょ!」

 みらいは機械となると全く頼りにならない。機材を設置し、みらいが接続した所をもう一度チェックしてから、御屋敷の中を見て廻った。

 夜に戸締りをしたら、外部から侵入出来そうな部分はなかった。あくまで戸締りをした場合だけど……。一通り探検してから部屋に戻った。


 辺りが暗くなりかけた頃、コスプレメイド服さんが私達の部屋へやってきた。

「夕食の準備が出来ましたので食堂まで御越し下さい」

「はい、すぐいきます」

 食堂に行くと、すでに奥様は席に付いていた。コスプレメイド服さんに夕食の開始を命じると、豪華な料理が次々と運ばれてきた。みらいと私は運ばれてくる料理を次々たいらげた。

「若い娘の食欲は見ていて楽しくなるわね。いっぱい食べてね」

 人ってこんなに食べられるんだ、っていうくらい食べてしまった。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 食後のコーヒーを飲んだあと、幽霊が出ると言う夜中に備えて、仮眠をすることにした。


 部屋に戻った私は、スエットとトレーナーに着替えた。お泊まりって言うことなのでバジャマ代わりに持って来たものだ。着替えながら、みらいを見てビックリ! なんと、ピンクの花柄ヒラヒラパジャマに着替えている。

「みらい、そのパジャマなに!」

「どう? かわいいでしょう」

 可愛いとか、可愛く無いとか言う問題じゃ無いでしょ!

「幽霊が出た時、その格好で出て行くの? もしかしたら御屋敷の外に出て行く事になるかもしれないんだよ!」

「仮眠の時だけだよ。起きたら着替えるから~、そんなに怖い顔しないの!」

 全く何を考えているんだか! いつ出るかなんて、幽霊次第なんだからね! もともと着てきた服だって、いつものひらひらワンピースだし……。もし幽霊が本物の幽霊じゃなくって、取り押さえるために格闘とかになったらどうするのさ。もしかして私に任せるつもりじゃ無いよね?


 仮眠を終えて、みらいは着替えたけど、やっぱりひらひらワンピースだった。いっそのことバトル系のコスプレでもして来た方が良いと思った。

 時刻は午後十一時半。とりあえず居間のドアが見える階段の踊り場で待機することにした。居間の入口は階段ホールと食堂側の二ヶ所ある。設置したセンサーが反応すると、私のスマホに着信する様に設定してある。

「聞くのを忘れていたけど、幽霊は電気を点けて絵をみるのかな?」

「まさか点けないでしょ! 懐中電灯とかを使うんじゃない」

「幽霊が懐中電灯っていうのも説得力無いよね」

「確かに!」

 そんな話をひそひそ声でしているうちに、時間は午前二時を少し過ぎていた。

 その時、私のスマホに着信が来た。センサーが何者かに反応したようだ。

 私達が居間の入口に近付いて中の様子を窺うと、何者かの気配がする。居間の入口ドアのガラス部分から、懐中電灯の光が壁に飾られた絵を照すのが見えた。

 私達は居間に入ることにした。事前の打合せで、みらいが食堂側に回り込んだら、私が居間の電気を点けることになっている。

「行くよ!」

「オッケー」

 みらいが食堂側に回り込むのを確認して、私は電気を点けた。

「だ、誰だ!」

 幽霊が驚いて叫んだ。

「それはこっちのセリフだと思うんですけど?」

 みらいが落ち着いた声で言いながら食堂側のドア方向を塞いだ。慌てている幽霊が、本物の幽霊では無いことは一目瞭然だ。急に元気を取り戻した私も、階段ホール方向を塞ぎ身構えた。

 やはり、体が小さい方が突破し易いと思うのだろう。偽物幽霊は、みらいの方へ突進して、パンチを繰り出した。こんな時こそおじいちゃんから教え込まれた古武術が役立つ。

 我が家に伝わる古武術では、相手の攻撃を引いて避けるのではなく、相手の方へ踏み込んで攻撃をする。みらいは偽物幽霊の方へ踏み込んで、パンチを払いながら鳩尾みぞおちに膝蹴りを決めた。蹴りを受けて倒れた偽物幽霊は苦しそうに起き上がったが、今度は私の投げを受けることになった。腰と床が激しく衝突した。

 格闘はあっけなく終了した。偽物幽霊は、もう立ち上がる気力さえも失った様だ。

 物音に気付いて奥様とコスプレメイド服さんも居間に現れた。

「お兄ちゃん、大丈夫?どうしてここにお兄ちゃんがいるの?」

 駆け寄ったのはコスプレメイド服さんだった。奥様・みらい・私の三人は、しばらく二人を見つめていた。


 関係者全員が居間のソファーに座ったところで、今回の幽霊騒ぎについて、事情を聞くことになった。

「幽霊さんとメイドさんは兄妹だったのですね? こんな夜中にあの絵を見ていたのには、なにか訳が有るのですか?」

 みらいが聞くと、偽物幽霊さんが話を始めた。

「お騒がせして申し訳ありません。実はこの絵を描いたのは、私達の父なのです。父は若い頃画家を目指していたのですが、芽が出る事もなく画家になることを諦めました。そして、半年前に亡くなりました。遺品の整理をしていたときに、描き上げたばかりのこの絵と若き日の父が写った写真が出てきたのです。妹に見せると、今お世話になっているこちらの御屋敷にこの絵が有ると言うではありませんか。ぜひ見たいので奥様に話して欲しいと言ったのですが、妹はなかなか奥様に言い出せないでいました。それで妹の持っている、御屋敷の勝手口の鍵を勝手にコピーして忍び込んだのです。申し訳ありませんでした。絵を見させて頂いただけで、他のものに触れたり、盗んだりはしていません。どうか許して下さい」

 突然、偽物幽霊さんが床に平伏ひれふした。これが土下座ってやつなんだ。ドラマとかでは見たことが有るけれど、実際に目の当たりにするのは初めてだった。

「申し訳ありません。兄がこんな事をしていたなんて、知りませんでした。本当に申し訳ありません」

 コスプレメイド服さんも偽物幽霊さんの肩を抱くようにして頭を下げた。

「奥様、ここ半年くらいの間に、何か無くなった物とかはありますか?」

 みらいが窃盗の有無を確認する質問をした。

「いいえ、なにも無くなってはいません」

「では、泥棒では無いらしいですね。奥様、どうしますか? 不法侵入には違いが有りませんから、警察に連絡することもできますが……」

 奥様はコスプレメイド服さんに向かって言った。

「なぜ話してくれなかったの? お父様の描いた絵ならば、いつ見に来ても良かったのに。あなたは、いつも私に遠慮しているわよね。私、そんなに怖い?」

「いいえ、怖いなんて滅相めっそうもない。ただ、私がお世話になっているのに、兄までこちらに出入りさせてもらうなんて、おそれ多いです」

 コスプレメイド服さんは恐縮している。奥様は偽物幽霊さんを見据えきっぱりと言った。

「お兄さん、あなたの持っている勝手口の鍵、すぐに帰してちょうだい」

 偽物幽霊さんは、慌ててポケットの中にある鍵を取り出し、奥様の前に置いた。

 奥様が、今度はコスプレメイド服さんの方を見て言った。

「明日の朝、駅前の鍵屋さんへ行って、玄関のスペアキーを作ってらっしゃい。そして、その鍵をお兄さんに渡しなさい」

 コスプレメイド服さんが呆気にとられていると、さらに偽物幽霊さんに向かって言った。

「これからは、こんな時間ではなく昼間に玄関から入っていらっしゃい。いつでも見に来て構いませんからね。もちろん私が居るときでも留守の時でも構いません。解りましたか?」

 偽物幽霊さんとコスプレメイド服さんは、声をそろえて言った。

「ありがとうございます」

 私は、『奥様カッコイイ!』って思い、感動していた。

「みらいさん、あかりさん、今日は御苦労さま。もうすぐ夜が明けてしまいそうですけど、お部屋でゆっくり休んでから帰るといいわ。朝食も準備させますから」

 みらいと私は部屋に戻って少し寝た後、豪勢な朝食を頂いて御屋敷を後にした。


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