平和島マンション殺人事件
殺人事件です。推理をしますが、これは推理小説ではありません。エンターテイメントとしてお楽しみ下さい。
土曜日の朝、すぐにでも外出するかのように身支度が完璧な状態のみらいと、夜中までゲームをやっていた為に、まだ寝ぼけ眼でパジャマ姿の私が、パンとサラダとコーヒーの朝食を食べていた時だった。
みらいのスマホが鳴った。川島さんからの電話の様だ。休日の朝っぱらから何の用事?
「みらいさん? 川島です。警視庁の浜田さんから依頼が有りまして、出来るだけ早くこちらへ来てもらえませんか?」
「わかりました。えーと」
みらいはスマホから私に視線を移して。
「あかり、どのくらいで出掛けられる?」
出掛ける準備には一時間くらいは掛けたい。昨夜やっていたゲームの中で、ヒロインのリーンベルが言っていた『メイクをしていると気持ちが強くなるんです。泣いたらグチャグチャになるから、泣くな、私! みたいな……』って言うのを聞いて、私もメイクをしたら気持ちが強くなれるかなって思ったんだけど、今はそんな状況では無いらしい。簡単に済ませよう。
「えーと、三十分かな?」みらいに伝えた。
「四十五分でそちらへ着けると思います」
せめて一時間って言ってよ! と心の中で叫んで、速攻で用意して駅までダッシュ。四十六分でホテルに着いた。新記録かもしれない。
世界平和管理機構には、川島さんの他にもう一人の男の人がいた。
「みらいさん、あかりさん、急がせてしまって申し訳ありません。昨夜事件が発生しまして。ちょっと不思議な事があるというので、今朝になって所轄から本庁の浜田さんへ連絡があったそうです。二人は浜田さんと一緒に現場へ向かって下さい。詳しい内容は車の中で浜田さんが説明します。あかりさんは浜田さんとは初対面ですね? こちらが、警視庁特殊犯罪捜査課の浜田さんです」
「はじめまして、浜田です」
「はじめまして、みらいの妹のあかりです」
とりあえず笑顔での挨拶はうまくいった。
しかし今日は厚底スニーカーを履いて来てしまった。浜田さんの身長は160センチくらい、今日の私は浜田さんより十センチ位背が高い。おまけに警視庁の刑事さんの癖にチャラ男風だ。私にとっては一番苦手なタイプだった。
そんな浜田さんの方は、私をつま先から頭のてっぺんまで見て表情を微妙に曇らせた。浜田さんにとっても苦手、もしくは全く興味の無いタイプってことだろう。
浜田さんは、優しく好意を込めた目をみらいに向けて言った。
「地下の駐車場に車が停めて有ります。行きましょう」
この人絶対にみらいのことが好きなんだ!
みらいと私は浜田さんの車に乗り込み、平和島の事件現場へと向かった。
今回の事件の被害者は佐々木幸一さん、二十八歳、無職。何者かによって殺害されたそうだ。
なんと殺人事件だ! 一週間前まで一般人だった私が殺人事件に係わることになるなんて想像も出来なかった。
車の中で浜田さんから概要を聞いた。それは、今日の午前二時頃、勤務先のスナックを出た被害者の妻である洋子さんが、午前二時二十分頃に帰宅した。部屋に入ると被害者の佐々木幸一さんは、リビングで一人ウイスキーを飲んでいた。帰宅後に洋子さんがシャワーを浴び浴室から出てきたら、知らない男が部屋に上がり込んでいて、幸一さんと口論になっていた。午前三時頃に、幸一さんは男に額を鈍器で殴られ転倒、後頭部をタンスの角に強打して出血。驚いた洋子さんは悲鳴を上げた。そのまま犯人は逃走。たまたま飲み会帰りの隣人矢崎さんが自室のドアを開けようとしていた時、洋子さんの悲鳴に気付き、すぐに佐々木さんの部屋に入ろうとしたが、鍵が掛っていた為ドアを激しくノックした。ドアを叩く音を聞きつけた一階に住んでいるマンション管理人の木村さんが到着したとき、洋子さんが中からドアを開いた。室内に入った矢崎さんと木村さんは倒れている幸一さんを発見し警察に連絡した。と言うことだった。
何かがおかしい! 矢崎さんが隣室ドアの前に居たのに、犯人は逃走した? 玄関には鍵が掛っていたのに……。ここはマンションの三階だから、ベランダから飛び降りられない事もないが、無傷で逃走できる保証はない。かなりのリスクを伴う行為だ。私だったらそんな危険を冒すより、玄関から逃げる方を選択するに違いない。それで私たちに依頼がきたのかな?
「どうですか? 不思議でしょう。リビングから玄関の間で犯人が消えてしまったんです。それほど広い家では無いのにね。妻の洋子が犯人なら何も不思議は無いんですがね。だとすると額を殴った鈍器が有るはずなのですが見付からないそうです。凶器消失ですかね?」
浜田さんがニヤリと笑いながら言った。
現場に着くと、マンションは刑事ドラマでしか見たことのない黄色いテープで封鎖されていた。まだパトカーが止まっている。制服の警察官がテープのところで、見物に来た近所の人たちを威圧している。いかにも事件現場といった感じだ。
私たちが近付くとマンションの入口近くから二人の男の人が近付いてきた。中年のおじさんと、二十五~六歳くらいの部下以外の何者でもないオーラをまとった様な人だ。
「これは、これは、浜田さんじゃないですか。今日はまた可愛らしいお嬢ちゃんを二人も連れて……。何かのイベントの帰りですか?」
浜田さんは、おじさんのイヤミ発言には慣れた様子で
「こちらは、国際平和管理機構のみらいさんとあかりさんです。こちらは、所轄の吉岡巡査部長と加藤巡査」
私は巡査って制服のお巡りさんのことを言うのかと思っていたけれど、刑事さんも巡査なんだ。
「はじめまして、みらいです」
「はじめまして、あかりです」
二人は挨拶をしたが、吉岡巡査部長と加藤巡査は「おう」とか「あぁ」とか言っただけだった。私たちだけで無く、浜田さんにも不満があるみたいだ。今朝やっていたTVの占いで対人関係最悪の日だって言っていた。TVの占いも意外に当たるみたいだ。この先が思いやられるよ~。
私達はふたりの刑事さんによって、事件現場である佐々木さんの部屋へ連れていかれた。玄関に入ると、右側が台所になっている。シンクの中には金属製のボールとアイスピック、牛乳の空きパックが放置されている。その奥は洗面脱衣室と浴室になっている。脱衣室の洗濯機の上には奥さんの物と思われるワンピースとバスタオルが置いてあった。
玄関正面のドアを開けると事件現場となったリビングだ。中央にテーブル左側にローチェスト、その上にテレビが置いてある。テーブルの上には、被害者が飲んでいたウイスキーのボトルとグラス、あと電気ポットが置いてある。なぜかテーブルの上がビチャビチャに濡れていた。右側の奥が寝室になっているようだ。寝室にはベッドとタンスが置かれている。かなり整頓されていて、好感の持てる部屋だ。言われなければ、ここで殺人が行われたとは思えない。
「被害者の佐々木幸一はテレビが載っているタンスに後頭部をぶつけて死亡しました」
若手刑事の加藤さんが言った。私は危うくローチェストに触ろうとしていた手を引っ込めた。タンスってローチェストのことだったの?
「室内で凶器は見つからないんですね? バルコニーから投げ捨てた形跡も無いんですか?」
警察手帳を見つめている若手刑事加藤さんに浜田さんが聞いた。
「はい、周辺を捜索しましたが発見できませんでした」
「発見できないのと無いのは違うんだけどねぇ。まあ、無いってことで良いのかな」
今度は浜田さんのイヤミ発言だ。
「では、隣室の矢崎さんの話を聞きに行きますか?」
浜田さんのイヤミを無視しておじさん刑事の吉岡さんが隣室に向かい、インターホンを押した。
「矢崎さん、警察ですが、お手数ですがもう一度話を聞かせて下さい」
意外に丁寧な対応に隣室のドアが開き、真面目そうだがちょっとオタク系の男の人が顔を出した。
「はい、何でしょう」
「事件発生当時のことを、もう一度こちらの方々に話してもらえませんか」
おじさん刑事吉岡さんの丁寧な対応も、浜田さんと私たちへのイヤミなんだろうなぁ?
「はい、昨夜は会社の飲み会で帰りが遅くなり、午前三時頃にマンションに帰って来ました。エレベーターで自分の部屋へ行き、鍵を開けてドアノブに手をかけたときでした。隣の部屋から悲鳴が聞こえたので、すぐに隣室のドアを開けようとしましたが鍵が掛っていて開きませんでした。それでドアを叩いて『佐々木さん、どうしました? 佐々木さん、大丈夫ですか?』って言ったんです。そうしているとマンションの管理人さんがやってきて、一緒にドアを叩いたら、隣の奥さんがドアを開けたので、管理人さんと一緒に中へ入りました。もちろん奥さんの許可を得てですよ。そしたらリビングで旦那さんが倒れていて。ビックリしましたよ。管理人さんが近付いて、『頭から血が出ている! 救急車!』って言うから慌てて携帯で連絡したんです。そして、救急の人が到着すると、『旦那さんは亡くなっているので警察に連絡します』って言って警察を呼んだんです。その間、部屋の中には奥さん以外誰もいませんでしたし、出て行った人もいませんでした」
同じ事を何度も何度も聞かれたんだろうなぁ、話がしっかりまとまっているよ!
他に聞くことも無いので次は管理人さんの所へ行くことにした。
「三時少し前にトイレに起きて、何気なく管理室を見に行ったんですよ。そうしたら矢崎さんがマンションに入って来たんです。管理室の電気が点いたので気がついたんでしょう。矢崎さんがこちらに気づき会釈をしてエレベーターに乗ったのを見てから、寝室へ戻ろうと思ったときに悲鳴が聞こえました。時計を見ると、三時五分でした。何かあった時には、管理報告書に記載するので、時間を確認する癖がついていますから確かですよ。慌てて上着を着て管理人室を出ると、矢崎さんがドアを叩いて佐々木さんの名前を呼んでいましたから、階段を昇って佐々木さんの部屋へ向かいました。矢崎さんと一緒にドアを叩いていると中から奥さんがドアを開けたので室内に入りました。そこに旦那さんが倒れていたので、矢崎さんに救急車を呼んでもらいました。救急隊員が旦那さんの死亡を確認して警察に連絡したって訳です」
管理人さんの話も出来上がっている。警察はどれ程同じ話をさせるのだろう?
ここでもこれ以上聞くことは無いので、もう一度事件現場の部屋へ戻ることにした。
「みらいちゃん、あかりちゃん、どう? 何か気になったことある?」
いきなり『ちゃん』付けかよ! 浜田さんはやっぱりチャラ男に違いない。もう馴れ馴れしさ出しまくりだよ。
「うーん、よくわからないなぁ。やっぱり奥さんじゃないの?」
みらいが無責任な発言をする。この子に論理的根拠があるはずがない。いつも感覚で生きているんだからしかたがない。
私は気になっていることを聞いてみた。
「あのぉ、ここは事件が起きた時のままですか? テーブルの上が濡れているけど……」
「基本的にはそのままです。テーブルが濡れているのは、救急隊が来たときに電気ポットが沸騰してお湯が噴き出したそうで、奥さんが電気コードを抜いたと言うことです。今回の事件となにか関係があると思いますか?」
おじさん刑事の吉岡さんが『お前に何がわかるって言うんだ! お嬢ちゃんは黙っていろ!』って言いたげな表情で説明をしてくれた。
「たぶん……関係あると思います。奥さんの話は聞けませんか?」
私の声はさらに小さくなった。
「奥さんは署で事情を聞いていますが、もう一度現場で話を聞くことになっていますから、そろそろ連れて来るころです。来たら話を聞けるようにしましょう」
若手刑事の加藤さんがいった。この人はおじさん刑事の吉岡さんよりは少し優しそうだ。あくまで、程度の問題だけど……。
奥さんが到着するまで、みらいと私はマンションの周辺を見て回った。
「佐々木さん夫婦ってどんな感じだったのかなぁ?」
「刑事さんに聞いてみればいいじゃない」
「だって、刑事さん……二人とも怖そうじゃない。なんか聞きにくいんだよね」
「しょうがないなぁ、私が聞いてあげるよ」
都合良く若手刑事の加藤さんが一人でやって来た。みらいは加藤さんの前に歩み寄り、無言で進路をふさぐ。加藤さんが一瞬邪魔だなって顔をしたとき、みらいがニコッと微笑んだ。
これでだけで加藤さんの態度が一変する。加藤さんは、みらいの持って生まれた才能と言うべき、小悪魔体質にすっかりやられてしまったのだ。こうなれば話は簡単だ。
「加藤さんに教えて欲しいことが有ります。ちょっと良いですか?」
「はい、なんでしょう?」
さっきまでとは表情が全く違う。良く似ている別人の様だ。
「佐々木さん御夫妻ってどんな感じの人ですか?」
「旦那の幸一さんは、あまり評判が良く無いですね。もともと酒好きだった様で、しょっちゅう飲んでは大声で騒いだりしていたそうです。ここ半年くらいは、仕事もしないで毎日酒を飲んで酔っ払っていた様ですね。奥さんの洋子さんの方は、評判がとても良いです。スナックに勤めている割には地味だった様だけど、周辺の住民との付き合いも良かったようです。旦那が酒を飲んで迷惑を掛けるから、いつも謝っていたみたいですね。それでも、夫婦仲は良かったらしくて、旦那が酔って無い時には、手をつないでスーパーで買い物などをしていたようです。近所の奥さん連中は、『ダメ亭主と良く出来た奥さんを絵に描いた様だ』って言っていたくらいです」
「そうですか。ありがとうございます」
みらいがペコリと頭を下げる動作をみて、加藤さんはデレッとした顔をしている。また一人みらいの毒牙にかかってしまった。
遠くで加藤さんを呼ぶ、おじさん刑事吉岡さんの声がした。我に返った加藤さんは慌てて声の方へ走って行った。
「あかり、何かわかった?」
「たぶん、そうだと思うんだけど……。もうひとつ確認したい事があるんだよね」
「なぁに、おしえてよ~」
なにを妹に甘えているんだろうねぇ。男だったら、この甘えぶりにコロッとやられちゃうんだろうなぁ。
「うん、奥さんに確認してからね」
私は男では無いので、辛うじて耐える事ができた。
マンションの玄関先に車が着き、刑事さんに連れられた被害者の奥さんが見えた。私たちはマンションに戻ることにした。
事件現場の部屋に入ると、疲れた表情の奥さんが刑事さんと玄関に立っていた。
「こちらが被害者の奥さんで、佐々木洋子さんです。こちらは捜査に協力してもらっているみらいさんとあかりさんです」
若手刑事の加藤さんが紹介してくれた。
「こんにちは、あかりと申します。ちょっとだけ聞きたいことが有るのですが……」
「はい、何でしょう?」
物静かな感じで、あまり話し上手な印象は受けない。今の状況が状況だからなのか? 勤務先のスナックではどんな感じなんだろう?
「あのぉ、旦那さんはいつもウイスキーを飲んでいたのですか?」
「そうです。夕方近くに起きてそれから朝方まで飲んで寝る。毎日それの繰り返しです。彼、半年前に会社が倒産しちゃって、それ以来ずっとなの」
「いつもオンザロックって言うんですか? 氷を入れて飲んでいるんですか?」
「あなた、まだ高校生くらい? じゃあお酒のことはわからないわよね。そうオンザロックでいいのよ。氷とウイスキーだけで良いし、ウイスキーを薄めない分酔いも早いしね」
だんだんスナックのホステスさんっぽい話し方になってきている様だ。実際にはスナックって行ったこと無いから、ドラマとかの知識だけど……。
「じゃぁ、ウイスキー代とか氷代とか大変ですね。コンビニとかで氷買うと結構高いじゃないですか。いつも奥さんが買って来るんですか? ここからだと、スーパーも遠いし、氷やウイスキーは重くて大変でしょう?」
「まぁ、ウイスキーは仕方ないけど、氷は冷蔵庫で作っているわ。彼、製氷皿で作った氷だと形が気に入らないとか、貧乏くさいとか言うから、牛乳の空きパックに氷を作って、アイスピックで割ってあげるの。凄く喜んでくれたわ。牛乳パックの氷の方が余程貧乏くさいと思うけどね」
「そうですか、ありがとうございました」
「えっ! 聞きたいことってそれだけ?」
「はい、おかげさまで大体わかりました」
奥さんは唖然としていました。浜田さんや刑事さんたち、みらいまでもが私をじっと見つめている。なんだか顔が熱い。きっと真っ赤になっているだろう。恥ずかしいよ~。
「あかり~、みんなに説明してよぉ~」
また、みらいが甘えた声を出した。
浜田さんと二人の刑事さんも、黙って説明を待っているみたいなので、私は話し始めた。
「事件に至った状況を順に話していきたいと思います。一部に私の想像も入っていますので、間違っていたら言って下さい。まず、旦那さんが一人でウイスキーを飲んでいたところに、奥さんが帰宅しました。これが午前二時二十分頃ですね。帰宅した奥さんは、とりあえずシャワーを浴びる事にしました。シャワーを浴びて浴室から出てくると、旦那さんに『氷が無いので用意してくれ』と言われました。奥さんは冷蔵庫から牛乳パックに作った氷を出し、アイスピックで氷を砕こうとしましたが、その時旦那さんとの間に些細なトラブルが発生しました。奥さんは手に持っていた牛乳パックで作った氷を振り上げた。投げつけたのか、又は振り降ろしたのか額に氷が当たって旦那さんは転倒、後頭部をローチェストの角に強打してしまいました。慌てて駆け寄った奥さんは、旦那さんが死んでいるのに気付いて恐ろしくなり悲鳴をあげました。それを聞きつけた隣室の矢崎さんと管理人の木村さんが玄関ドアを叩きました。奥さんは慌てて凶器である氷の塊を処分しようと思い、電気ポットの中に入れてから玄関ドアをあけました。電気ポットは通電してあるので、やがて氷は融けて無くなります。しかし電気ポットは中の水の量が多すぎると沸騰するときに注ぎ口からお湯が噴き出してしまいます。矢崎さんが呼んだ救急隊が来た時に、電気ポットが沸騰してお湯が噴き出したと言うわけです。普段電気ポットを使っている人は、中の線より少なく水を入れるのですが、慌てて氷を入れたので水量が多すぎる事に気付かなかったのでしょう。これが凶器の消えた謎の答えだと思います。もしかすると電気ポットの中の水を調べると、旦那さんの髪の毛とか、皮膚とか、血液とかが見つかるかも知れません。ただ、奥さんは旦那さんを殺そうと言う意思は全くなかったと思います。もし殺そうと思っていたなら、氷で殴るよりアイスピックとか包丁とかを使った方が確実ですから……」
一気にしゃべったので喉がカラカラになってしまった。なんか飲みたいよ~
「なるほど、電気ポットを鑑識に回してくれ」
おじさん刑事の吉岡さんが若手刑事の加藤さんに指示してから、奥さんに向かって言った。
「奥さん、あんたが旦那を殺したんだな! ポットから何か証拠が出たら、言い逃れ出来なくなるぞ! 今のうちに白状したらどうだ?」
言い方がかなり怖い! あんな風に言われたらやって無くても白状しちゃいそうだ。
俯きかげんで話を聞いていた奥さんが、顔をあげて話し始めた。
「大体お嬢ちゃんの推理した通りです。確かに私が彼の額を氷で叩きました。その後電気ポットに氷を入れたのもその通りです。だけど、彼との間にトラブルなんて有りませんでした。浴室から出てきて氷を用意してくれと言われたところまではその通りですが、その後が少し違います。私はその時、バスタオルを一枚体に巻きつけていただけでした。氷を出してアイスピックで砕こうとしていると、彼が近付いてきて『愛しているよ』って言いながらバスタオルを外したんです。私は『も~』って言いながら彼の腕を振り払ったんです。その時持っていた氷の塊が手から滑ってしまって、彼の額に当たりました。そのせいでよろけた彼はローチェストに後頭部をぶつけたのです。慌てた私は彼に近寄ったんですが、頭からの出血が凄くて悲鳴をあげてしまいました。その直後玄関のドアを叩く音がしたので、ポットの中に氷を入れてしまったんです。その時には氷を溶かそうなんて考えもしませんでした。ただ、そのまま置いておくと廻りじゅう濡れてしまうでしょう。その後急いで服を着て玄関を開けました。あとで警察の人にイロイロ聞かれた時、つい知らない人がいたなんて嘘をついてしまいました。ごめんなさい」
奥さんが私の推理の間違いを修正した。
私は普通の女子高生なんだから、そんな色っぽい事がわかるはず無いでしょ! 状況を想像してしまったせいで、また顔があつくなってきた。
「わかりました。警察署に戻ってからもう一度話を伺いましょう」
おじさん刑事の吉岡さんが、そう言って奥さんをつれていった。
「あかり、すごーい」
みらいがそう言いながら抱きついてきた。
翌日、みらいと私は川島さんに呼ばれて、品川駅近くのホテルの一室にある国際平和管理機構へ行った。そこには警視庁の浜田さんも来ていた。
「あかりさん、お手柄だった様ですね。浜田さんから聞きましたよ」
川島さんが優しい笑顔で言った。
「ポットの水を調べたら、被害者の皮膚の一部が検出されたそうです。佐々木洋子も全て話してくれました。基本的には事故なのでしょうが、知らない男がいたとか言ったのはまずかったですね。周辺の聞き込みでも結構ラブラブの夫婦だった様ですがね」
浜田さんが報告してくれた。
あの奥さん、旦那さんのこと大好きだったんだろうに、可愛そうな事になってしまった。私が見抜かなければ知らない男の犯行になったのかなぁ?
そう思った時だった。
「日本の警察は甘くないですからね。あかりさんが見抜かなくても、警察が奥さんを問い詰めて真実を導き出したでしょうね。早くわかって、奥さんにとっても良かったんじゃないですかね」
私の心の声が聞こえたかのように、川島さんがつぶやいた。