初仕事
それは、一通のメールで始まった。
みらいからの呼び出しメールだった。
<あかり~、誕生日おめでと~ 今日はちょっと重要な話しとお願いが有るんだ。品川センターガーデンの入口に一時に来てね、待っているから> だって。
待ち合わせをして、みらいが私より先に来た事なんて一度も無いのに、待っているからってなにさ!
私は約束の十分前には到着しないと落ち着かないたちなので、十二時五十分にはセンターガーデン入り口に到着していた。
センターガーデンとは、品川駅の近くに建っている、商業施設兼オフィスビルに隣接した、細長い公園だ。公園と言っても、ビルの所有地らしく遊具などは無いが、植え込みには樹木や草花などが植えられ、サラリーマンやOLの憩いの場になっている。
みらいはいつだって、ちょうど十分遅刻してくる。時間にルーズなのか正確なのかわからない。だから私はいつも二十分間待つことになるのだ。
いつも私はこの二十分を道行く人の観察にあてている。もちろん周囲の人に怪しまれないように細心の注意を払ってだ。
だけど、今日はみらいと私のことを紹介することにします。
『みらい』とは、姉の名前で二十歳の女子大生だ。身長149センチで、かなりの童顔。服装もひらひらの白いワンピースなんか着てしまうから、とても二十歳には見えない。せいぜい女子高校生、下手をすると中学生くらいに見えてしまう。『可憐な少女』と言う表現はみらいの為にあるといっても良いくらいだ。そのうえ人懐っこくて甘え上手、周りの人にはとても可愛がられるタイプだ。
そして、私の名前は『あかり』今日が誕生日なので十八歳になったばかりの女子高生、身長165センチ。特別大きいとは思わないけれど、姉妹の妹としては、この十六センチの差は大きい。視力は良いけれど、伊達眼鏡をかけている。
「視力は良いのに、なんで眼鏡なんかしているの? カワイイ顔がもったいないよ」なんてクラスメイトは言ってくれるけども、人見知りが激しすぎて眼鏡越しでないと他人の顔をまともに見ることも出来ないから仕方がない。
両親は私たち姉妹に対して、「お姉ちゃんなのだから……」とか「妹なのだから……」などとは言わない主義で、二人を公平に扱った。呼び方も「お姉ちゃん」では無く、お互いに「みらい」「あかり」と呼び捨てにするように育てられたのだ。私が姉のことを呼び捨てにしているからといって、私が乱暴な性格であると思ってはいけません。
私が到着して二十分が経過した。
目の前を歩いていたサラリーマン風の男の人が、急に立ち止まった。前から歩いてくる人に魅入られフリーズしてしまった様だ。
私が「またかよ!」って思いながら男の人のハート型になった視線の先を見ると、ピンク色のオーラを纏ったみらいが近付いてきた。妹の私でさえ、つい抱きしめてしまいそうな可憐な笑顔で歩いてくる。
みらいはフリーズした男の人には目もくれず、私の前で立ち止まった。
「お腹がすいたからマックでいい?」
言いながらセンターガーデンをマック方面へどんどん歩いて行く。私は黙って後を追う。いつものパターンだ。
マックに着くとカウンターの前で、ビックマックとホットコーヒーを二個ずつオーダーする。ここでも私の意見は聞かない。聞くと時間ばかり浪費することをみらいは知っているからだ。
そう、みらいは見た目の様な、人に守ってもらうタイプでは無いのだ。
私が小学生高学年になると、みらいよりも身長が高くなってしまった。その頃から周囲の人々の目には、『守ってもらうべき可憐な少女と少女を守る大柄な女』って感じに見えるようになったみたいだ。
しかし実際は大違いで、私は短距離走・長距離走・球技・格闘技など、運動系でみらいに勝ったことは一度も無い。私にとってみらいは、超える事の出来ない『スーパーウーマン』なのだ。
気が強いのもみらいの方で、口論になっても私が勝つことはありえない。私がみらいに勝てるのは、ゲームとパソコンなどの機械の扱いくらいしかない。
現実は、みらいが支配者で私が従順な僕と言った方が正しいくらいだ。
私がビックマックを食べ終わり、コーヒーを飲んでいる時だった。みらいが奇妙な話を始めた。
「我が家の稼業が……世界を守る……平和管理……」
みらいが可憐な瞳にイライラを宿しながら、三回目の説明を終わろうとしていた。だからと言って決して私が鈍い訳ではない。みらいの話が突飛過ぎるうえ、論理的な説明がなされないが為に、話の内容を理解するのに時間がかかっただけだ。
私が脳みそを焼き付かせんばかりにフル活用させて、やっとの思いで読み取ったみらいの話とは次のような内容だった。
我が家には先祖代々からの稼業というものがあり、それは日本や世界を救う仕事だそうだ。今では国際平和管理機構とか言うところからの依頼を受けて、日本や世界に害となる対象を排除する仕事をしているらしい。どうやらこの稼業は世襲制で、子供が十八歳になるとエージェントとして登録されるらしい。十八歳の誕生日を迎えた今日から、私もエージェントになったらしいのだ。
今時、世襲制の稼業なんていうのが有るなんて……。そのうえ、今日の依頼は簡単そうなので、みらいと私の二人で対処することになったそうだ。こんな話をすぐに理解できる人の方がおかしいでしょ?
「あかり、そろそろ行くよ」
みらいの行動はいつも突然だ。私はあわててカップとトレイを片付ける。
「行くってどこへ?」
「対象の確保に決まっているでしょ! 天王洲あたりに対象がいるらしいのよ」
天王洲とは、東京モノレールの天王洲アイル駅周辺で、品川駅から歩いても二十分ほどで行ける場所だ。みらいはスマホを見ながら天王洲方向へ歩き出す。どうやら対象の位置情報が送られて来ているらしい。いつものように私への説明はない。
「対象ってなに?」
「宇宙生物だってさ」
「えっ!!!」
私の動揺を無視して、みらいは早足で歩いて行く。私が仕方なく後に続くと運河のほとりに出た。橋を渡ってさらに運河沿いを歩くと歩行者専用の橋が現れた。その橋を渡るとちょっとお洒落なカフェがある。
カフェの前に着くと、みらいは急に振り返った。
「あかりはここで待機していて。私は向こう側へ回り込んで対象に接近するから。こっちへ来たら対象を確保ね」
「え~!対象ってどんなやつ……」
私の質問を聞くことも無く、みらいは駆け出して行ってしまった。いつもの事だけれど、みらいは説明がたりない!
宇宙生物って言われて想像するものってなに? 映画に出てくる、エイリアンとかスターウォーズに出てくる異星人、それとタコみたいな火星人とか? そんな気持ち悪くて恐ろしい生物しか思いつかないじゃない! そんなのが出てきたらどうして良いか解らないし……。そんな生き物を妹に捕まえさせるなんて、みらいは悪魔に違いない! 絶対に悪魔だ!
私は心の中でみらいを罵っていた。
「あかり、そいつを確保して!」
突然みらいの声がした。声の方向を見ると角からみらいが走って現れた。しかし、走って来るのはみらい一人だけだ。
え~もしかして宇宙生物って、透明人間? 見えなくちゃ捕まえるのは無理だよ!
「そいつって誰? 誰もいないじゃない?」
「そいつだよ! そのネコ!」
確かに子猫がこっちに向かって走ってくる。なんでネコ?
意味がわからないけど、とりあえずその子猫を捕まえることにした。
茶色と白のマンチカンって猫、そうあの短足のやつだ。短足だけに簡単に捕まえることができた。
「やったね、あかりえらい!」
ほめられた様だけど訳がわからない。私が頭の上に無数の『?』を出していると
「こいつが対象だよ、こいつを連れて川島さんに報告に行くよ」
「川島さんってだれ?」
みらいは私の質問を無視し、マンチカンの子猫を抱いて歩き始める。この場合、黙って子猫を抱いた『可憐な少女・みらい』の後ろを黙って付いて行くしかない。
国際平和管理機構は、品川駅近くの高層ホテルの一室にあるらしい。子猫を抱いたままホテルに入ったら絶対に怒られると思ったのに、意外に誰も気にしないみたい。可憐な少女が子猫を抱いていると、ぬいぐるみにでも見えるのだろうか? 絶対に従業員の再教育が必要だと思う。
みらいは周りを気にする様子もなくエレベーターに乗り、国際平和管理機構と金文字で書かれた部屋のドアをノックした。
国際平和管理機構はこの部屋を事務所に使用しているらしい。中からドアが開かれ、三十歳くらいの男の人が私たちを部屋に招き入れた。マンチカンの子猫を宇宙生物と呼ぶ様な人には見えない。
イケメン風だが、ダークスーツをキチンと着こなして真面目そう。とても優しそうな眼で微笑んでいる。
「御苦労さま、うまくいったみたいだね」
良く通るが、決して大き過ぎない音量で話しかけてきた。みらいは子猫を渡しながら
「楽勝ですよぉ。あっ、この娘があかりでぇーす」
いつもの二十歳とは思えない甘えた雰囲気で私を紹介した。
「あかりです、はじめまして」
ドギマギしながら挨拶をした。
「はじめまして、僕が担当の川島です。みらいさんとは雰囲気がずいぶん違うけど、なかなか可愛い妹さんですね。これからもよろしく」
私の目をじっと見ながら、右手を差し出された。私がドキドキして耳まで真っ赤になりながら握手をするのを、みらいはいたずらっぽい目で見ている。
なんなのよう! たすけてよ~。
「この子猫、どうするんですか?」
人見知りの激しい私の音声は、ギリギリのところで川島さんに届いたようだ。
「検査をしてみないと何とも言えないけれど、吐き出させるか、場合によっては手術で取り出すことになるかな?」
「取り出す?」
「そう、宇宙から飛来したと思われる物体をこの猫が食べてしまってね。その物体が何かを調査するために、この猫を捕獲する事が今回の依頼でした」
「はぁ……」
どうやら、みらいの頭の中では「宇宙から飛来した未確認の物体を食べた子猫」→「未確認飛行物体UFОに乗って来た子猫」→「宇宙生物」と変換されたようだ。
それより早く帰って、パパとママにきちんと話を聞かなくては、みらいの説明で理解できるほど私の脳みそは柔らかくないんだから……。
私たちの家は、北品川商店街と京浜急行の線路に挟まれた場所にある。北品川は昔の宿場町だから、オフィスビルの建ち並んだ品川駅周辺とは違って昔ながらの商店街が有る街だ。
みらいと二人でこの商店街を歩くのも久しぶりだった。幼い頃からここで育ったから、商店街のおばちゃんやおじちゃんはみんな顔見知りだ。
「おっ! みらいちゃんとあかりちゃんが一緒なんて珍しいね。これ食べていきなよ」
肉屋のおばちゃんが笑顔でコロッケを差し出している。
「アリガト~」
みらいが気軽に受け取る。
「おいしい~! おばちゃん家のコロッケはいつもおいしいね。あかりももらいなよ」
私は会釈してコロッケを受け取る。一口食べると、う~ん、やっぱりおいしい。この先には今川焼屋さんや焼きとり屋さんもある。この通りを歩いていると、ダイエットは絶対に失敗するに違いない。
家に帰りついたのは、午後六時を過ぎた頃だった。ママは夕飯の用意をしていた。
「ただいま、今日、みらいから妙な話を聞かされたうえ、変な仕事をさせられたんだけど……」
「初めてのお仕事ごくろうさま。上出来だったみたいね。川島くんから聞いたわよ」
「まだ意味が解らないんだけど、解るように説明してよ!」
「あらそうなの? それならパパに話してもらいましょう」
そうだった。この人もみらいと同じくらいに論理的な説明が出来ない人だった。
「で、パパは?」
「もうすぐ帰ってくるんじゃない?」
仕方がないので自室で携帯ゲームをしていると、パパが帰ってきた様だ。
リビングに降りて行くと、パパはケータイ会社の袋を持った右手をかるく持ち上げた。
「ただいま。これ、あかりの業務用スマートフォンだよ」
「業務用?」
「あかりも今日から仕事をするんだから必要だろ。自由に使って良いけど、一応業務用とプライベート用の二台持ちで……」
スマホを用意するより先に、事態の説明だと思うんだけど? 私、間違っていないよね?
「それより、どう言う事か説明して欲しいんだけど。意味分かんないよ」
「ごはんにしましょう」
突然ママの声が割り込む。
「そうだね、夕飯を食べながら話そうか」
パパは言うけど、こんな話を聞きながら夕飯をキチンと消化できる自信が無い。パパは、ママの用意したバースデーケーキと夕飯を平らげながら話し始めた。
「我が家の家系は、鎌倉時代中期から、世間には内密にスパイの様な仕事をする一族だったそうだ。いわゆる忍者って言うやつだね。あかりも伊賀とか甲賀とかは知っているだろう? しかし、我が家の祖先は後世に名前が残るような一族では無かった。本当に世間に知られずに仕事を遂行する為の組織だったらしく、歴史の表舞台に出てくることは全く無かったそうだ。世間には知られていないけど、室町時代前期には、日本全国に一族の情報網を張り巡らせていたそうだよ。その後、混沌とした戦国時代には、相当活躍していたらしい。もっとも、記録は全く無いから、本当かどうかも解らないけどね。江戸時代に入ってしばらくすると国内も安定して来て、忍者の必要も無くなって来た。その為、一族はそれぞれの土地でそれぞれの仕事を持ち、一般人として生きて行くことになった。しかし、一族はその後も情報網を壊すことなく、いつでも復活出来るように組織を維持していた。明治、大正、昭和と時代は移って行った。第二次世界大戦に敗北した日本が国家として安定してきた昭和三十年代に、アメリカやヨーロッパ諸国によって、国際平和管理機構と言う組織が作られた。そこに日本も参加することになったんだ。その際、日本国政府は全国規模の情報網を持つ我が一族をエージェントとして使うことに決定したらしい。我が家的には、おじいちゃんの代からエージェントとしての仕事を始めたから、みらいとあかりは三代目ってことかな」
そう言えば、みらいも私もおじいちゃんから、古武術と言う格闘技を教え込まれている。今までは孫に護身術を教えているだけだと思っていたんだけど、この仕事の為だったんだろうか?
「けれど、私はまだ高校生だし、仕事って言われても学校もあるし、そんな隙ないし!」
「週末だけで良いんだ。それに我が家の担当は港区・品川区・大田区だけだから。そんなに遠くには行かなくて良いんだよ」
三区だけ? 一族ってどれだけ居るんだ? 週末だけって言うけれど、私のプライベート時間はどうするのさ? 友達とも遊びたいし、デートだってしたいし……。まだ彼氏は居ないけど……。
「それと、今日みたいな川島さんから直接の仕事が多いけれど、警察では扱えないような不可解な事件を調べる事も多いんだ。その時は、警視庁の刑事さんで浜田さんって言うが人が協力してくれるから大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか解らないよ!
なんとなく無理やり納得させられた様な気がするけど、人はこんな話を聞きながらでも、夕飯とケーキはちゃんと食べられることだけは良く判った。