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夜の真ん中を飛んで行け  作者: 朝比奈和咲
3/5

少女

 様々な悪夢を経験してきたが、夜と海と満月と砂浜と、波の音と風の音と、こんなにも静かな世界に放り込まれて、なお私は最悪の最期に近づいていると感じると、全てをぶっ壊してしまいたい。

 が、悪態ついても何一つ解決やしない。昔、全てをぶっ壊すことに挑戦してみたが、無駄だった。

 しかし、満月の明かりしかない夜の海で間違いを探すというのも無茶な話だ。ここが何処の海なのかも分からないのに、間違いを探せというのも無理な話のような気もする。

 間違いを探すにも何を探せばいいのだろう。

 こういうとき、私は無理やり動いて環境を変える解決策があることを知っている。私の身体は、ここが夢の世界だと気が付いたときより、ほとんど私の意思で動かすことができる。それならば、間違いが見つかりそうな場所に避難する、という手もある。

 浜辺から堤防を上るための階段へ行くと、階段の数がやたら多いことに気が付き、堤防の高さもどうやら成長したようだった。高さは私の背丈より三倍ほどはあるだろうか、細長い小山のようで、万里の長城をなんとなく思い出した。

 階段を上り終えると、街灯に照らされた数本の幹線道路が見え、交差した場所を中心に住宅が広がっていた。さらにその先に山々が聳え、どういうわけか、山端の向こうが白んできていた。朝が、来るらしい。

 悪夢はすぐそこまできているらしい。

 そう思ったら、街灯がふっと消え、遠くの山々が消え、ついでに朝が消えた。あたり一面真っ黒になったと思うと、強いスポットライトのような光を後頭部から受けたように私の影が伸びていき、振り返れば満月が向こうの空に強く光り輝いていた。

 いずれにせよ、私は闘わなければならないのだろう。

 深呼吸したくも、ガソリンの臭いが脳みそを刺激する。吸い込むほどに肺が苦しくなり、胃が拒絶反応を起こす。寝間着の袖で口を覆おうとしたが、いつの間にか半袖の寝間着に私は着替えていたらしい。赤い斑点の袖口は、もうすでになくなっている。

 堤防の上から私は浜辺の先の夜の海を見た。

 こうなればもう力づくで起きてやろうか、そう思い私は海に駆け込もうとした。呼吸を止めれば絶命できる、そうすれば脳みそが強い衝撃を受けて現実の世界に起きれる。

 堤防の階段を一気に駆け下りた私はサンダルを脱ぎ捨てて浜辺を駆ける。あっという間に私は波打ち際のところまで着き、足を止めた。

 溺死すれば、確かに夢から覚められる、かもしれない。

 だがこれは本当に最後の方法だ。そして、一度しか、つまり初めてやった時しか成功していない。どうしても分の悪いギャンブルになってしまう。

 うまくいった時はいたって簡単に、とにかく自分に強く言い聞かして成功した。「起きろ! 起きろ! これは悪夢になる! REDRUM! が近づいてくるぞ!」

 初めてうまくいったときは、もうこれで悪夢からいつでも目覚めることができると安堵していたのだが、そこで私は悪夢も学習することを知った。

 つまり、考え方が甘かった。

 次の機会に私は同じことを試した。その結果、私は異質な夢の世界から、私が眠りについたときの部屋にそっくりの世界で、夢から覚めるという夢の世界にたどり着いた。

 布団から勢いよく起き上がった私は、早鐘を鳴らす心臓を落ち着かせるために深く息を吐いた。

 どういうわけか、私は下段ベッドで寝ていた。だが、何も違和感を感じなかった。上段に何がいるのかも考えなかった。私は上段のベッドでいつも寝ていたというのに。

 ベッドから降り、部屋から出ようとしたときに背中から飛びつかれ、前へ倒れたとき、私は満月を空に見えたかと思うと、つまり空と地が逆転しており、首筋に冷たい両腕で抱かれ、後ろに誰がいるのかも理解できずに、私は満月へ向かって……。

 私は首を振って今まで考えていたことを振り払った。つんとしたガソリンの臭いが急に鼻を襲った。ガソリンの臭いなどしない、と考えることにした。

 一度だけ強引に目覚めることがうまくいったとき、あいつは確かにこう言ったことを覚えている。

「消えていった水の音はどこへ消えていったの?」


 目の前にあったはずの海が消え、背後から波の音が聞こえた。

 風はもうなかった。浜部の砂は冷たく固まり、強い風が吹こうともその黒い砂を舞い上がらせることはなさそうだった。

 足元を見れば、白いスニーカーを履いていた。

 そして私は半袖とジャージの体操着姿に変わっていた。

 それは、夏の私の仕事姿であり、この姿が大好きなあいつを私は知っている。

「消えていった水の音はどこへ消えていったの?」

 か細い声がはっきりと聞こえた。

 ゆっくりと振り返り海を見れは、そこにはあいつ、私が最悪の最期を迎えるときにいつも手を差し伸べている、少女がそこにいた。

 少女は浅瀬におり、足首まで海の水に浸っていた。

 そして、少女の前に白黒の太い縞模様があり、満月はその縞模様の上、空高くに輝いていた。


 これは、横断歩道か?

 少女はにこりと笑って、口を開いた。


「横断歩道を引いといた」

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