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炎華伝  作者: 眞上 陽
9/17

第七幕 公子葉容

七月内更新間に合いました。

ほっと一息。

 斉衡の第五公子・斉葉容せいしょうよう

 母は身分の低い貴族の娘だった。

 後宮の宮女をしていたところを斉衡に見初められた。

 王の求めに対し、女性の側に拒否権はない。

 葉容の母は斉衡の何人目かの側妃となった。

 葉容の母はしょう妃といった。

 葉妃は生来大人しい気質でもの静かな女性であった。

 そして、品ある美しさを持っていた。

 線の細い身体、柔らかな面差し、色素の薄い肌と髪。

 その資質はそのまま葉容に受け継がれた。

 



「長い夜ですな」

 回廊を歩きながら、頑堅は疲れたようにそう零した。

「……後は、これで終わりです。ただし、今日のところは、ですが」

 応じた李鳳の声にも疲れが滲む。

 無理もない、と頑堅は思った。

「まだ目的の場所は遠いのか?」

 一人元気なのが炎雷である。

「いや、もうそこだ」

 先の広間の重臣達の亡骸の後始末を、信頼のおける部下に託した李鳳は、頑堅と炎雷を伴い、宮殿の離れにある王家の者専用に造られた牢へと向かっていた。

 そこには、宮殿に住まう斉家の者達を閉じ込めてある。

 宮殿外に住まう斉家の者や、その外戚には頑堅に協力をしてもらい、軍部を動かした。

 処遇は今後の課題になるだろう。

 ただ、これからの計画に禍根を残さないようにするには……。

 気が重たくはなるが、仕方のないことであろう。


「……ここだ。ご苦労、開けてもらえるか」

 李鳳がそう言うと、門を守っていた衛兵は無言で頭を下げると、重そうな門を開き、李鳳達を中へ通した。

 室内は牢とは言っても、身分の高い者を閉じ込める用途で造られただけあって、それなりの広さと快適さがあった。

 しかし当然ではあるが、その中に閉じ込められた者達は悄然と項垂れている。

「斉衡の子のいずれかを一旦王座に据える必要があります」

 李鳳はそう切り出した。

「物には順序というものがある。いきなり貴方が王となるのには、手持ちの札が少なすぎるのです。義王斉衡は確かに自らの子らを意味もなく弑していきましたが、それは臣下や民に及んだわけではありません。皆、己に直接降りかかってくる害ではなければ、そう事を重大には受け止めないものだからです。だから、意外かもしれませんが、義王の民の評価はそう酷いものではなかったはずです」

「いや、意外ではないぜ。だから俺は逆にあれに実際に会って失望したんだからな」

「……そうでしたね。ですがそれ故に、悪の王を成敗した者が次の王座へ、という一足飛び的な簡略な構図は成り立たないのです」

「ふーん、で?」

「一旦斉家の直系が継いだ後、譲位の形をとります」

「そんなに簡単にいくか? 普通の簒奪より難しそうじゃねーか」

「そう、持っていくのですよ。それには、貴方の力を周囲にわかりやすく示していく必要がありますし、もちろんすぐすぐに、というわけにはいきませんが」

「へえ、まああんたがそーゆーなら何か策があるんだろーけどよ。建前ってもんは面倒だな」

「そう言うな。それよりおぬしもうかうかしてはおれんぞ。王位の後継になるのは単におぬしの中継ぎというわけではない。おぬしがその間に王たる資質を示さなければ、排除されるのは斉家の後継か誰か、火を見るよりも明らかであろう」

「ああ、まあそうだろうな。でも、望むところだぜ。そっちのが面白えし、俺に不服はない」

 くくくっと炎雷は愉快気に笑った。

 三人の会話は牢の中に入れられている者達には離れているので聞こえないはずだが、不穏な空気は感じ取るのか時折不安そうな視線を投げかけてくる。

「……で? おまえが決めた手のひらで踊らされる予定に憐れな役者はどれだ?」

「そうですな。ここはやはりまだ赤子である第六公子が……」

「いえ」

 頑堅の言葉をその一言で切ると、李鳳は一点を見つめて言った。

「次期後継、王座に据えるのは、義の第五公子、斉葉容です」

 そこには、静かに坐する公子葉容の姿があった。



 葉容は夢の中にいた。

 それがうつつまぼろしか、自身でも判断がつきかねる状況ではあったが、幸せな夢だった。

 それは、まだ葉容が幼く、長子燵太子も、次兄、三兄、四兄、それにただ一人の姉公主もいたころに夢だった。

 斉家の子供達は皆生母が異なるのに、とても仲が良かった。理想的な王家、とまで一時は評されたほどであった。

 特に、長兄と次兄の仲は特筆されるほどであった。

「いいよな、葉容は。兄上に一番似ているもんなあ」

 口を尖らせ、そう真剣に、羨ましそうに言ったのは次兄であったか。

「僕も燵兄様もそれぞれのお母様似だから、似ているのはおかしいですよ?」

「それはそうだけれど、お兄様と葉容は亡くなられたお祖母様によく面差しが似ていらっしゃるわ」

 そう笑いながら語ったのは姉の公主。

「えー、つうことはどっちにしても女顔だろ? 兄上、優男だもんなあ。男はやっぱり、がっちりしてた方がいいと思わねえ?」

 そう言ったのは三兄。

「うるさい、この脳筋男! 兄上の悪口言うなよ!」

「悪口じゃねーだろ別に! ちびのくせに生意気言うな!」

「ちびって俺のがお兄様だろ! 背のこと言うなんて卑怯だろ! この馬鹿弟!」

「卑怯!? 誰よりも公明正大に生きている俺に向かって」

「や、やめてください兄様方。仲違いなんて……けほっ、こほっ」

 身体の弱かった四兄が止めにはいったものの、咳き込んだ。

「ほらほら、二人とも。つまらないことで喧嘩などするでないよ。特に次兄であるお前はわたしがいない時には他の皆をまとめていかねばならない立場にあるのだから……」

 やんわりとそう言ったのは、いつも穏やかで優しい長兄だった。

「あ……あああああ兄上!」

「はっ、怒られた」

 べえっと舌を出す三兄に、半泣きの次兄がぎっと睨みつける。

「ほら、よしなさい。別に怒っているのではないのだから。それに、わたしは中身も外見もお前がわたしとは違うことを嬉しく思っているよ。わたしと異なるところが多いからこそ、わたしの足りないところを補ってもらえるのだから」

「あ、兄上っ。はい、光栄です。嬉しいです。感激です。もちろん僕はこれからも兄上のお役に立てるよう精進していきたと思ってます! いつまでも、きっとです。誰よりもずっと、ずっとです。だから兄上も何かあったら、まずは僕に一番に相談してくださいね」

「ああ、頼りにしているよ」

「はい!」

 さっきまで半べそをかいていたのが嘘のように、次兄は満面の笑顔になった。

「あらあ、お兄様は本当に人の操縦がお上手ですわねえ。でも羨ましいわ。あそこまで慕ってくれれば、本望というものよねえ」

 呆れたような公主に、三兄はむくれて言った。

「では姉上は俺が守って差し上げますよ。あんな貧相なのより、絶対俺のが強くて頼りになりますから」

「あら嬉しい。だけど、わたくしが他国へお嫁に行っても、一緒についてきて守ってくれるのかしら? それとも、一緒にお嫁に行く?」

「うっ、そ、それは……」

 言葉に詰まった弟を見て、公主は可笑しそうにころころと笑った。

「冗談だわ、冗談。そんなわけないでしょう。だけど、お兄様? わたくし、お嫁に行くなら、それなりのところでなくては嫌よ? この国の為になるような、他の六国の王家筋とか。そこまで整えてくれたら、わたくしもきっと頑張りますわよ? この国の、この国の民の、この国にいるお兄様達の為に。だってわたくしも、この国の王の子供なんですもの。未来の王の妹ですもの」

「……わたしとしては、ただ一人の妹なのだから、自分の本心から選んだ相手のところへ嫁いで幸せになってくれればいいと思っているんだけどね」

「まあ、お兄様。それは甘いですわ。使える駒は使う、それが王道というものでしょうに。わたくしは使える駒になりたいのですわ」

「姉上! 兄上の言うことに間違いはないのですよ! これもお優しい兄上が姉上を思ってこそなのです」

「それくらい、わたくしも存じております。わたくしが言っているのはそういうことではなく……」

「つか姉上。姉上は嫁にいかなくていいんですよ。ずっとこの国にいれば、そうすればずっと俺がそばにいて守っていってさしあげます」

「まあ、ずっとだなんて。そんなことではあなたの将来の花嫁が嘆きますわよ」

「いいんです。姉上がそばにいれば花嫁なんていりません」

「あらあら、困りましたわね。慕われるのは嬉しいですけれど、心配でもありますわ。お兄様もこんなお気持ちですのね?」

「ははは、だが皆が仲良くしてくれるのがわたしは一番嬉しいさ」

 長兄の言葉に、兄弟皆の顔に笑顔が浮かぶ。

 その様子を眺めていた四兄がにっこりと笑って葉容の頭を撫でた。

「よかったね。兄様方も仲直りされたようだ」

 病弱な四兄の手はいつもひんやりと冷たかった。

 だけど、それがとても心地よかったことを、覚えている。



 幸せな日々であった。

 皆の笑顔に、幸せが溢れていた。

 ずっと、続くと思っていた日々。

 永遠かと思っていた、あの光景。


 失われたもの。

 失われた命。

 失われた幸せ。

 失われた未来。


 残された自分。

 残ったものは、からっぽだった。




「斉葉容」


 名を、呼ばれ顔を上げた。

 名を呼ばれたことも、ずいぶんと久しいことのような気がした。

 そこには、三人の男が立っていた。

 一人は李鳳。

 もう一人は頑堅。

 最後にお一人は、葉容には見覚えがなかった。

 ただ、瞳にずいぶんと強い光を宿している、そう感じた。

 男は葉容と視線があうと、にやっと笑った。

 夢から覚めた、ような気がした。


 これが、現実。

 葉容はぼんやりと三人の男を見上げた。

 そんな葉容に、李鳳が口を開いた。

 静かな、穏やかな声色だった。


「第五公子斉葉容、あなたにお話があります」

 

 




次八月中に更新できるよう頑張ります。

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