第六幕 老溯公と双子の美姫
今回は非常に短いです。
だけどこの面子、癒される……。
忠の国は水と緑が豊かな国である。
その国の王は老溯公と呼ばれる、見た目がまるっきり仙人のようなお人である。
白く長い眉毛と髭はその頭髪と同じく真っ白である。
特にその眉は目を覆い隠すほどで、周りの者はその眉の上がり下がりを見て、老溯公の気持ちを推し量っている。
忠の治世はその老溯公の人柄のように穏やかである。
それは、長年に渡る老溯公の努力の賜物であった。
「おじい様、どうなさいましたの?」
そう声をかけて傍に寄ってきたのは孫娘の溯金麗と溯銀麗である。
姉の金麗と妹の銀麗は双子の姉妹で、まだ十にも満たない年齢ながら、将来は傾国の美女と呼ばれるほどになるだろうと噂に名高い。その噂に、縁起でもないと憤るのが勝気な姉の金麗で、困ったように戸惑いの笑みを浮かべるのが妹の銀麗である。
外見は見分けがつかないくらい瓜二つであるのに、容易に見分けがつくのはその内面の差が大きい為であろう。
「何かお悩み事でしたら、どうぞわたくしたちにお話しくださいませ」
と、金麗。
「それとも、もしやどこかお身体の具合でも悪いのですか?」
と、銀麗。
愛らしい対の双子の姉妹を見やって、老溯公は相好を崩した。
「いやいや、心配をかけてすまなんだ。ちょっと考え事をしていたんじゃよ」
「まあ、それならばよいのですけれど」
と、銀麗。
「何を考えていらっしゃたんですか?」
と、金麗。
老溯公はほほほう、と笑った。
「この国は良い国だ。そうは思わんかね?」
「まあ、そんなこと。あたりまえですわ」
と、金麗。
「もちろん、そう思いますわ」
と、銀麗。
「この国は良い国だ。本当に良い国だ。民もよく働き、官たちもその民の生活を守るためによくやってくれている。この国が良い国なのは彼らのおかげだ。そうつくづく感じていたのだよ。ありがたいことだ、と」
「官と……」
「民のおかげ、ですの……?」
「そうじゃ。人には分というものがある。人は、決してそれを越えてはならぬのだよ」
国の頂点には王が立つ。
王とは奢る者ではなく、国にいるすべてのものの責任を負う者である。
ただ、実質人でしかない王に、すべてを見通す力があるはずもない。
その為に官がいる。
官は、概ね六官に分かれている。
天官、それは国政を統べる者。その長を冢宰という。
地官、それは教育、人事、土地など役を担う者。その長を大司徒という。
春官、それは祭祀、礼儀を司る者。その長を大宗伯という。
夏官、それは軍政を行う者。その長を大司馬という。
秋官、それは刑罰を管轄する者。その長を大司寇という。
冬官、それは土木工作を受け持つ者。その長を大司空という。
百官は己の権限に慢心することなく、民を守り導かなければならない。
そして、民は安心して怠惰になることなく働くのだ。
すべてが、すべての者が、己の分を越えることなく、己の分の中で懸命に努力する。
これが結果、己の為となり、ひいては国の為となる。
それが、忠国の老溯公と呼ばれる人のかたい信念であった。
「まあ、なんてすばらしいお考えですの」
「皆が皆互いに献身する、それはとてもすばらしい関係ですわね」
金麗と銀麗は両手をあわせ、顔をほころばせそう言った。
「……あら、ですがそれですと」
「生まれたところによって、ずいぶんな差が出てしまいますわね」
老溯公は孫娘達の疑問に、立派な顎鬚を撫でながら頷いた。
「もちろん、分とは生れ落ちた時にある程度は決まってはおる。が、己の努力次第で変えることもできる。しかし、やはりどうしても越えてはならない分というものが、人にはあるのだよ。分の枠に囚われないでいられるのは、それはもはや神の領域でしかない」
「まあ、神様」
「それはずいぶんと大層な重みですわね」
「ええ、わたくしではとても、ですわ」
「そうですわね、わたくしもですわ」
「でも、おじい様?」
「人は、すべてがすべて、己をわきまえるということができるわけではありませんもの」
「では、おじい様」
「それを越えてしまった人は、どうなりますの?」
可愛い孫娘達の首を傾げる様子に、祖父は眉毛に隠れて見えない目を細くした。
「決まっておる。英雄と讃えられるか、愚か者と蔑まれるかじゃ。そして、大抵は後者のほうが圧倒的に多いものなのだよ」
またまた話が飛んですみません。
また次回から義の国の話に戻ります。




