第四幕 王の資格
亀更新宣言改めドン亀更新宣言。
「李鳳殿、仔細、伺いたい」
頑堅は、呼吸を整えると李鳳に向かい合った。
「が、まずそこの御仁について説明頂けるか。わしには見覚えがないように見受けられるが……」
「そりゃ初の対面だ。見覚えなくて当然だろう」
頑堅の言葉に反応したのはそれまで口を閉ざしていた男だった。
「俺は炎雷。おっさんは?」
「わしは頑堅と申す。して、炎雷、主は何者だ?」
「何者って言われてもなー。この場で一番わかりやすい回答は、王様を殺ったのは俺だって事か」
「なにい!?」
頑堅の形相が変わった。
「李鳳殿! これはどういう事か! まさか、此度の件はそなたが」
「此度の件って、王様を殺したことか? それなら的外れだな。俺が俺の意思でしただけだからな。あまりにあっさりだったんで拍子抜けしてたところに、その男が入ってきたんだ」
頑堅の疑惑に、炎雷はそう答えた。
「貴様……! 何故このようなことを! 誰の差し金だ! 何が目的か!」
「わからねえおっさんだな。俺が俺の意思でと今言ったばっかりだろう。誰の差し金でもねえよ。目的ってのもなあ、強いて言えば退屈だったから?」
「な……!」
炎雷の答えに頑堅は声も出ない。
「貴様! そんな理由で、一国の王を手にかけたと言うのか! そんな、退屈などという馬鹿げた理由で……!」
「一国の王だったからさ」
ふ、と炎雷は息を吐いた。
「今まで宝も、女も、命も数えきれないほど奪ってきた。何をしてももう目新しさなんぞ感じない。日々に飽いてるんだよ、俺は」
炎雷はすっと片手を前に伸ばす。
その手は、何かを摑もうかとしているような動きに見えた。
「退屈なことは、死んでいるのと変わらない」
その様子を見ながら、頑堅は嫌な汗が背中に流れ落ちるのを感じた。
(なんだ? この威圧感は……)
「一国の王ともなれば、それほどの存在であればきっと何か違うんだろうと思った。剣を交えれば、きっと生きているという感覚を思い出せると思った」
炎雷はそのままぐっと拳を握りしめる。
「が、はっきり言って失望した。これが一国の王か。こんなものか。これが王たる姿か。剣をとることもなく、誰何することもなく、寝台の端で震えているだけの人間が」
失望は容易に憤怒へ変わった。
刃を振り下ろす意味を感じなかったが、命を奪わない価値も感じなかった。
その結果が、あれだ。
「さっさとずらかるつもりではいたんだ。さしたる用もなかったしな」
炎雷はそう言うと、李鳳に向かってにっと笑ってみせた。
「その時だ。こいつが室へ入ってきた。血だらけの室内と無残な躯を見ても動じなかった。少なくても、恐怖の色は微塵もなかった。面白い奴だと思った。だから、反応を見たくて俺は言ってみた。王を殺した俺が次の王だと」
あの時。
言われた李鳳は一瞬目を見開き、一度ゆっくりと目を閉じると、笑んだ。もの知らぬ子供を嘲るように。
「本気でそんなことを言っているのか?」
「ああ?」
「王とは何だ? 争いに勝った者が次の王か? そんなもの、獣の世界でのルールだな」
「俺が獣だと?」
「他に何がある」
李鳳は言い切った。
「己が王だ、そう言い切れば王になれるのであれば、それは幼い子供でもできること。義王斉衡が王であったのは、誰が決めたことだ? 斉衡自身か? いや違う。最初から決まっていたのだ。この、義という国が建国された時から、義の国の王は斉家の者であると。ではそれは、誰が定めた? 誰が認めた? そもそも、義は誰のものか」
炎雷は静かな情念を口にする李鳳を無言で見ていた。
「それは、民だ」
「民……?」
「国は民のもの。王はそれを守り、導くからこその王なのだ。……それは、つい忘れ去られがちになるものだが……」
李鳳はそこで少し苦しげに眉を寄せると、炎雷をまっすぐと見やった。
「お前は、王になりたいか」
「王に……?」
「もし、お前がそれを望むのであれば、わたしがその力となろう。お前が王になる為の。誰にも負けることのない、強き王に。真に、お前がそれを望むなら……、この手を取るがいい」
普通なら、ありえない展開だった。
自分の主を殺した人間に向かい、下手をすれば次は自分も命を奪われかねない状況で発する言葉ではない。
尋常ではない胆の据わりようだ。
「面白い男だと思ったな」
思い出して、それがまたおかしいのか、炎雷はくくくと笑った。
「俺は言った。それが俺を面白くさせるなら乗ってもいい。だがつまらなくなったら、すべてをぶち殺してとんずらするかもしれないぜ、ってな。そしたらこいつ、なんて言ったと思う? こちらも使えないと判断したら即座に切って捨てる、だとよ。正直、本当は王座なんぞあまり興味ないんだがな。こんな面白そうな奴、見たことねえし。だから、しばらくはこいつに付き合ってみることにしたんだ」
「…………王、だと」
頑堅は、渋面のまま李鳳を見た。
「李鳳殿、まさかそなた……」
「頑堅殿、王の資格とは、なんだと思われますか?」
「王の資格?」
頑堅の言葉を最後まで聞かず問うた質問の意味に、頑堅は眉を寄せた。
王の資格とは何ぞや。
そんなことは考えたこともない。
何故なら、王とは常にそこにあるものだから。
王の継嗣として誰になるか争いになることがあったとしても、それは常に斉家血筋の者。誰が相応しいかではなく、誰が勝ち取るものか。
王の資格、それは詰まるところ、王に相応しいかの疑いの視線を投げかけること。
頑堅の背筋にひやりととした嫌な汗が流れ落ちた。
それは、臣下として許されることではないのではないか。
「確かに、義王斉衡は賢王でも覇王でもなかった。しかし、燵太子をはじめ、子にも妃にも恵まれ、頑堅殿のような武官、文官にも優れた者が揃ったと思います。わたしはこの国で、この国の為に働けることを誇らしく思っていました。けれど、あの燵太子の件以来、何かが崩れていってしまった……」
あれは誰にとっても、悔いても悔やみきれない禍根だった。たとえ、未来を予測できる者でもなければ、避けられぬことだったとしても。
「王の乱れは国の乱れ、延いては民に多大な影響を及ぼします。国内だけならまだ良い。いつかは収拾することが出来るはず。問題は他国の存在です。国内が混乱しているそのような時に攻め込まれたら、ひとたまりもない。だから、国を乱すようなことがあってはならない。他国につけ入る隙を与えてはならない。薄情なようですが、義王の亡骸を前にわたしが思ったことは、それでした」
李鳳は重い息を吐いた。
「燵太子が存命であれば、また違ったでしょう。祭妃の外戚の方々も、己の分をわきまえ、それでいてなお周囲への影響力は絶大なものがあった。このようなことになるのがわかっていたなら、たとえ謀反人の誹り受けようとも、義王が燵太子を手にかける前にわたしが陛下を害したでしょう。しかし、今となっては詮無きこと。ないものねだりをしても仕方ありません。現在残った葉容公子はまだ幼く、確たる後ろ盾もありません。もう一人の公子に至ってはまだ赤子。他には斉家遠戚の者達と、義王の凶行を止めるどころか機嫌取りに励んでいたような重臣達……。同じく何もできなかったわたしが偉そうに言えることではありませんが……」
そう言う李鳳の口元は皮肉気に歪む。
頑堅にも何も言えない。
何も出来なかった罪は、頑堅も同じく背負うものなのだから。
「それでも……」
一度かたく目を閉じた李鳳は転じて語調を強めた。
「わたしは、わたしの責務を果たさなければならない。この国には今、強い王が必要なのです。そう、王座を巡って争うような、その結果国を傾けさせるような愚は、決して行ってはならない。弱き王を掲げて、その下で利権を争い、国の結束を揺らがすようなことも決してしてはならない」
李鳳はそう言うと、まっすぐなまなざしで炎雷を見やった。
「この者を初めて見た時、わたしは焔を見た気がしました。赤い、大きな炎が燃え上がる、その光景を。他人を惹きつける、特別な力……。この国に、今最も必要なもの……。わたしは、そう信じています」
そして、その視線を今度は頑堅へと移した。
「頑堅殿、どうかわたしとともに……。此度の件、貴殿のお力が必要なのです。わたし一人では決して成し遂げられません」
「……斉家の血脈ではない者を王とする、その意味を……」
「無論、存じています。簒奪者としての名が残ることも、その覚悟もできております。……すべてはこの国の、民達の為になると信じて……」
「敢えて、血の道を行くか、李鳳殿」
李鳳は黙して答えない。
それが、何よりの答えだった。
こういう話だとはわかっているが、おっさんばっかり。
書くのが進まない……。




