第一幕 炎下の出会い
初っ端から血生臭くてすみません。
「これは、李鳳殿」
義の国の王の私室に通じる階段の両脇に控えた、長槍を手にした当番の衛兵が、李鳳の姿を見るなり、敬礼した。
「ご苦労。何も変わった事はないか」
「は、何も変わりありません」
ある種、形式以外の何物でもない言葉をかけた李鳳に、衛兵も何の変哲もない言葉を返した。
「そうか。陛下に火急上奏せねばならない案件があってな。通らせてもらうぞ」
「は、どうぞお通り下さい」
衛兵の敬礼を受け、李鳳はその横を通り抜けた。
義王・斉衡に謁見を求める為に、わざわざ義王の私室にまで足を運ぶのは、これで何度目になるだろうか。
李鳳は重い息を吐いた。
義王はあまり朝議に熱心な方とは言えない。寧ろ関心がないと言っても差し支えない。
しかし、それは今の所はたいした問題ではない。一応は奏上される議題や進言に耳を傾け、李鳳達家臣等の意を取り入れ、それに見合った裁可を下す事は出来るからだ。
義王の評価は、賢帝でもなければ愚帝とも言えない凡帝である。ただ、政に関しては。
義王の抱えている闇。
それは、いずれ、義の国を巻き込む大惨事に繋がるかもしれない。
その片鱗はすでに見え始めている……。
いっそ、義王斉衡がもっと救いようが無い程の…………。
李鳳は緩く首を振った。
そして、上天を見上げる。
澄んだ黒天の夜空に、金色の月が浮かんでいる。
つい胸に抱いてしまう不穏な考えなど打ち消してくれるようだ。
そう、今はそんな詮無き事を考える事より、最善の道を歩むべきだろう。
この国の為に。
自分はその為に、ここに存在しているのだから。
「陛下、李鳳にございます。よろしいですか」
李鳳が義王の私室を訪ねる際、かける言葉はこれだけである。すると、「良いぞ」と返ってくるのが決まりになっているのだが。
「……………………?」
まさか、まだ眠っている時刻ではないだろう。
「陛下? よろしいですか」
李鳳は再度そう声をかけ、今度は返事を待つことなく扉に手をかけた。
ゆっくりと、開かれる扉。
その途端。
「……!」
噎せ返るような、生々しい血の臭い。
李鳳は咄嗟に袖で鼻を覆った。
室の中は薄暗い。最小限の灯りしか灯していないようだった。
李鳳は慎重に室に足を踏み入れた。
辺りがよく見えないので、目を凝らす。
特におかしな所はないようだが、しかしこの臭いは……。
李鳳がそのまま寝台の方へと足を進めたその時。
寝台の上に誰かが腰を下ろしているのが目に入った。
寝台から溢れ、床に広がる血の海。
寝台の上の動かぬ塊は、身に纏っている衣装から察するに、義王斉衡その人ではないのか。
そして、その傍らにあるのは、鈍く銀に光る血に塗れた大斧と……。
李鳳はそれを目の当たりにして、動けなくなった。
否、見えたような気がした。
「よお、あんたはこいつの手下か?」
薄暗い中、燃え上がるような。
「こいつ、ここの国の王なんだろう? 一番偉い奴なんだよな」
赤い、赤い、まるで。
「俺が、やった。ずいぶんとあっさりしたもんだったけどな」
李鳳を見据え、にやっと不敵に笑う、見知らぬ男。
「俺が、殺した。だから」
その男から溢れだす、それはまるで。
「今日からこの国は、俺のものだ」
まるで、燃え上がるような、赤く渦巻く炎のようであった。
今回は少し短めです。




