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炎華伝  作者: 眞上 陽
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第十二幕 頑頼登場

もう月に一度の更新でご容赦を。

「はっ、ほらほら、もっとかかってこいよ」

「はあっ!」

 キンッ! ガッ! と、剣と剣とが交わる音が響く。

 剣を交えているのは葉容と炎雷である。

 場所は宮内の武術の稽古場であった。

 必死な様子の葉陽に、それを軽くいなす炎雷。

 それを見守るのは頑堅である。

 炎雷は武官である夏官の所属となり、立場的には頑堅付ということにされた。

 突然湧いて出た夏官長の「お気に入り」の存在に、夏官達の間一時ざわつきがあったが、やがてそれは落ち着いた。

 炎雷の圧倒的な武の強さは、並みの兵士十人が束になってかかっても歯が立たない圧倒的なものだったからである。

 今日は葉容の剣の稽古ということで、先ほどから二人で剣を交えているというわけである。

「ほれほれ、もっと鋭く突っ込め。虫が止まるぞ」

「……はい!」

 すでに汗だく息切れの葉容と異なり、炎雷は汗一つ掻いてはいない。

 もともとの力量が違う上、炎雷が本来愛用しているのは稽古用の剣の数倍重量がある大斧なのだから。

 稽古用の剣など、玩具の剣を操ってるくらいにしか炎雷は感じていないだろう。

(ふうむ、なかなか……)

 頑堅はその様子を眺めながら、ふむふむと値踏みをする。

 葉容は思っていたよりいい動きをするし、炎雷はずいぶんな我流ではあるが、腕が立つのはよくわかる。

 見ているうちに、頑堅はうずうずしてきた。

 武人のさがとして、それは仕方のないことであろう。

 次は自分が手合せを願ってみるか。




「頑張っているようですね」

 そこに現れたのは、腕の中にいくつか書簡を抱えた李鳳であった。

「李鳳……!」

 休憩ついでに交代と、頑堅と炎雷の打ち合いを汗を拭いながら見ていた葉容は、ぱっと笑みを浮かべた。

「お仕事の途中なのですか?」

「ええ」

 剣を交えていた炎雷と頑堅の二人は、李鳳の姿を目にすると、その剣を下ろした。

「おお、李鳳殿。こちらに参られるとは珍しいですな」

「そうですね。今日はこちらにいると聞いていたので、少し様子を見に……」

「様子なんぞ見てないで、お前も参加しろよ」

「そこまで時間はないので遠慮する」

「んだよ、つまんねえ奴だな」

 炎雷はチッと舌打ちした。

「李鳳は炎雷と違って忙しいんです! ね、李鳳」

「おーおー、ずいぶん懐かれちまってんなー」

「べ、別に。普通です!」

「ふうーん」

 李鳳はそんな二人のやりとりはサラリと流し、頑堅の声をかけた。

「いかがですか」

「ふうむ。まあまあじゃの」

 李鳳の問いに、そう答えるだけの頑堅。

 それに、李鳳は頷いてみせた。

「り、李鳳」

 葉容は李鳳の服の裾をついと引っ張った。

「少しだけお時間いいですか? 稽古の結果をお見せしたいです。だいぶ剣の素振りも安定して早く振れるようになってきたんです」

「そうですか、では少し見せて頂きましょうか」

「……っはい!」

 意気揚々と李鳳に良いところを見せようとする葉容。

「ふーん、あの無表情小僧がいったいどんな風に化けるかと思ってたら、ずいぶんとまあ可愛くなっちまって。尻尾が揺れてるのがわかるようだぜ」

 呆れたようにそう零す炎雷に、頑堅はにかっと笑ってみせた。

「悔しいのか? 懐かれたのが己ではなくて」

「まさか」

 ふんっ、と炎雷は不敵な笑みを浮かべる。

「しっかし、たまにはこういう健全、というか平和呆けするような生活も新鮮だな。ずっと続いたら飽きそうだが」

「わしはずっと続いて欲しいと願っているがね。……まあ、そうはいくまいて」

「頑堅殿、少しよろしいか?」

 李鳳がそう声をかけるのに、「おお何ですかな」、と頑堅は炎雷の傍を離れる。

 それと入れ替わるように、葉容が炎雷の隣にきた。

 あまり李鳳に稽古の結果を見せられなかったようで、その表情はどこか不満げである。

 葉容の李鳳に対する信望の様子は傍で見ていてもかなりのものがある。

 葉容は仮にも王座について、宮内にも公子の時とは別の室を与えられた。

 しかし、未だ宮内にある李鳳の私邸で寝起きしている。

 まだ子供だからと頑堅は笑うが、公私の別を重んじる李鳳はあまりいい顔をしない。

 それでも、と望むのは葉容の強い意思だ。

(まるで、殻を破った雛が一番初めに目にしたものを親と慕うさまそのものだな)

 不意に、からかいたいような気持が疼いてきた。

「ずいぶんとお前、あの頑固者に懐いたな。そんなに好きか?」

「はい」

 葉容は照れも迷いもなくそう言い切った。

 その真っ直ぐな様子に、炎雷の方が拍子抜けしたくらいである。

「炎雷、いい機会ですから、あなたに言っておきたいことがあります」

「おお? 何だよ」

「あなたには感謝してます。そのおかげで、僕はあの人に出会えました」

「出会えた? もとより知っていただろう」

「もちろん、知ってはいました。李鳳、という名の人は。でもそれは、あの人自身を知っていたわけではありません。あの事があって初めて、僕は李鳳という人を本当の意味で知覚した。そして、李鳳は僕に大切なことを気づかせてくれました」

「大切なこと?」

 葉容はすっと目を閉じた。

「そう。真に、生きるということは、どういうことかということを。僕は、いったい何をすべきなのか。何をしたいのか、ということを」

 そして、軽く息を吸い込むと、続けて言った。

「僕が、生きる意味を。僕が存在する意義を」

「ずいぶん御大層な物言いだな。だがその分だとその答えはもう、お前の中にあるんだろう?」

 炎雷の返しに、葉容は透明な笑みを浮かべた。

「炎雷、時が来たら、きっと僕はあなたに王位を譲るということになるでしょう。僕はそれはいといません。李鳳が、それを必要だと判断したならば。だけど、もし李鳳を裏切るようなことがあったら、その時は僕はあなたを絶対に許しません。それだけは、覚えていて下さいね」

 葉容のその表情は笑みさえ浮かべているのに、その瞳の色はどこまでも深い覚悟の色があった。

(ああ、本当に化けやがった)

 炎雷は楽しくて仕方がない。

 やはり、人間は一番楽しいこの世の玩具だ。

 人間という存在が、この世で一番面白い。

 そして、ここにはその面白いものがたくさん転がっている。

 生きることに特段意味などないと炎雷は思う。

 が、もしそれが存在の証明であるとしたら、炎雷にとってはまさに、己が「面白い」と感じる状況にあること、であろう。


「炎雷はいるかー!」

 その時、突然そんな叫び声がして、一人の男が稽古場へ乱入してきた。

 そして、きょろきょろ見回し、炎雷の姿を目にすると、さっと手に持っていた棒を構えた。

「俺の名はがんらい! 貴殿に武術の試合を申し込む! いざ、尋常に、勝負!」

 そう名乗り、いきなり棒を抱えて突進してくる男を前に、炎雷は愉快な気持ちを抑えられなくなった。

 また一人、面白そうなものが自ら転がり込んできたのだから。

 炎雷は剣を構え、真っ直ぐ自分に向かって突進してくる男に言った。

「さあ、来な! お望み通り、相手をしてやるぜ!」









次回は今回末尾に登場、頑頼の話の続きです。


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