斬の家庭事情
「ったぁ…。杏、大丈夫か?」
「なんとか…。ていうか、今何月何日ですか?」
「えと…ちょっと待って。ここどこ?」
「私に聞かれても困るんだが…。」
「あ、池。多分、僕が裏側の世界に連れてかれた時と同じ場所だ。」
「じゃあ、人間の世界に戻れたってことか?」
「うん!チャリの中に時計あったはずだから、ちょっと見てくる。」
ん?今気づいた。氷吸血鬼の格好じゃない。歯も普通だし、爪も尖ってない。服装が連れてかれた当時の格好に戻ってる。あれ、けど杏は特に何も変わってない…。
「今は…4月24日午後8時58分…て、連れてかれた時から1時間しか経ってない…。」
「私は、連れてかれて3日…。」
「日付感覚が狂いそうだな。」
「とりあえず、これからどうするんだ?」
「僕はこれからも普通に生活できると思うけど…杏は、どうする?」
「私は小さくなってしまったし、しかも羽根まではえたままでもはや人間に見えないんだが。斬、何とかしろ。」
「そう言われても…。」
「…私は所詮失敗作だ…。」
深いため息をついて杏が言う。そんなことない。僕はそう言いたかったが、そう言える確かな根拠が無い。どうする?マジでどうする?思考の末、僕は結論を出した。
「その格好じゃ学校にも戻れないだろ。しばらく、僕の家に居候しとけ。」
「…そうする。家族にも、どう説明していいかわからないし…。」
こうして、僕は1人暮らしから卒業することになった。
家に戻って、とりあえず一息つく。
「なぁ、斬。お前はなぜ1人暮らしなんだ?」
「そう言えば、誰にもそのことは話したこと無かったな…。うん、話すか。杏はこれから一緒に暮らすんだしな。現実から逃げちゃいけない。」
僕は、誰にも話したことのない、家族のことを話し始めた。
「僕の父親は、変死した。表向き上はそうされてる。けど、僕はある時気づいた。父親が生前使っていた部屋に、服とズボン、それに花が置かれていたことに。なんでわざわざ服を?と僕は聞いた。当時生きていた母親にね。あの時の、悲しそうに悲しそうに事情を話してくれた母親の姿は忘れられない。当時の僕にもわかるように母親は話してくれた。父親は、僕の妹をつくっている最中に、疲れちゃったんだよ。裸でね、と。…腹上死だったんだ。その全てに気づかされたのは、最近だよ。母親に僕があの質問をした後すぐに、母親は引っ越しの準備をしだした。きっと、父親の死に方について全て知られる前にこの家から逃げたかったんだろうね。僕と母親、そして妹は、ここからずいぶん遠くに引っ越した。その引っ越した先でも、僕はしつこく聞いた。父親についてね。とにかく悲しそうな顔で母親は話していた。けど、ついに話さなくなった。僕と口すら聞かなくなった。そして、5歳の僕だけこの家に戻された。よほど聞かれるのが辛かったんだろうね。捨てられたんだよ、僕は。幸い、すぐに親戚が見つけてくれたけどね。それからはその親戚の人としばらく一緒に暮らしてたけど、その人は心筋梗塞で僕が7歳の時に死んだ。それ以来、ずっと叔母さんが飯だけ作りに来てくれる。生活費も叔母さん夫婦から振り込まれてるから、特に問題なく1人暮らししていれるってわけなんだ。」
「…そんな…。」
そりゃまぁ、いきなりこんな話されても困るよな。黙るしかないよな…。
「いきなりこんな重い話でごめんね。………飯、食うか。」
飯を食べている時、杏が一言こう言った。
「私だったら、死んでるね。自ら望んで…。」
「多分、誰がいつ消えたり死んだりするかわからないから、生きてるんだろうね。どうやって死ぬのか、どのような過程で死ななくてはいけなくなったのか…。そういうことを知りたいから、僕は生きてられるんだろうね。死にたいから生きる。一言で言っちゃうとこうなる。そんな歪んだ考えが僕の生き甲斐なんだよ。」
「不思議な人生になりそうだな、お前の人生ってのは。」
そうだね、けど…不思議でいいじゃん。死にたいから、楽しく生きさせてもらうよ。