南町さんの家庭事情(1)
パーティー合併が決定してから3日。学校から帰ったらチャットで皆でだらだら話しながら、日々を楽しく過ごしていた。全員の仲もいいようで、ひとまず安心した(葵衣さんがリーダー役を陽響から奪われた感があって少しは不安だが)。
4月28日。今日は学校が午前中と給食だけで終わり、午後からは暇を持て余していた。久しぶりにロックに浸ろうかな…。そう思っているところへ、メールが来た。南町さんからだ。
………………
To:斬
Title:午後空いてるか?
本文:明後日秋田でライブあるだろ?ついでということで俺の父親がバンドのメンバー連れてここの駅寄るって話だが、見に行かないか?
………………
マジかー!?絶対行く!!すぐに返信して、家を出た。
南町さんの父親は、『鰒逝ヴェネーノ』の名で超有名な国民的バンド『Moooon』のボーカル兼ギタリストをしている。特徴的な低音が魅力で、子供から若者、中高年からご老人にまで優しく接する絵に描いたような善人である(内面を見ればの話)。外見は、前髪の一部を青く染めたツンツンのロン毛で、革ジャンにジャラジャラしたチェーンといういかにもなスタイル。このバンドのメンバーの間にはいくつかの面白い決まりがあり、それもまた人気が出た理由の1つでもある。例えば、1.禿げても隠さない。2.車は改造費含めて800万円以下にすること。…など、ユニークである。
駅前には、数人の人が集まっていた。南町さんの元へ行く。
「よう。もう10分位で来るから、待ってな。」
「はい。」
さっきからものすごい勢いで人が増えてきた。
「なんでこんなに人増えたんですか?」
「ブログにでも書き込んだんじゃないか?にしても尋常じゃない集まり方だなおい…。」
南町さんと話していると、なぜか磨夏とすずみが来た。
「あれっ、斬さん!」
「こんにちはー。」
「おぉ、いたのか。」
「そりゃそうですよ!だって間近にMoooonがいるんですよ!!」
「間近っつってもな…人だかりが…。」
実際、どんどん人が増えて駅からは程遠い所に僕達は追いやられていた。その時。
「てめぇ当て逃げかオイ!!」
後ろでケンカが始まった。おいおい真後ろでんなことするなよ…。そっと逃げようとすると、
「この女のせいなんだよ!!」
いきなり当て逃げした方の男が磨夏の肩を掴んでケンカの真ん中に放り込んだ。
「きゃぁぁぁ!!!」
はぁ?こんなゲス男まだいたのか…。
「おいその女ぁ!!どうしてやるかなぁ………!!!!!」
ヤバイ、マジでヤバイ。チンピラの間に割り込む!っていやそんなの無理…けど磨夏が…磨夏が…。あ、僕の力って今使えたりするの?試してみるか。試しに右手を突き出す。案の定、氷を噴射できた。けど、ちゃんとした格好してるときよりは威力少ないな…。
「んあ?てめえはなんだ?ドライアイスぶっかけやがってよぉ!!!」
うわっ、ドライアイスだと。笑ってしまった。
「……ケンカ売ったなコラァァァァ!!!!!」
「磨夏、逃げるよ!」
2人のチンピラの間に突っ込み、磨夏を抱えて逃げ出す。人混みを掻き分けるにも、磨夏を抱えているので動きづらい。あっという間に捕まってしまった。
「てめぇぇ…手こずらせやがってぇよぉ…。」
ヤバイ、僕も磨夏もまとめて何されるかわからない…。チンピラ2人相手にするのか…見られても仕方ない、磨夏を助けるためだ、やるしかない。
「磨夏、しっかり掴まって。」
力を籠めて、背中から羽根が生えるように念じる。頼む、頼むよ、僕の力…。チンピラが僕の首根っこを掴んだ瞬間、黒々とした羽根が生えた。もう一度力を籠めて、大きく羽ばたく。うわ、飛びづらい…。けど、頼む、頑張ってくれ、僕の力…。
「な…あぁ?どうなってんだぁぁ?」
チンピラが腰を抜かしたような声をあげる。けど、僕は気にしない。とにかく、飛んで逃げることに集中した。
「あの、斬さん…。」
「ごめんね、変な真似しちゃって。」
とりあえず、近くの公園の敷地内の小さな山の頂上に着陸する。
「ふぅぅ…怖かった……。」
腰が抜けてしまった。どさりと腰を下ろす。
「私も怖かったです…。」
まだ磨夏の声は震えている。
「ケガ、してないか?」
「はい。…ありがとうございます。」
ん?下からすんごい歓声。何か始まるのか?そう思った途端に、ギターとドラムが炸裂する。絡み付くような歌声。
「このタイミングで『only help me』…。」
磨夏が微笑を浮かべて言う。
「タイミングが…。」
「『どんなことが起きても 私だけは助けてよね』って…。タイミングを考えてくださいよ…。」
「そうだね。」
『only help me』とは、女性の恋心を歌ったしっとりとしたロックミュージックである。ファンの間では超名曲として知られている。
1曲だけを演奏して、ゲリラライブは終わった。さっきまでの人だかりが嘘のように散る。
「そろそろ下りてこう。」
「はい。」
2人で山を下り、駅前に向かった。




